第十七話 分岐点 〜動き出す者たち〜
レベル3の医務室に搬送された2人の少年の側には7人の大人がいた。藤原、報告を受けてやって来た黒崎と上野、Dクラスリーダーの原という男、医師3名である。
「香澄はどうした?」
「分かりません。四門システムの調整に直接レベル5に行かなくてはいけない、と言って出て行ったきり戻っていません。無線にも応じません。私が子どもたちの知らせを聞いてレベル4に向かう時点での話ですが……。」
藤原は正直に黒崎に返答した。内心、この状況でこれだけ時間が経っても戻って来ない香澄に腹を立てていた。
そんな彼の心中を察したかのように黒崎は「そうか」と静かに言いながら、眠っている2人の少年に視線を移した。
「そっちの彼はともかく……、酷いものだな?」
黒崎はこう言いながら、呼吸器を付けた鹿島の顔をまじまじ見つめた。
医師が添田について、黒崎に説明を始める。
「まずこちらのFRG-01の少年ですが、後頭部を急に殴られて脳震とうを起こしています。今のところ重篤な状態にはなっておりません。外傷も大したものではありません。骨にも異常はありませんでした。」
別の医師が鹿島の容態の説明を始める。
「こちらのD87-03ですが、内臓の損傷が激しい状態でした。緊急のオペを行い、再生も順調です。バイタルも安定しております。命の危険は回避したと言えます。
顔の外傷はおっしゃるとおり、かなり酷く腫れ上がっておりますが、見た目ほどは酷くありません。ただ……」
「何だ? 続けてくれ、構わん。」
恐らく藤原が同席していることに躊躇したのだろう。黒崎も察して続けることを許可した。
「何というか、不思議な状態です。骨折が一切ないんです。筋肉や内臓だけにダメージを与えるようなことをどうやって行ったのか?
先程ビデオ映像を拝見しましたが、何も映っていないんです。」
「ん? 映っていないとは?」
「この状況を作り出すには、非ニュートン流体( 衝撃を受けると一瞬で硬くなる液体のこと)や高密度の高圧衝撃吸収ゲルのような、非常に特殊な『クッションのようなもの』で体を固定して、衝撃を緩和でもしない限り、起こせません。
この少年は『Zタイプ落ち』せずに『シリーズ化』している被検体ですので、骨そのものは、しなやかな竹や強化樹脂のような柔軟性を発現しております。ですから、しなることで折れにくい状況を維持できたのは納得できます。
ですが、骨折が一切ないというのは……。
背中から叩きつけられる際に、こうピッタリと体に密着させたクッションが、衝撃を一点ではなく、全身の表面に分散したとしか考えられません。局所的負荷を免れることで骨が無事で、代償として内臓をズタボロに破壊したと……。」
「なるほど……。」
「見てください。皮膚が内出血で真っ黒になっています。こういうのは迦陵頻伽と戦わされた被検体で、昔よく見かけましたが……。」
一瞬だが黒崎の口元が緩んだ。だがすぐに咳払いでもするような仕草でこれを隠した。
「詳細の報告は改めて書類で確認しよう。みなさん、ご苦労様です。後は頼みます。」
そう言って、黒崎は上野と共に退室しようとした。
扉が開き、香澄博士が飛び込んできた。
「すみません。時間がかかってしまいました。」
「……調整とやらは順調に進んだのかね? 少年の状況は君のチーム員に聞きたまえ。」
黒崎は通路を急ぎ足で歩く。
「上野、大当たりだ。」
「はい。で、どうします?」
「ミカエルの交渉などもういい。別ルートを使うぞ。『アレーシュマ』の解放を急げ。」
「よろしいのですか? 奴はまだ不安定です。実戦投入はもう少し先がよろしいかと。」
「構わん。どうせ『壊すため』に造ったのだ。早くこの目で直接確かめなくては……。」
『カジ暴行オサム暴走事件』により、少年たちの自由に若干の制限がかかることになった。
黒崎の卒倒を機に、大幅に緩和されていたセキュリティガードのレベル3とレベル4の巡回は、毎時間交代で巡回する従来どおりに戻されていた。
緩和期間では午前1回、午後2回、夜間3回と縮小されていたのだ。
また監視カメラも、自動検知を再作動させることになった。圓崎たちが10人まとめて軟禁されていたときは、部屋からの脱走を検知してセキュリティガードが駆けつけたことがあったが、それと同じく各通路、扉、室内においても自動検知される仕様に戻された。これに伴い通路上を走り抜けるような少年たちの動作にもセキュリティガードが飛んでくることになった。
レベル4への出入りは、各クラスリーダーのいずれか最低1名が同行しない限り、少年たちのみでは禁じられることとなった。ただしクラスリーダーだと会議の出席タイミングが同時になることも考慮して、特別にFクラス・スタッフである山本、藤原のいずれかの同行でも良いとされたので、ハードルの高い条件にならずに済んだ。エレベーター、階段の使用についても同じ措置が取られた。
