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四神 ―神格化の刻―  作者: 伏黒照(フシグロテル)


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第十九話 結束 〜護られる白虎〜

小前が両腕でテーブルに頬杖をつきながら、天井を見上げて呟く。

「12月か〜。もう冬じゃんか……。今日何曜日なんだろ? ジャンプ発売日かな?」

「それなら水曜だよ。」

オサムが小前の疑問に即答した。

「え? なんで分かんの、オサム?」

「さっきオータくんの話で『35日』って言ってたから。」

「ん? なんでそれで水曜になんの?」

「事故の日って水曜だったでしょ? 35ってことはちょうど7の倍数だから、ピッタリ『1週間ずつ』が5回あった計算になる。だから今日も同じ水曜日。」

「おおお!!」感嘆の声が上がる。

安川は「当然だろ」とでも言わんばかりに、何故か誇らしげである。

香野と添田は「うん、うん」と頷き「その通り!」と声に出さずに同意する。

日付を言い当てた当の本人である大田、それに柴崎、溝端、圓崎、松野、竹田そして密かに吉村も「ああ、なるほど」と納得している。

「オメー、頭いい〜んだな?」

佐久間が彼にしては低めの声で、感心してオサムをまじまじ見ながら呟く。

「じゃあ今週号、もう出てんじゃん。5回も読んでねえんじゃん!」

小前の嘆きに一同は笑い出す。

これが彼らにとって、最後の歓談かもしれない、そんなことは誰一人微塵も思わず……。


その彼らの純朴な笑い声を否定するように、不快に水を差す人物がいた。

「うるせえな……ガキども!」

いつからそこにいたのだろうか? そこには、なんとなく少年たちにとって見覚えのある大人がいた。

彼は実験アリーナで時折出会う大人の1人で、仲間の被検体から「宮里」と呼ばれている男であった。そして頻繁にタバコを吸って、目の前を通る少年たちに、恣意的に煙を吹きかけてくる男であった。ひょっとしたら無自覚なのかもしれないが、オサムには恣意的に見えた。


オサムには、常々疑問に思っていたことが2つあった。

1つ目は、エリシオンで見かける被検体は、このタバコ男とほかに3人の大人であった。あとは彼らに時折混じっている自分たちと同世代らしき子どもが1人くらいである。

実験が繰り返されている10万㎡の施設という割に、被検体が『少な過ぎるのではないか』そう感じていた。

2つ目は『二つ名』である。「迦陵頻伽」という被検体についてはアリーナでも見かけたことがある。しかも博士たちに聞いた話では、彼が自分たちを襲った実行犯の1人である。何故彼には二つ名があるのだろう?

このことは疑問に思いつつ、山本や藤原にもオサムが質問していないことであった。自分たちは被検体として登録の番号のようなものが付与されている。自分はFRG-04で、カズキが同じく03、クニヨシが02、エダくんは01といった番号である。

白衣を着た通常の人間のスタッフたちは、自分たちのデータをとっているとき、こうした番号を口にしているのを度々耳にしている。

香澄博士たちは、自分たち4人を名前で呼んでくれている。今でもそれは変わらないが、恐らくスタッフ間では、被検体は番号で呼ばれているのが普通なのだろう。では何故二つ名で呼ばれる被検体は1人だけなのか?

1つ目の疑問の自分なりの解釈はこうだ。

施設内の至るところにZタイプと呼ばれている人たちがいる。彼らは動きがぎこちなく、実験の爪痕が見え隠れする元被検体である。自分が聞いた話では、神格化の謂わば失敗作とされる人たちだ。

被検体としては解放される代わりに、施設内の清掃や監視、この食堂での給仕のような仕事を任されている。彼らを数に入れると結構な人数の被検体が存在していることになる。

『現在進行形での被検体』が今、目の前にいる男や自分たちと考えれば、さほどおかしくない気がする。1人の被検体に対してスタッフが幾人も関わり合って研究を続けていると考えることで、施設の規模は大人数の研究員の方にそのスペースが割かれている、という結論で自分なりに納得できる。

そして二つ名。神格化と言っているのだから、神や想像上の何かを、名に冠することは自然な流れだと感じる。だが二つ名で呼ばれる個体は自分が知る限りは1人だけ。一度もほかの被検体がそう呼ばれるのを聞いたことがない。

ここからオサムはある推論を立てていた。

つまり、二つ名を冠することは、完成を意味するのでは? 香澄博士は生物兵器として利用する輩がいる、そう言っていた。それは売買されるということ……。完成して、出荷される……。あの白髪頭は『売れ残り』もしくは『絶賛売り出し中』なのでは?

もし今後、神の名で呼ばれたら、それは自分たちも『出荷待ち』になったことを意味するのでは?

