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四神 ―神格化の刻―  作者: 伏黒照(フシグロテル)


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第十五話 無意識の白虎 〜悲痛の午後〜

少年たちは、実験アリーナ、レベル4に今集まっていた。

佐久間は相変わらずで、特に健康上の支障が出ている様子もない。ただ、時折シャワーを浴びて体を洗った直後なのに妙に痒いときがある、と首の後ろを掻いてみせて、顔をしかめるくらいだった。

全員でいるときに、たまにそのセリフを彼が口にすると、すかさず圓崎を中心に「見せてみろ」と言って異変がないかを、神経質なまでに皆で確認した。

最初は嫌がっていた佐久間だが、あまりに圓崎が真面目な顔で確認し始めるため、そのうち自分から「痒いから見てくれ」と叫んで、皆が集まる、というルーティンができてしまった。

結局白い部屋への『佐久間拉致事件』の真相は分からずじまいであったが、実は圓崎はあの日のやり取り以来、また別の仮説を立てていた。その仮説とはオサムたちを担当している、香澄博士があの件に絡んでいるのでは? というものであった。

オサムたち4人が、すっかり彼を信頼していることは、最初の顔合わせで会ったときから圓崎も充分承知していた。だが、あくまで『可能性』としては否定できないのではないか、そう考えていた。

オサムたちが信頼している人物を疑っているという認識から、彼ら4人には絶対に口外しない、またほかの仲間たちの口から、そのことが伝わってしまう恐れを危惧して、このことは圓崎と行動を常に共にしている大田、柴崎の3人のみの秘密として扱われた。


一方、Fクラスと呼ばれる4人が、一体どの程度の違いがあるかを、その身体能力を見せてもらった限り、そこまで大きな差異はない、というのがほかの10人の印象であった。

特にオサムに関しては、その印象が大きかった。

彼は自分たちより優れているどころか、ほとんど元と大して変わらない印象であった。ただし、不思議なことに持久力だけは、ほかの連中に引けを取らない、いやそれ以上と言えた。

圓崎ですらバテるような距離を走り続けても、彼はまだ限界に到達していない様子で走り続けるのだ。足は遅いものの、マラソンであればペースを崩さず淡々と走れるので、恐らく距離が長いほどトップになる可能性は高いだろう。とにかく息が上がらないのだ。こればかりは全員が認めて、褒められるとオサムは嬉しそうに照れていた。

