第二十一話 空気椅子 〜憤怒の軍神〜
1語遺漏あり(食堂では→一方食堂では)につき2026年4月19日2字加入。
1文字誤記あり(ポケットの→ポケットに)につき2026年4月19日1字修正。
小前が気になっていた場所……、それはレベル5であった。
「アリーナがあるとこって、レベル4じゃん? その下にあるレベル5ってとこ誰か行ったことある奴いる?」
皆お互いの顔を見合わせて、首を横に振る。
「レベル5に興味引くような施設があるの? まさかゲーセンとかじゃないよね?」
オサムは小前が考えそうなものを勝手に想像して訊ねる。
「いや、そんなんじゃねえよ。『悪魔』だよ。」
「悪魔〜?」松野と安川が眉間に皺を寄せて声を上げる。
吉村と佐久間は戯けた表情でお互い顔を見合わせて、両手の掌を上げる。
「あ、そういや、前言ってたっけ? マエコー、エンちゃんよりも強え悪魔の噂聞いたって。」
竹田が思い出して頷く。
「ああ、あんときだ。4人の子どもって、オサムちゃんたち4人のことじゃねえかって言ってたときだ。1か月前? あ、オータに聞けば分かる? 何日前アレって?」
柴崎は7人で話してたときのことを思い出して、大田に訊ねる。
「忘れた〜。」大田はあっさりと答えた。
「ま、い〜や。ごめん、マエコー続けて。」柴崎が小前に先を促す。
「俺聞いたのはレベル5の確か、『7人の悪魔』って言ってた気がする。違ったかな……。」
「何それ? バッファローマン?」安川が聞き返す。
「ハハ、今俺もそれ思った!」添田がやっぱり、って感じで嬉しそうに言う。
「で、7人のバッファローマンがどうしたんだよ?」圓崎は、眉唾物と思ってるようである。
「いや、分っかんねえけどさ。気になってさ。だって、さっきのオサムの言う神様がいんなら悪魔だっていんじゃねえって思って、みんなで行くんなら何とかなっかなあって……。」
全員黙り込んだ。正直オサムや殆どの少年は、『悪魔』とは単に強いことを意味する比喩表現か何かであって、大した意味はない気がしていた。
だが、小前の『神がいるなら悪魔もいる』という言葉は、何か自分たちの知らない謎への足掛かりになる気がした。
「神がいるなら、悪魔もいる……。意味深だね。」
オサムが繰り返し小さく呟きながら、この表現から導かれるものがないか、模索している様子である。首を若干傾げながら添田に確認する。
「エダくん。迦陵頻伽って国語の便覧にも載ってたアレだよね? 縁起のいいやつで悪魔じゃないよね?」
「あああ〜、んんん〜、多分悪魔じゃないよね……。」
「え?何それ、どうしてそのビンガだかビンゴのこと聞いたの?」小前が聞き返す。
「ひょっとして『神』になると『完成』で天に昇る、つまり『出荷』される。『悪魔』になると『失敗』で地下に潜る、つまり『廃棄』される、とかみたいな理屈があったりすんのかなって。
だから白髪頭は『売れ残り』じゃなくて、地下からやってきた悪魔だったりすんのかなとか……。あ、そもそもここ全部地下か……。」
「オサムちゃん相変わらず面白いこと考えるよね。発想が。」
添田は真面目に褒めたつもりだが、オサムはこの仮説は却下か、という感じで残念がっている。
「確かにコイツ面白えな。」
佐久間は、オサムの独特な感性に若干興味を持ち始めているようだ。エンちゃんに気に入られてるのが、なんとなく分かってきた、とそんな気がしているようだ。
一方、レベル2の特別実験室で大野は黒崎に謁見していた。
「ご無沙汰しておりました、黒崎さん。勅命どおり宮里を確保、現在上野が調整中です。」
「戻ったか……。お疲れ様……。どうだ、傷の具合は?」
「万全です。世界が輝いて見えます。」
帽子を目深に被り、その顔の傷は包帯で覆われて、ギラついた潤んだ目のみがじっと真っ直ぐに黒崎を見つめている。
「ふふ、良いことだ。埋め込んだ『アエーシュマ』だが馴染んでいるか?」
「自在に動かせます。」
大野の両肩を掴んで、黒崎は彼の耳元で囁いた。
「大野、良く耐えた。偉いぞ。コイツは俺からの褒美だ。お前は『軍神アレス』だ。
そして『軍神アレス』に『憤怒のアエーシュマ』の種子を宿した……、
謂わば『アレーシュマ』だ。
お前だけの特別な名前。お前にのみ許された名前。お前を示す名前……。
今日からこの称号を名乗り、また今まで以上の働きを見せてくれ。
頼むぞ、我が『アレーシュマ』……。」
大野の血で煤汚れた包帯を伝って、大粒の涙の筋が刻まれていく。
なんという至福。なんという極楽。なんという愉悦……。
俺はこの人のために生まれ、この人のために生き、この人のために死ぬのだ……。
右手で『挙手の敬礼』を大野が行う。
黒崎は笑みを浮かべて『答礼』を行う。
大野──いや、『アレーシュマ』と命名された彼は、改めて黒崎に忠誠を誓うのだった。
一方食堂では、13人の少年たちの密談を中断させる、別の大人がやって来た。
「なんだい君たち、随分と楽しそうだね? おじさんも混ぜてもらってもいいかい? よっこいしょっと。」