この考えは少なくとも、山本たちであってもエリシオン側の人たちでは教えてもらえない、そう考えていた。

この考えは添田にのみ共有していた。奇しくも療養生活を強いられたお陰で、彼とじっくり話す機会を得ることができた。添田はこの14人の運命共同体という狭小集団に限らず、自分など到底及ばない、学年のトップ集団に常に位置している成績優秀な友人であった。だから、こういう話をし易く、相談の相手として適任であった。

そして今オサムは閃いた。このムカつく不愉快な男でも、大人であればこの答えを知ってはいないだろうかと……?

オサムにとってこれは「巡ってきた好機では?」そう考えた。


「あの?」

「ん? 何だ? ボクちゃん、おじさんに盾突くつもりかな〜?」

いきなりオサムがタバコ男の前に立ち、普通に声をかけ始めたのを見て少年たちは皆驚いた。そして彼らの脳裏には、「あの事件」が急によぎった。タバコ男を早急に遠ざけなければ危ない、本能的にそう感じた圓崎、佐久間、松野、大田がさっと、タバコ男とオサムの間に割って入る。

「いや〜〜。オッチャン、ごめんね。うるさかったよね。マジごめん。もう静かにすっから。騒がないからさ、勘弁してもらえない?」

佐久間が彼らしい振る舞いで、自然に両手を擦り合わせながら相手に詫びる。

「エンちゃん、マツノ、任せるよ。俺オサムちゃんの方に行くから。」

低い声で大田が言った。

「わかった。」

2人は返事と同時に佐久間の方に合流する。

大田がいつになく真剣な表情で、黙ってオサムの両肩を抑えて、圓崎、松野、佐久間たちの方を振り返って顔だけを彼らに向ける。

オサムは正直忘れていた。この4人の行動を見て、初めて自分が犯した罪──鹿島を再起不能の手前まで追い込んでしまった自分の恐ろしさを……。都合よくこのことを忘却の彼方に追いやっていた自分の醜さを……。

大田に抑えられた両腕からは、彼の冷え切った手の冷たさが伝わってくる。

「大丈夫だから、オサムちゃん。エンちゃんたちに任せよう。」

彼は圓崎たちに視線を向けたまま、オサムに声をかけた。その声は淡々としていながらも仲間を思う、冷えた手と裏腹な温かみが感じられた。

自分の軽率な行為が、仲間に余計な気遣いをさせてしまったと思うと自分が恥ずかしく、同時に思い出してしまった鹿島の崩れていくボロボロの顔が、より一層オサムを苦しめた。

「何だ、何だ、何だ?

 声かけてきたのは、そっちのヒョロっこいモヤシの方だろ? タッパのあるこのあんちゃんがいくら愛想良く謝ったって、その『臨戦体制』とかっていうやつ〜?それオタクら、おかしくな〜い?」

確かにそうだ。騒いでたのも自分たち。オサムが声をかけたのが先。全部見ていて、相手の言い分には何一つ申し開きがない。

圓崎が即座に前に出て、頭を深々と下げる。

「本当に申し訳ありません。彼はチカラの制御ができないときがあるんです。クスリの副作用が酷くなる、そんな感じのときがあるんです。本人はその気がなくても、人を傷つけてしまうかもしれないと悩んでいるんです。ですから、アイツを俺たちが誰も傷つけないよう守ってるんです。本当にすみませんでした!」

数秒の沈黙が続く。タバコ男は、あまりに真剣に謝罪する、子どもとは思えない恰幅の良い、鍛え抜かれた筋肉が袖の上からでもわかる浅黒い肌の少年を中心にした、この連携のとれた集団と、自分との温度差があまりにも大きいことに、正直驚いてしまった。

男は「俺は何でこいつらをこんなに追い詰めたんだっけ?」と逆に思い始め、先程の怒りは消え去っていた。

「んん、な、なんか良く知んねえけどよ、こっちこそ悪かったな。怒鳴っちまってよ。わかったよ、あんちゃん。(おもて)上げてくれ。悪かった。」

この一連の出来事を目の当たりにして、オサムは自然とボロボロと涙が溢れてきた。

「いや、悪かった。こっちのタッパあるあんちゃんの方も、面上げてくれ。な?

 そっちの色白のあんちゃんも悪かったな! ついカッとなっちまってよ。悪いな。

 な、本当にいいって。お願いだから2人とも面上げてくれよ〜。な?」

頭を上げた佐久間と圓崎は、もう一度軽く会釈して「すみませんでした!」と声を張って更に詫びた。最後にもう一度会釈したとき、男は「わかった、わかったから。な? 大丈夫、な? あ〜、俺よお、ちょうど便所行こうと思ってたんだよ。漏れるといけねえから、これで失礼すんよ。な? じゃあな。な? もう許したかんな。許したぞ。謝んなよ、もう、な?」

バツが悪かったのか、そう言うとそそくさと食堂を出て行った。

「大丈夫か?」

圓崎のその優しさにオサムは余計に涙が止まらなくなった。いつぶりだろう?中学生にもなって、こんなにもみっともなく人前で泣くなんて。

圓崎の大きな手が小さなオサムの頭を撫でていた。

(第十九話 終わり)

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