第二十三話 あの日の真相 〜敵か味方か〜
藤原は酔いが覚めた表情で、声を落として語り始めた。
「あれは鹿島くんが目を覚ました翌日、添田くんが居住エリアに戻る前日のことだ。
レベル2のオフィスルームを出たとき、通路の端に博士とビンガが一緒にいるのを見かけたんだよ。20分近くは話していたと思う。
それで気になって後で博士に確認したんだけど。そしたら『その時間はレベル4の解析室にいたはず』って答えたんだ。」
オサムが添田に何か耳打ちを始めた。続いて彼が松野へ、更に安川に何か伝言でもしているようだ。
「そこで鎌をかけたんだよ。『博士が、副所長とビンガとレベル2で話していて原さんが声かけづらかったって言ってましたよ』って……。
そしたら『見間違いだろう』だって。」
藤原の大きな溜息が漏れる。
「やましいことがないなら『会って挨拶してた』とか言えばすむ話だろ?
念のため急いで原さんに、博士がレベル2で見かけた話を確認に来たら、教えてくれって頼んでおいたけど、特に来なかったらしい……。
最近の博士は、頻繁にレベル5に足を運んでる。一体、何を隠してるんだろう……?……何が始まろうとしてるんだろう?」
暫く沈黙が続いた。そして腕組みしながら話を聞いていた佐久間がこう問いかけた。
「なあ、おっちゃん。あんたはオレたちの味方か? それとも敵か?」
いつになく真剣な表情で、佐久間は鋭い眼光を藤原に向けている。
「もちろん味方だ! 君たちを全員無事にエリシオンから出してあげたい!
あの事故の日、博士も、山本も、僕らは本気で君たちを助けようと思っていた!
本当は博士を信じたい……、でも嫌な想像ばかりして……。」
佐久間は真っ直ぐに藤原を見ていた。そして彼の目にはその決意が宿っていた。
「行こうぜ。そのレベル5に。エンちゃん、もし反対してもオレは行くぜ。
タカヤマ! 当然お前も行くだろ?」
佐久間は視線は藤原に向けたまま、彼らに問いかけた。
オサムは力強く頷いた。
圓崎は瞑想でもするように目を閉じて、腕組みをしながらこの話を聞いていた。
「なあ! エンちゃん!!」
佐久間が更に声を上げる。
ゆっくりと目を開けて、圓崎の決意を固めた低い声が答える。
「行こう。」
ここにいる皆が黙って頷く。
「けど、どうやって? さっきも高山に聞こうとしたけど?」
吉村も覚悟を決めた顔だ。だが辿り着く手段が見つからないことに歯痒さを感じている様子だ。
突如、緊張が走る。
オサムたちFクラスの4人がまず立ち上がった。
少し遅れて佐久間、圓崎、大田が身構える。
三度食堂に来訪者が現れたのだ。
「俺が連れて行ってやる。」
姿を見せたのはなんと迦陵頻伽──その人であった。
あまりに意外な人物の訪問に誰もが戸惑いを隠せないでいる。
「なんで、あいつがここに……?」
そう呟く藤原のセリフはここに揃う全員の代弁でもあった。
両手を挙げてビンガはその場に立ち止まった。
「敵対するつもりはない。レベル5に行くなら、協力する。」
低くこもった声でそう告げる彼は、黙って少年たちの返答を待っている。
「おっさん! オレたちの敵じゃねえって言うのか?」
佐久間が問いかけた。
「そうだ。だが味方でもない。」
沈黙が訪れる。圓崎がビンガに向かって何か言おうとしたその瞬間、先にビンガに話しかけた者がいた。オサムである。
「ねえ? 副所長があなたの本当の敵なの? 事故のとき、本当は俺らを助けにきてくれた……違う?」
誰もが驚く質問内容に間髪入れずに藤原が否定する。
「それはない! 絶対ない。奴が君たちのバスが通過するその瞬間、宙に飛んで土砂を崩したんだ。それは間違いない。仮にコイツが副所長を敵視してても、君たちを助けようとしてたというのだけはあり得ない!」
ビンガは微動だにしない。手を挙げたまま、だがオサムの質問を聞いたとき、コイツは笑った。
「面白いことを言うな?