香澄博士の『少年たちの脱出作戦』は、なかなか具体的計画が練られないまま数日が過ぎていった。

黒崎も医務室を退室して、公務に復帰していた。

脱出は全く先が見通せないものの、子どもたちは施設生活に順応して、比較的平和な日々が続いていた。


そんなある日、正午を少し過ぎた時間にその事件は起こった。

いつもの実験アリーナでのマラソンを皆が終えて、待機スペースで休憩していたときのことだった。

圓崎が笑いながら、安川をからかった。

「クニヨシ、オメーいつもオサムちゃんの隣に座ってるな? さすがにベッタリし過ぎだと気持ち(わり)いぞ。」

冗談のつもりで言ったのだが、安川は大真面目に答えた。

「え、だってよ、オサムの近くにいっと、スゲー息がし易いんだよ。」

「そんなわけあっかよ!」

圓崎と共に皆が大笑いする。

「クニヨシ、言い訳ならもっとマシな嘘考えろ!」

「え、嘘じゃねえよ。いっつもそうなんだよ。エダも知ってんだろ?」

「うん。息し易いってのは、本当なんだよね。不思議と。」

安川の話に添田も同意する。

「エンちゃん、マジなんだよ、これ。」

松野も笑いながら肯定している。

「確かにね、オサムちゃんのせいかは分かんねえけど、シバと俺も一緒にオサムちゃんとこの前話してたとき、なんか体が楽って思った。」

「あ、そうそう。俺もタケダも空調が効いてんのか、ちょうど涼しいし、空気が吸い易い、埃っぽくねえ、って言ってたんだ。本当にオサムちゃんのおかげかは知らねえよ。」

竹田と柴崎も、この安川説の信憑性を語り始めた。

オサムは、正直今まで意識したことがなかったので、みんながそんな風に思っていたことを初めて知り、ちょっと戸惑っている。

この間に、気づくと大田がオサムのすぐ横に来て座っていた。

「エンちゃん、本当っぽい。違うよ。明らかにここだけ。」

相変わらず表情を変えることなく、大田が淡々と圓崎に報告する。

「ええ〜、本当か?」

圓崎は大きな体を起こして立ち上がる。大田も同時に立ち上がり、オサムの横を圓崎に譲って座らせる。

「ん?ああ〜。」

そう言いながら、圓崎はオサムの隣に座ったまま少し上体をオサムから遠ざけたところに伸ばし、息を吸ったり吐いたりしている。そしてもう一度普通に座った状態で呼吸する。

今度は何も言わずにすっと立ち上がり、自分がさっきまで座り込んでいた場所まで歩いて行き、しゃがんで呼吸した後、またすぐにオサムの横に戻ってきた。

「信じらんねえけど、本当だ。」

圓崎が低い声でそう呟くと、一斉に溝端、香野、小前がオサムの周りを囲む。

3人は、同時に「あっ」と声を上げて、打ち合わせでもしていたかのように、3人同時に全く同じポーズで深呼吸を3度繰り返した。

「すげえ〜!」3人のハモリ声が響く。

このやり取りを遠巻きに見ていた吉村、佐久間も、地下生活が呼吸しづらいと感じていたからか、珍しく興味を持って、オサムのところに来た。3人と交代して深呼吸を始めた。

2人とも笑いながら「ええっ?!」と言って顔を見合わせる。首を傾げ不思議そうである。先程の圓崎と似たようなことをして、確かめている。

「何だ、お前? 霧ヶ峰かよ?」

佐久間が冗談半分、本気も半分で尋ねている。

オサムは、全員がまさか同じリアクションをするとは想定しておらず、一人くらいは「そんなことねえだろ、気のせいだろ?」と否定すると考えていたので、ますます戸惑った。

特に吉村、佐久間が認めるのは意外過ぎて、どう反応していいか分からなかった。


前日の寝不足からなのか、いつもより息が上がっていた鹿島が、ほかの者から少し離れた場所で、黙って汗を拭いていた。

彼は一人だけ、この『オサム霧ヶ峰疑惑』の捜査に加わることはなかった。

彼らのやり取りが一段落して、何気なくオサムが鹿島の前を、相変わらず涼しげな顔で横切ろうとした。

「調子こいてんじゃねえよ! オサム!」

いつも以上に疲労していたこともあったからか、鹿島は明らかに不機嫌な状態であった。

先程のやり取りを見ていて何か癪にさわったのか、累積してきた不満が鬱憤として今爆発し始めたのか定かではないが、少なくとも今のオサムに一切非がないにも関わらず、彼は明らかにオサムに対して抗戦的で、挑発的であった。

鹿島のしゃがれた声による挑発は、普段仲良く接しているはずの佐久間や吉村にとっても、全くの想定外らしく、驚いた様子で彼らの方に視線を向けていた。

オサムは何故自分が喧嘩を売られたのか、さっぱり見当もつかず、再び戸惑いを隠せない状況になった。

圓崎と大田、松野と安川が鹿島の怒声に反応して、素早くオサムに駆け寄ってきた。

「オサムちゃん、どうした?」

目線は鹿島に向けて警戒したまま、圓崎が尋ねた。

戸惑いながらオサムが答える。

「わ、分かんない。カジの前を歩いて通り過ぎようとしたら、突然怒鳴られた。別に足とか踏んだわけでもないし……。」

「うっせーよ、優等生! チヤホヤされて調子づいてじゃねえよっ、クソがっ!」

「オメー、オサムに喧嘩売る理由は何だ? 本人も何もしてねえって言ってんだろ? 答えろよ。」

「あんたにカンケーねえだろ? ムカつくからムカつく。それだけだよ。(わり)いかよ?」

「ああ、悪いね。そんなのテメーの都合だろ?」

「まあ〜〜まあまあまあ、さっ、エンちゃんもカジもクールダウン、ク〜ルダウン。」

圓崎と鹿島の衝突が本格化する前に、佐久間が軽やかにいつもの調子で割って入り、仲裁に入る。だが佐久間はいつも止められる役で、仲裁役は珍しいかもしれない。

「まあ、カジ。よく分かんねえけど、マジになんなって。なっ。高山もお前に悪気があったわけじゃなさそうだしよ。エンちゃんまでマジになってんの、ヤバいって。なあ、引き上げようぜ。」

「サクマ、お前までコイツにビビってんのかよ? 超(つえ)えとか言われてっけど、柔道の話だろ、それ?」

「サッカー部のオメエの方が喧嘩は強えって言いてえのか? 本気かテメー?」

佐久間が両手を広げて、圓崎の前にさっと立つ。

「あ〜〜、あああ、ごめん、ごめん、エンちゃん、マジでゴメン。カジちょっと今日はおかしいんだって。カジ、オメー、エンちゃんにだけはきちんと謝れ。な、謝っとけ、悪いこと言わねえから、な?」

佐久間が、本気で止めないとマズイと感じて慌てて両名をなだめようとするも虚しく、事態は収拾がつかない。

竹田、柴崎、添田、香野、溝端もいつのまにかオサムのところに来て圓崎たちと共にオサムを取り囲んで守ろうとしている。

一人だけ、吉村が静かに気味悪く笑みを浮かべて、この顛末がどうなるか楽しんでいる。

自分がオサムに手を出すことは圓崎に歯向かうことになり、避けたいと考えるクセに、鹿島が代わりに手を出す分には、自分に飛び火しないと、こす狡く思っているのだ。

彼もまた、鹿島同様に『優等生ぶってるオサム』というイメージで、怯えるオサムを()()()()()やりたいと考える小者である。

佐久間の目が本気で珍しく「やめろ」と訴えている様子に、鹿島も多少は冷静になったのだろうか? じっと圓崎を睨んでいた目を軽くつむり、「わーったよ。」と佐久間の肩を軽く叩いた。