やって来たのは藤原であった。Fクラスの研究員の情報担当とでも言ったところだろうか。
彼は少年たちのテーブルにつき、メガネの曇りをちょっと拭き、胸ポケットにしまう。年齢は香澄博士や山本よりもやや若い30代後半の男性である。
山本と同様に、レベル4や階段、エレベーターなどのエリアに行く際にも、少年たちの引率役を引き受けてくれているので、オサムたちFクラスの4人以外とも、すっかり顔馴染みにはなっていた。ほかの大人たちと比べて、子どもたちにとって話がしやすい人だった。
だが、今の密談内容からすると、タイミングが悪過ぎる登場であった。
「ふ〜〜。いや、ごめんね。ボクもさ、疲れちゃって……。はぁ〜……。」
言葉どおり最近やつれてきたな、となんとなくオサムも思ってはいた。お得意の雑学講義──少なくとも仕事をしてるわけでないオサムには、学校の授業に一切関係ない知識になるため、雑学と感じているわけだが──もめっきり聞かなくなった気がする。
オサムが特にそれを意識したのは、添田と共に療養として居住空間で留守番していた期間からであった。2人も受講生が常駐しているのだから、合間を縫って、講義をしに来そうなイメージであったが、実際には逆だった。口数も徐々に減り、たまに山本と話しているときはあるが、香澄博士とは殆ど口を聞いていない印象だ。
その香澄博士も、Fクラスのエリア内にいないことが多くなってきた気がする。今日も食堂に来る前、エリア内で姿を見かけなかった。
なんだろう?
今日の藤原はどことなく顔が赤味を帯びている。酒でも飲んだのだろうか?
この地下施設にお酒があるかわからないが……。
ここにいる全員が内心「タイミング悪男だなぁ」と思っていた。
みんな一旦この場を離れようと考えているはず。
「香澄博士は相変わらず出かけてるんですか?」
オサムはとりあえず、とりとめのない話題をぶつけつつ、一旦席を立ち、彼が去ってから再合流してレベル5への冒険準備会議をする流れが最善と思っていた。
ほかの者も朧げではあっても、似たような意見であった。
「はぁ〜、そうだよ。もうあの人何やってっか、分かんねえよ。」
そう言いながら椅子の背もたれに仰け反りながら、天井を見上げてまた溜息をついた。本当に酔っ払ってるのかもしれない。
オサムは添田に目配せした。
多分これがちょうどいいタイミングだと判断し、「それじゃあボクらはお暇しますね」と言って席を離れようというのがオサムのプランだった。
以心伝心、エダくん、エンちゃんあたりは意図が共有できてると感じて、オサムが椅子を引いて立ちあがろうとした。これに合わせてみんな立ち上がり始める。
そのとき、意外なセリフが藤原の口から漏れた。
「高山くんも添田くんも、みんなも、香澄先生のこと信用してるのかい?」
一瞬固まった。なんだ?
このタイミングでその質問は?
相変わらず藤原は仰け反ったまま天井を見てる。また溜息が漏れる。
この様子を見てオサムは迷った。プラン続行か否か?
一瞬視界に入ったミゾとコウノが「藤原に聞き返したい」とでも言いたげな顔をしている。
正直2人だけならまだ少数派だ。そう自分に言い聞かせる。
だがオータくんとシバも同様の顔をしている。
オータくんは勘がいい。野生児みたいな自慢の自称『正確な体内時計』も去ることながら、大事な場面では結構正しい決断をしている印象がある。
更にシバだ。彼も謂わば文武両道とも言うべき優秀な人材である。この彼さえもオータくんに同調したのか?
だが暗黙に了解された『立ち去りプラン派』は多いはず。
念のためエダくんを見る。彼はこういうとき迷わない。自分と違いネチネチ振り返る柄じゃない。完全『立ち去りモード』のままだ。
エンちゃんは言うまでもない。チームを率いる頭としては、迷いは命取り。最初の決断を取り消すと仲間が危うくなるかもしれない。当然の『立ち去りモード』である。
だが自分の中では、やはりオータくんの勘、そしてミゾやコウノの時折見せる鋭い観察力も侮れない。ちょっと『探り』を入れたい気持ちも捨てられない。しかし……。
大同小異、多数派の意思を尊重し、少数派にはごめんなさい、これが民主主義ってやつだ……。
藤原の溜息からここまで僅か2秒。オサムの思考が3秒目に突入しようとするその瞬間……。
「どしたの? なんかあったの?」
昭和の喜劇よろしく、オサムの脳内劇場では全員がズッコケている。
切り出したのはマエコーこと小前だった。
彼の素朴な疑問で再び流れが変わる。
「んん〜。いやさ、俺ね、なんかあの人のことちょっと疑ってるっていうか、何か隠してんだろうなって。正直信用できなくなってきてさ……。」
『立ち去りプラン派』は皆空気椅子状態で止まっていた。そして徐々に浮かせていた尻を再び椅子に戻す。
圓崎、添田も、ここは探りを入れるプラン変更がむしろ妥当と結論づけたらしく、彼らも黙って腰を下ろした。
(第二十一話 終わり)