後ろの男の言うとおりで間違いないと答えたら、どうするんだ?」
「別にどうするつもりもない。ほかに訊きたいことがあるから、次の質問をするだけだよ。」
「……分かった。ではお前の質問を受けつける前に聞かせてくれ。なぜそう思った?」
「非効率だから。」
「何?」
周囲をちらっと見回してオサムが、皆に疑問の答えを説明し始める。
「もし自分が崖を崩すなら、上とか真ん中でなく、一番下を狙うよ。」
ビンガが一瞬だけ顔をひきつらせた。
「おい、エダ。何でだよ。」
小前がすかさず添田に声を潜めて尋ねる。
「もし組体操でピラミッド作るとしたら、マエコーとかコウノとか小柄で軽い人が上に乗るよね。このとき、もし俺が一番上のマエコーだけ横から押したら?」
「俺が落っこちる。」
「そう、でもほかの人は落ちない。そのまま。でも一番下で支えてるミゾを蹴飛ばしたら、どうなる?」
納得して皆で声を上げる。
「ああ〜、そういうことか!」
「そう、支えを失ってピラミッド全員が崩れる。」
そう言って締めくくる添田の解説に、マエコーを始め皆が頷く中、1人だけ不服な者がいる。
「何で俺がお前に蹴飛ばされることになるんだよ?」
「え? エンちゃんだとびくともしないから。」
「そういう問題じゃないだろ?」
「少し黙ってろ、お前ら!」
圓崎がたしなめる。
オサムは話を続ける。
「多分、宙を舞ってみせたのは派手な演出なんだ。周りの人たちも、あなたを凄い能力の使い手だって知ってるから、何の違和感もなかった。崖下が爆破されて、その瞬間に崖の上の方に衝撃を与えたんじゃない?」
ビンガは無言のままである。オサムは続ける。
「エダくんとも実は話してたんだ。下に崩れる力に対して上とか横方向に別の強い衝撃が加わったら力が相殺されるんじゃないかって。
凄い事故だったのに命を落とした人はゼロだった。いくら山本さんが薬で一時的に強くなったと言っても、多分山本さんだけの力ではそこまではできないと思う。横転したバスとかも衝撃を緩和してくれてたんじゃない?」
藤原が言葉を失ってこの話を聞いている。
「そして一番不思議なのは、俺たち14人全員助かったことだよ。」
ビンガが驚いている。彼がたった今、口にした言葉に。
「俺たち4人が一番長く埋もれてたらしいけど、ほかの10人も長く生き埋めになってた。街中じゃない場所での事故だよ。最終的にいっぱい人が集まって助けてくれたって聞いたけど、それって探し始めるのも大分時間が経ってからなんじゃない?
具体的にどういうことをしてくれたかまでは分からない……。
バスから放り出される人がいるのに気付いて、頭をぶつけないようにしてくれたとか、埋まってしまう前に酸欠にならないように土砂に隙間を作ったとか……。
違うかな、藤原さん?」
藤原は反論できない。確かにオサムの言うとおりである。おかしい。
計画の阻止ができなかったという、やりきれない気持ちが強過ぎて、目の前の中学生の指摘することに一切疑念を抱かなかった。
山本と博士の力で最小限の被害にできたのだと、思い込みだけであの状況を理解した気になっていた。
複雑な表情のままビンガは静かに言った。
「FRG-04……お前の見解は正しい。認めよう。
だが、結果的に助けたことになるかもしれないが、決して『助けに行った』わけではない。
俺はこのエリシオンで何人もの命を奪ってきた男だ。人助けなど上等なことをできるわけがない。あくまで俺の目的は、『あの計画を失敗させる』ことだった。」
では何故……?
そう問われる前にビンガは話を続けた。
「俺の最終目的……それは誰にも伝えるつもりはない。申し訳ないが、それだけはこの悲願成就のために口にする訳にはいかないんだ。都合の良いことは分かっているが、もし信用できないと判断されれば、1人でレベル5に向かう、それだけだ。」
オサムは振り返り周りを見回したが、全員が同じ意見とは限らなそうである。藤原に至っては全ての前提が崩れたためか、放心状態のままである。
「あなたに協力を仰ぐかどうかは、みんなで話し合ってから決めます。だから少し待っていただけませんか?」
「承知した。俺もレベル5に向かうのは明日にさせてもらうつもりだった。今日はこれからその準備をいろいろしなくてはいけないんでね。」
「何か、副所長さんに似てますね? 喋り方。」
オサムは率直に感じたまま質問した。
一瞬だけビンガが視線を落とした。そして何事もなかったように顔を上げた。
「確かに。学のないこの俺にいろいろ教えてくれたのは、アイツだからな。」
その声は平坦でどこか機械のような無機質さを保っていた。
「黒崎はこれから何か恐ろしいことを始めようとしている。具体的には……実は俺にも分からない。本当に恐ろしい男なんだ。だが、あの男のおかげでエリシオン内に、以前にはなかった秩序がもたらされたのも事実なんだ。君の言うように俺は話し方や知識を奴から学んだ。奴からすれば手駒のひとつを手懐けただけなんだろうが……。」
ビンガはどこか遠くを見つめるような目をしていた。
オサムには、わずかにその顔が和らいだように映っていた。
(第二十三話 終わり)