「カジ、マジ冷や冷やさせんなって。エンちゃん、俺も一緒に謝っから、ゴメン。

 カジ、マジでやれ、謝れ。」

佐久間がこれだけ言うんだ、強いというのは本当だろ。いや、正直誰の目からも圓崎が単に『強そう』ではなく、『強い』というのは、否が応でも分かる。以前佐久間を馬鹿にした軍人のような男を一瞬で倒したときは、鹿島も本気で震え上がったくらいだ。憤りで興奮状態にある鹿島は、自分なりにここで怖気るのが格好悪いと感じ、為すがまま見栄を切ったのが正直なところである。

だが、オサムへの憤りは完全に消えたわけではなかった。

鹿島は結局圓崎には謝らず、背を向けた。

佐久間が必死に圓崎に繕う。

「悪い、エンちゃん。頭冷やして、次謝らせるから、本当ゴメン、悪い!」

そう言って、さっと背を向けて去ろうとする鹿島の前に行き、「エンちゃんに殺されっとこだったぞ!俺でもエンちゃんの本気は止めらんねえよ。」と大声で鹿島に対して、彼なりに叱りつけているようだった。

そんな佐久間の様子を見たこともあってか、圓崎も構えた拳を下ろし、「やめやめ。解散。今日は帰っぞ。」と言いながら皆に撤収を命じた。

吉村は「乱闘が見られず残念」と不謹慎な考えを胸に、鹿島と佐久間に合流して帰り支度を始めた。

全員が胸を撫で下ろし、事件解決と思いきや、これで終わらなかった。


「あ、忘れもん。」

そう鹿島が言ったのを佐久間も信じて疑わなかった。

全員が油断していた。

鹿島はゆっくりとオサムの背後に近づき、殴りかかろうと考えていた。

鹿島が近づいて拳を振りかざし始めたとき、オサムはまるで背後の様子が全て分かっていたかのように、さっと鹿島の方を振り返り、カッと目を見開いた。

ところが、まだこの2人の間には少し距離があった。突然後ろを振り向くオサムを不思議に思った添田が、この2人の間に割って入る形になってしまった。

「どしたの急に? オサムちゃん?」

添田がこのセリフを言い終えると同時に、鹿島の右拳が添田の後頭部に炸裂してしまった。

「エダくん!!!」

スローモーションのように添田が白目を向きながら、オサムの目の前を倒れていく。

「エダくん、しっかり! 誰か救急車!」

添田が倒れて混乱するオサムは、この場所であり得ないはずの救急車を呼ぶように皆に叫んだ。だが、誰一人救急車と叫んだことを揶揄するものはなく、全員が一斉に駆け寄った。

佐久間と吉村は何が起きたか、さっぱり分からずこちらを振り返って、呆然と立ったままであった。

「エダくん、エダくん、エダくん。」

オサムが泣きながら叫んでる。

少年たちの自由が許されていることが裏目に出てしまった。

監視がいれば、恐らくはこの事態は避けられたはずだ。

Fクラス担当の香澄博士たちも、彼らのデータ収拾を常にする必要もないと結論づけて、今日のように付き添いを一切せずに、子どもたちの自由意志で実験アリーナに行かせていた。

監視カメラは作動しているはずなので、本来セキュリティガードや医療チームが迅速に駆けつけるところであるが、ひょっとしたら、これも黒崎側が緩和し過ぎて、この事態を看過することも考えられた。

それでも彼らは自分たちのできることを早急に取り組んだ。

溝端と香野は「先生呼んでくる」と言ってすぐ2人でレベル3に向かった。

「医務室に誰かいないか見てくる」と言って柴崎と竹田が走り出した。

オサムが泣き崩れる中、松野と圓崎が冷静に、まずは添田の意識があるかもう一度呼びかける。

「大丈夫か? 大丈夫か? エダ! 返事してくれ!」

応答がない。呼吸をしてるか確認する。呼吸は微かだがしているのが確認できた。

「今動かさずに、このまま待とう。」

圓崎のセリフの後に、安川が思いついたようにオサムに呼びかける。

「なあオサム? お前ならひょっとして治せるんじゃねえ?」

一瞬その場にいた全員が、オサム本人も含めて空気が綺麗になる現象を思い出した。

「確かに。なあオサム。意識してできねえのかもしんねえが、今エダくんの呼吸が浅いのは明らかだ。後頭部を強く打ってるから、酸素だけあればいいってわけでもねえが、先生が来るまでの間、エダくんの緊急処置として何もしないよりマシなはず。」

その圓崎のセリフを聞き、涙を拭ったオサムは添田の横で手を翳し、目を閉じて集中し始めた。

(第十五話 終わり)

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