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四神 ―神格化の刻―  作者: 伏黒照(フシグロテル)


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第二十話 神々の黄昏 〜忠義の腹心〜

1字遺漏(ここ来てから→ここに来てから)につき2026年4月19日1字追加。

誤記修正(「最も」→「尤も」の誤記)につき「もっとも」と仮名表記に2026年5月23日修正。

宮里は急いで食堂からトイレに向かっていた。トイレに行きたいと言っていたのは、あの場を立ち去るためだけの嘘でもなかったようである。

トイレから出てきた宮里の前に、不意に姿を現した男がいた。

軍服のような姿で、顔中包帯が巻かれている。彼は佐久間に殴られて、その佐久間を馬鹿にしながら顔を蹴り飛ばし、最後に圓崎に殴られて失神した男である。


この男──大野は、黒崎の腹心のように働いているが、形式上は警備担当責任者として採用されている。元々は自衛官だったらしいが、素行の悪さと、ある事件を起こしたことで除隊。その後、あるツテによってここに赴任している。

そのツテとは大手製薬会社と黒崎である。大野は、その大企業の代表取締役の二男であった。長男は文武両道で、周囲からもいずれは後継にと目される切れ者であった。だが二男の彼は幼い頃から素行が悪く、金持ちの子という肩書のみで世間を渡り歩いてきた。長男のように大学進学という進路は選ばず、自ら自衛隊への入隊を希望する旨を父親に申し出た。父親はこれを容認したが、我が子でありながらも内心厄介払いができたと思われていた。

だが入隊後、この時代において急速に拡大、増加していく犯罪、麻薬取締法違反で一度逮捕される。だが不起訴処分として検察から解放されて、形式上は刑事罰がない状態を維持できた。

刑事処分を受けていないことで懲戒を免れているが、『規律を重んじる組織に所属するには不適確である』ことを、時の防衛庁の高官を通じて父親へ通告される。異例とも言える対応に、さすがの父親もこれを認諾し、息子を除隊させた。

厚生省での経歴が長かった黒崎は大野の父親とは面識があり、彼はこの父親に気に入られていた。そして長野にある特殊施設に、法務省から出向する旨が決まったという挨拶をしていた。

黒崎が去ることを本気で残念がる父親はつい、彼に息子の愚痴をぼやいてしまった。

この話を聞いた黒崎は、父親に自らある提案を行った。

「差し出がましいことですが……、どうでしょう? その『ご子息ご本人が希望すれば』のお話ですが……、私の出向先の──施設の警備の仕事ということであれば、ご紹介できるかもしれません。掛け合ってみないと採用の保証はできかねますが……。

 山中にあって市街地から隔離されておりますので、通勤が困難な者のために、スタッフの居住スペースも用意されております。

 ですので、お住まいの心配も不要です。私も独り身なもので家族もおりませんから、やはりそこを利用させていただくつもりでおります。

 もしご検討の価値ありとお考えでしたら、今採用枠の有無だけでも早急に確認いたしますが……。」

こうして大野はエリシオンで勤務することとなった。

親兄弟にすら『期待』というものを一切されたことがない彼は、『信頼』というものを知らずに傍若無人に生きてきた。

その彼が、初めて黒崎に対してだけは執拗なまでに忠誠を誓う。


彼の地元は所謂、不良の巣窟として市内でも知られる地区であった。

そこは鬼塚刑務所という、概ね初犯受刑者を多く有する刑務所が近くにあることでも有名で、笠岡中学校──オサムたち14人の少年たちの中学校の学区内にある地区である。

急襲作戦の標的として、修学旅行で訪れる数ある学校の中で、笠岡中学校を選ぶことを黒崎に進言したのは他ならぬこの大野であった。

そして佐久間を「ヤクザの子」と揶揄したことにも理由がある。

昭和62年──昭和末期のこの時期は、暴力団排除運動が本格化してきた時期である。まだ現行の指定暴力団という言葉もなく、暴力団対策法と一般に呼ばれる法整備がされるのは、改元されてからの平成初頭の話である。当時暴走族と言われる団体と広域暴力団と呼ばれる団体は密接に繋がっていたと指摘される。佐久間という少年の父親は、こうした暴走族に所属していた経歴があったが、決して広域暴力団自体の構成員であった事実は一切ない。ところが、この辺の地域において、非常に広い屋敷であった彼の家は、元暴走族ということもあり、会合の際の場所としての供与をやむなく了承することがあった。

大野は暴走族の仲間とともに、この佐久間の屋敷にあがった経験があった。このことから彼は佐久間家イコール暴力団の屋敷という認識であった。

だが実際には暴力団ではない。大野が初めて佐久間の顔と名前を見た際、会合の屋敷の主すなわち佐久間の父が彼の顔とよく似ていたことで、あの屋敷の息子と知り無知にも「ヤクザの子」などと罵っていたのだ。

こうした勘違いは実は大野に限ったことではなかった。状況的に近所、周辺住民の多くが大野のように誤った認識で彼らを見ていた。佐久間が憤りを感じた理由とはそういうことであり、圓崎の怒りは、無知にも侮辱する世間の安易さをたしなめるためのものであった。


そして類は友を呼ぶ。

大野は宮里と呼ばれる被検体に接触する。

この状況からもわかるようにレベル3内での行動の自由は、別に少年たちだけの特権ではなく、ほかの被検体にも同様に与えられていた。このため食堂からトイレの行き来を1人で行っても咎められることはない。

