第二十二話 酩酊者の告白 〜失念の彼方〜
藤原はおもむろに話を始めた。
まず彼が香澄博士をおかしいと思い始めたのは、鹿島事件で添田が病室に運ばれたときのことであった。あのとき添田は結果的にどこにも異常は認められず無事であったが、直接見ない限りは安心できる状況には思えなかった。施設の性質上、いつでも連絡できるようスタッフたちは無線機の携帯が義務づけられている。自分のようなあくまで補助スタッフ、研究チームの一員に過ぎない人間はともかく、各チームリーダー以上の責任をもつ者が不携帯、あるいは連絡に応じないなんて非常識である。
しかも、到着したのは鹿島の緊急オペも終了して、すっかり状況が一段落してからであった。副所長は、2人の容態を直接確かめるべく、Gクラスのリーダー上野と共にやって来た。その管理職よりも後の登場だ。ちょっと酷すぎないだろうか。
その黒崎副所長たちが退室するときに、入れ違いで来たのだが、遅れたことへの謝罪は「すまなかった」と淡白な一言のみ。自分との温度差の違いが、余計に藤原を苛立たせたようだ。
概ね愚痴で構成された内容ではあるが、この病室でのやり取りは、その場で眠っていた2人ですら知らない、少年たちにとって初めて聞く話であった。
ここで確信したことがある。本当にこの人は酔っ払っている。酒くさいとまではなっていないが……。
「俺1人じゃレベル5には行けないから、一体何してんだろうって確かめたくても確かめる方法もないしね〜。シリーズ化してる君らでも入れないだろうしな……。」
間髪入れずにオサムが問いたかける。
「藤原さん、『シリーズ化』って?」
「ああ、えっと、あれ? これって機密事項なんだっけ? んん〜、ま、いっか。
ええとね、今君たちは登録番号が与えられているだろう?」
「FRG-04とかのこと?」
「そう。最初、被検体……んん〜と、ここに連れて来られた人は単なる識別番号みたいなものを振るんだよ。ただの連番だね。そうだな……受験番号みたい……なもんかな?
その後にきちんと問題なく生き……あ〜えっと、受験に合格したら、さっきの登録番号が付けられるんだ。つまり無事入学できて、クラス決まって付けられる出席番号みたいなもんかな?」
オサムが一生懸命に首を縦に振って頷く。
「その登録番号を付ける状態になったことを内部的に『シリーズ化』って呼んでるんだ。」
「へ〜、じゃあ、あの迦陵頻伽とかいう人にも、きっと番号ついてるんだよね?」
みんな藤原に悟られぬように顔を見合わせる。オサムがさりげなく流れで聞き出そうとしているのが分かったからだ。
「ああ、そうだね。彼はTK49-7って言うんだけどね。更にビンガなんて大層な名前も付けられて……。まあ名前つけてもらえるのはそうそうないけど……。」
「ええ? どうして?」
「んん、そうだな、君たちだって期末テストとかやって順位表とかもらったりするだろ? その上位の優秀な生徒が、ビンガみたいな人たちかな〜。」
オサムはわざとリアクションを大きくして、藤原の口が軽くなるように仕向けている。
「へ〜そうだったんだ〜……。でも神様じゃなくて悪魔の名前とかつけられたらショックだよね〜?」
最早ここまで来るとわざとらし過ぎるが、そう見えているのは少年たちにであって、藤原には少年らしい自然なリアクションに見えてるようだ。しかも普段から好奇心旺盛で質問してくるオサムのことを知っているからか、余計に彼の目には『いつものこと』のように映っているようだ。
「そうだね。ネーミングセンスが問われるからね。どうやってんだっけな? 確かに過去には悪魔とか魔物みたいな名前があるんだよ、実際。なんだっけかな〜……。さっきも何か言おうと思って途中で忘れたんだよな〜。あれ……?」
「じゃあ悪魔の名前だからって、悪い奴ってわけでもないんだね?」
「そうだね。う〜ん。何かこの話してて自分でも引っかかってんだよな……。う〜ん……。」
それなりに収穫があったと言える。この辺が潮時だろう、そうオサムは考えた。
しかし藤原が叫ぶ。
「……あ、そうだ! ミカエルだ!」
何だ?初めて聞く名前だ。演技モードを解いてオサムが問い詰める。
「ミカエルって天使だよね?」
「そうなんだよ……だよね? 天使なんだよね? だからおかしいって思ったんだよ。」
「おかしいって?」
「いやさ、レベル5の悪魔って言いながら『ミカエル』なんだよ、名前が。」
レベル5の悪魔!!!
とうとう本命が出た。
「その悪魔って呼ばれる理由は、藤原さんも知らないんだね?」
首を頻繁に傾げて何か思い出そうとしている。
「確か原さんに聞いたことあった気がすんだよな。何だったか……?」
オサムが急いで振り返って皆に小声で尋ねる。
「ハラさんって誰?」
吉村が珍しくオサムの質問に答えた。
「うちらの担当のリーダーだよ。」
小前が補足する。
「俺ら『タツ』って呼んでる。基本何も喋んねえけど。」
野球部らしい発想である。それとも小前のセンスであろうか?
「そんなことねえよ。お前があんま喋んねえだけだよ。意外と喋んぞ。」
吉村が小前の前言を否定している。
「え? そうなの? 俺喋ってる記憶ってあんまねえけど……。『ゼロイチ』って呼ばれて返事するくらいしか印象ねえんだよな。」
小前の登録番号は『D87-01』である。あとの2人は下2桁のみ異なり、02が吉村、03が鹿島になっている。恐らく呼ぶときはその下2桁のみなのだろう。
藤原はこの間もずっと「うぬううん」とか呻きながら考え続けていた。
「どうする。まあ収穫はあったし、具体的なレベル5の鍵は見つからないけど、このまま下の層に行くだけ行ってみる?」
「でもそもそも俺ら、この階から出れねえじゃん。お前なら出られんのか、高山?」
吉村がオサムに疑問をぶつける。今日は口数が多いようだ。
「君ら、下に行く相談してたのか? 俺も連れてけ!」
酔っぱらいは遠巻きに見たことはあるが、こんな風に密着されるとオサムは正直不愉快に感じた。例え敬うべき藤原であっても酒さえ入れば、甘えたり、だらしなく振る舞ったりが許されるのは、オサムには『ご都合主義』に思えて不快なのだろう。
「どうする? 置いてくでいいよね? 連れて行ってもいいことないし……。」
「コラ、タカヤマ! 今俺のこと置いてくって相談してたのか? 散々いろいろ教えてあげたのに……、そりゃないだろ? 山本だってよく分かんねえし……。せめて君くらい信用させてくれよぉぉぉぉ〜……。」
泣いているのだろうか? ただ酔ってるからだろうか? でも鼻水垂らしてるので、本当に泣いてるんだろう。ちょっとだけ不憫に思って、気遣いのある返答をする。
「違いますよ、藤原さん。だって規律違反したら藤原さんがクビになっちゃうんだよ。そんなの嫌だから、巻き込まず『置いていこう』って話してたんだよ。」
「え? そうなの? 俺のこと心配してくれてたの?」
どうにか彼を振り払えないか、困り顔でオサムが戸惑っていたが、抱きついたままの藤原が急に何か思い出して声を低くして話し始める。
「そうそう。ビンガだ。香澄博士、アイツと話し込んでたんだ。だから信用できないって思ったんだよ……。」
(第二十二話 終わり)