それでも四六時中監視に付き纏われていた状態に比べると、自由が約束されていることには変わりがないため、少年たちの生活が大幅に変わったわけではない。
一部の少年たちにとって、意外に『不便』になったと思われているのは、『階段の使用』が制限されたことである。圓崎、大田を中心に彼らはこの階段を使ってトレーニングをしていた。自主トレ大好きの連中にはここが穴場で、縦に広がる空間であることから、解放感を彼らなりに満喫していたようだ。圓崎が真面目な顔で残念がっている様子を見て、溝端に「そこ悔しがるとこ?」とからかわれていた。
添田はその後意識を取り戻し、定期的に脳震とうの検査が必要ということになったが、日常生活に支障の出る状態ではないため医務室ではなく、Fクラスの居住空間に戻されていた。
鹿島も意識が戻り、回復も順調であるが、当面の間は病室生活を強いられることになった。
Fクラスの居住スペースに、オサムと添田の2人の姿があった。添田も大分回復して運動も問題ないと自分では思っているが、経過観察中ということで過度な運動を禁止されていた。オサムはケガなどないが、周りの生徒が気を遣い、山本や藤原からも「添田くんと一緒に暫く療養しなさい」と言われ、こうして2人で留守番する時間が増えていた。
ちょうど今は、山本を含んだ3人のみが居住空間にいる。
藤原を引率に松野と安川は、圓崎からのお誘いで「柔道部としての練習だ」と言われて、渋々出かけて行ったところだ。「オサムはエダくんをみていろ」と言われ素直に留守番に徹した。
彼は、館内の図面や藤原の貸してくれた書籍や資料などを、飽きずに何度も見ている。
添田は、その回復力の反動からか、バス事故の日からの緊張が一気に解けたのか、最近はよく昼寝をしている。
このため、オサムのみがこうしてリビングスペースに山本といるのだ。
「高山くんは熱心だねえ。」
山本が本当に感心してこう声をかけた。
「うん。藤原さんの話が面白かったからね。いろいろ覚えられて面白い。」
こうしてると、知識は豊富のようだが、本当に無邪気な子どもである。
「高山くんは、ここに来てから背が少し伸びてるね。」
「え? そうですか? 気づいてなかった。」
データを見ていることもあるが、山本には視認できる成長に思われた。実際2センチほど、彼の身長は伸びていた。
「本当に子どもの成長は早いねえ。」
しみじみ言う山本に、オサムはその言葉に呼応して質問した。
「山本さんは、お子さんいらっしゃるんですか?」
一瞬山本が戸惑った顔をしたのを、オサムは見逃さなかった。慌てて「すみません」と言ったが、逆にこれを見て、山本の方が申し訳ない気持ちになった。
「私にも息子が2人いるよ。」
普通に答え出したので、オサムは戸惑いながらも話を続けた。
「いくつくらいなんですか?」
「上は今年20歳で、下は高校3年生だよ。」
「ええ! そんなに大きいお子さんがいらしたんですか?」
彼から見たら、山本に子どもがいるとしても、せいぜい小学生止まりと思ったため意外であった。
「んん? そんなに若く見えるかい? 嬉しいねえ。」
山本は素直に喜んでいた。
だがオサムにとっては具体的な年齢というより、『なんとなく感覚の問題』であった。だが、この感覚は正しい。山本は40代前半なので、同世代の子を持つ親として実際に若いのだ。
結果的に目の前の大人を『若いと看做した』のかもしれないが、本人にはそういう自覚はなかった。またオサムは、自分を呼び止める大人に「そこのボク」と言われるのが嫌で仕方ないと思っていた。寧ろ若く見られて嬉しいという感覚は、彼にとって不可解なことであった。
「でも離婚して、ずっと息子たちとは会っていないんだよ。」
「……そうなんですね。」
妙な間ができた。気まずい雰囲気を作ってしまったことを、どう繕うか一生懸命思案している様子のオサムを見て、山本は続けた。
「ごめん、ごめん。暗くさせちゃったね。大丈夫だよ、気遣わなくて。」
「……はい……。」
「私は隣の資料室に行くよ。何かあれば、遠慮なく声をかけてね。」
「わかりました。」
山本は、目の前の少年の気持ちも、自分自身の気持ちもリセットするために席をたった。
歩きながら山本は一人呟いた。
「あの子よりも、もう少し大きくなってるんだろうな? コウイチとエイジ……。」
レベル5の深層──そこには2人の男の姿があった。
「珍しい客人だな? 先日もこの辺を彷徨いていたようだが?」
「……ミカエル、頼みたいことがあって来た。話だけでも聞いてくれないだろうか?」
「お前が頭を下げるとはな。何だ? 聞くだけなら聞いてやる。『応じてやる』とは言えないが……。」
「それでも聞いていただきたい……。」
「先日もアイツの遣いがやって来たが、それと同じ用件なら先に断っておくぞ。」
「完全に別件だ……。」
(第十七話 終わり)