しかし、オサムたちよりもここでの生活が長い宮里は、本能的に自分の廃棄処分が決まったのではないかと震え慄いていた。

「あ、あ、あ、あ、あの? まさか?」

「ん? 何だ、心配するな。『イエローカード』じゃない。お前を見込んでスカウトに来たのさ。」


『イエローカード』……被検体として能力開花に至らず生かされることで施設内で働くチャンスを与えてもらえるのがZタイプと呼ばれる者たちであるが、これとは別に『Yタイプ』と呼ばれる個体がいる。彼らは神格化に失敗し、Zタイプのように他の仕事を物理的に請け負うことができない、損傷がひどい個体、あるいは素行が悪いと見做された者たちの総称である。彼らはあくまで実験動物として扱われ、他の被検体の能力テスト、測定等に用いられる機器の性能確認テストなどの標本として扱われる。死に至れば即廃棄され、生き残れば次のテストで再び標本とされる。Yタイプという呼称が先にあったものであるが、これを明示する通知の『Y』と印刷された黄色の用紙を用いていたことから、『Yカード』あるいはその頭文字が合致することからスポーツ競技でも使われる『イエローカード』の通称が用いられていた。実質上の廃棄にあたる過酷な状況になるため、このことを知る被検体は彼のように戦慄するのだ。

この意味では先程のオサムの勘は正しかったと言える。全てを知ることはなくとも、彼らよりも遥かに施設内の慣習を心得ている。


「え? そ、そうなんですか? その、『スカウト』ってのは、また隠語ですか?」

「いやいや。言葉通りさ。お前の(データの)数字も見せてもらっている。黒崎さんからの勅命でな。」

「結局のところ、わ、私は、何をすればよろしいんでしょうか?」

「簡単さ。お前はまだ行ったことがないだろう? 『ホワイトルーム』に……。」


宮里が去り、オサムが咽び泣く食堂では暫くは彼の泣き声だけが響いていた。

「ごめんね、みんな。自分がしたこと正直分かってなかったよ。」

「いいんだ。もういい。泣き止め。」

圓崎が小さなオサムの背中を軽く叩く。

「でもさ、悪い。みんな止めちまったけどさ、オサムちゃん何か訊こうとしてただけだよね? あのオヤジに。俺は、まあ、ぶっちゃけ例の暴走モードになるように見えなかったし。どう?」

こう尋ねてきたのは香野であった。皆の危惧はもっともであったが、実際にはオサムの行動は香野の見解が正しかった。

涙を拭い、ひととおり泣ききって少しスッとしたのか、澱みなく香野の質問に答えた。

「そう。実はさ……。」

オサムは先程自分の考えを確かめようとしたこと、まだ添田以外の人間に話していないことを正直に分かりやすく皆に説明した。

「……なるほど。あんまそういう見方、考え方ってのはしたことなかったな。」

圓崎が腕組みして、その視線は天井を見上げるような格好で考えている。

「俺も最初から、患者っていうか俺たちみたいに連れて来られた人が少ないって思ってた。ただほら俺たちが10人以上いたし、ここ迷路みたいだから、人と会わないのもそういう設計かもって自分では思うようにしてたんだけど。」

「ああ、そうそう!」いく人かは溝端と同意見だったようだ。

「だったら、藤原さんに訊いちまえば早いじゃん?」

「分かってねえなあ、クニヨシ。オサムは例え良い人であっても、本当のことをどこまで教えてくれるか分かんねえって警戒してんだよ。」圓崎が力説する。

「そうなのか? オサム?」

「そう。エンちゃんの言うとおり。エダくんも同じ意見。」

オサムに同調するように、人の良い松野が珍しく、少し警戒あるいは疑っているのか歯切れ悪くも意見を言う。

「確かに、あの人たち悪い人では、ないと思うけど。ほら、知らされてねえって場合もあんじゃん。あのじいさんみたいに。」

「おお〜、あの日本昔話か。」

松野の言う『じいさん』と佐久間の言う『日本昔話』とは白鳥所長を指してるようだ。

「あのおじいちゃん、嘘ついてるようには見えなかったよね……。」

柴崎も半信半疑である。

「タカヤマ! お前の言ってることは多分あってる気がすんよ。でもよ、聞く相手は選ぼうぜ。あのヤニ臭えオヤジ、ありゃダメだ!」

佐久間がオサムにきちんと話をするなんて珍しいと何人かの生徒が思ったが誰も口には出さなかった。

「……ふふ、そうだね。冷静に考えて、よりによってタバコオヤジに訊くことなかったね。ごめん。」

無邪気に笑ってオサムが佐久間と会話する様子が珍しく違和感があって、可笑しいと思った野球部の3人──吉村、竹田、小前──がクスクス笑ってる。

「どうした? お前ら?」

真面目モードの圓崎に尋ねられ、すぐに3人は笑うのをやめた。特に吉村が笑うのは、ここに来てからこうして全員……鹿島は不在だが、揃ってるときでは非常に珍しかった。

「ちょっともう一度座って話纏めてみねえ?」

柴崎の提案に皆賛同する。そして座ると同時に佐久間が先陣を切る。

「あのよ〜。マツノやタカヤマたちは知んねえだろうけどよ、俺ら1回脱走しようとしてんのよ。」

「え? そうなの?」

Fクラスの4人は一斉に驚いた。

逆に大真面目な顔でただの未遂で終わったアレを堂々と『脱走』と言い切っている佐久間がおかしくて、ほかのみんなが笑い出した。

「佐久間! あれ脱走って言えねえだろ?」

緊張が張り詰めた顔だった圓崎の表情が綻んでいる。

4人はキョトンとして彼らを見守る。まるで4羽のフクロウが首を傾げているように綺麗にシンクロしている。

「ああ、そうだ! あれ、あそこ行ってみねえ? ずっと気になってたんだよな。」

小前が突然叫んだ行ってみたい場所とは、どこのことだろうか?

(第二十話 終わり)

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