7抱き締めたくて
「困ってるやつを見ると、おろおろしてる。手伝うのがいいのか、何もしないのがいいのか迷って、結局いつも手伝おうして、断られたら落ち込んで……とにかく優しいやつなんだ」
そう話す一汰はとても優しい顔をしていた。千沙都はついその顔に見入った。
「でも、鈍くて。周りの皆から好かれてても、気づかないんだ。自分なんて全然、って思ってるようなやつ。―――贅沢なやつ」
「………――」
一汰に似ているわ。そう呟こうとして千沙都は言葉を飲み込んだ。そう言ってしまうと、気持ちがバレてしまうような気がしたから。
「優しい、ひとね」
返せたのは陳腐な台詞。
だが、一汰はしみじみと頷いた。うん、と首を振る。
「初めて、誰かを好きになったんだ」
―――私も。
人を心の底から好きになったのは、あなたが初めてよ。
「私、一汰が誰かを好きになってくれて、嬉しいわ。あなたの想いが叶わなくて、悲しいと思うけれど。誰かを好きになるってとても素敵なことだと思うもの
人を好きになると、生きていて幸せでしょう?」
押し殺す。私は今、優しく笑えているだろうか。
千沙都は胸の前で手を握り込みながら言った。喉がひりつくような気がする。けれどそれは気のせいだ。気のせいだ。
「幸せだったよ。でも……あいつには好きなやつがいるって言ってた。俺の友達の一人。
そいつもあいつのことが好きだった。だけど、知らないふりをして………、俺はそいつに勝ちたかったんだ」
千沙都は目を見張った。一汰は真っ直ぐな気性をしていて、誰かを思いやるがゆえに自分の意思を押し隠してしまうような優しい少年だった。
図々しくなってしまえ、とずっと思っていた。千沙都はずっと願っていた。優しすぎては、この世は行きづらい。
恋とは、こんなに人を変えてしまうものなのか。
そんな思いを否定的に受け取った一汰は、自嘲して足元の砂利を蹴った。
「でも、勝てなかった。こんなみっともない事をしたんだし、当然かも知れないけど」
「………それは、違うわ。みっともなくなんかないわよ、一汰は」
「どこがだよ。こうやって、千沙都を呼び出して、愚痴って、まだ諦めきれなくて。どうしようもなく女々しいだろ」
皮肉げに空笑いをする。
ぎゅっと手を握って、千沙都は少し大きな声を出した。
「私は、一汰が一番に頼ってくれて、嬉しかったわ。愚痴ってくれるのも、信頼されてるみたいで、私の自慢なの。それに、諦められなくて当然よ。
私だって、すぐに諦めることなんてできないわ。だって、好きなんだもの。どうしようもなく。
一汰だってそうでしょう?」
一汰は体を震わせて忙しなく瞬きをした。目許を大きな手で覆って、浅くなった呼吸を必死に整えている。
泣きそうだと察するのは容易いことだった。
一汰の目の前に回り込んだ千沙都は、胸を叩いて明るく告げる。
「泣きたいならお姉さんが胸を貸してあげましょうか!」
「…っ………おねーさんって、一つしか違わないくせに…」
「そんなの関係ないわ。一日でも一時間でも、早い方がお姉さんだもの」
喉をつまらせるようにして笑った一汰に腕を差し伸べた。後頭部に手を差し込んで、近くに引き寄せる。―――一汰の傍に、私が体を近づけているのかもしれない。
どちらにせよ、私は一汰を抱き締めた。
髪をすくように、何度も何度も撫でながら、時折千沙都は背中を叩いた。優しくあやすように。
苦しいときに、傍に温もりがある幸せを、千沙都は痛いほどに知っている。どれ程それが貴重なものなのか、ということも。
どうしようもなく、救われるのだ。
だから、千沙都は力になりたかった。
苦しさを解るから、傍にいてあげたかった。かつてそうしてもらったように。
でも
それと同時に、やましい気持ちが無かったわけではないということが、千沙都の胸を苦しくした。
救いになりたかった。
誰かのものではなく、唯一無二の一人の。
一汰の。
一汰にとっての絶対的な何かに、千沙都はなりたかったのだ。
抱き締めながら、何度も何度も髪を撫でる。そのうちに、一汰は固くなった体の力を抜いて、小さな嗚咽を漏らしながら肩口に瞼を押し付けた。
「…………っ」
「一汰、…私はね、いつだって一汰の味方でいるつもりよ。あなたが頑張っていることは知ってるもの。優しいことを、知ってるもの」
小さく、聞こえなくてもいい、と思いながら千沙都は呟いた。
「……………りがと」
暫く経って、そんな涙声が聞こえた。
けれど、千沙都は考える。言葉の意味を。
『味方でいるつもりよ』
確約などしていない。千沙都は己のこういうところが駄目なのだと気を重くした。
きっと。一汰が好きになった女の子なら、きっぱりと
『味方でいるわ』
と宣言するのだろう。
だから千沙都は諦めたままだ。
最初から勝負を放棄して、己を憐れんで、誰よりも嫌って。
千沙都は自分が大嫌いだ。




