5胸が苦しい
千沙都と一汰が集まるのは、人気の少ない、奥まったところにある公園だった。いつだってそうだった。
お互いに目立つことが嫌いだった。
口さがない人の、おもしろおかしい噂になりたくなかった。
元々一汰は目立ちやすかったということもある。一汰も千沙都も、周囲より多少冷めていて潔癖で、心ない流言を嫌っていた。
だから、千沙都も一汰も、疚しいことが何もなくても、こうやって会ったのだと懐かしい気持ちで思う。
前に会ったのは2ヶ月前だ。
小学生の頃は、毎日のように会っていて、千沙都が中学に上がってからもまだよく会っていた。けれど、最近ではもう、月に1度会うことができればいい方だった。
ここで大きな喧嘩を何回かしたなと思い出す。
もうあまり思い出せないものもある。所詮原因なんてそんなもので、互いに意地を張り合って、己の心の弱さから逃げていただけなのだ。きっと。
そして私は今も逃げている、と千沙都は思う。
一汰の髪は、とてもきれいな金髪をしていた。脱色だったり染めているわけではない。地毛だ。けれど、一汰の両親は多少色が薄いだけで、とても金髪とは言えない髪色をしていた。
だが、一汰は両親の実子だったし、間違いなく彼らに慈しまれていた。
けれど、些細な違いが一汰を孤立させた。悪意のある流言が一汰を傷つけた。それは、見た目だった。金髪の容姿と、決して社交的とはいえない性格だ。
孤立させられながらも、一汰は両親の悲しむ顔が見たくなくて、たったひとりぼっちで耐え続けて苦しんで、追い詰められて、すべてを諦めてしまったときに千沙都に出会った。
千沙都と話して、喧嘩して、一汰は少しずつ傷を癒していった。そして時が経って、両親にそのことを打ち明けて、髪を黒く染めた。
千沙都は金髪が見れなくなって残念だったけれど、あのことは、いじめっ子達に負けて逃げたのではなくて、両親にすべてを打ち明けて乗り越え、得た結果なのだ。
とても自分にはできないと、千沙都は思った。
一汰と向き合うことは生々しい一汰の心の傷を知ることで、己の傷と向き合うことだった。
気づきたくない己の空虚さや醜さを知って、直視できなくて、それでも見て、逃げることを選択した。
だから、両親に反抗らしい反抗をしないまま、大人に近づいている。本気の言葉を伝えないまま、都合よく離れていこうとしている。
いつだって私は。
走るうちに、外灯がひとつしかない、薄暗い小さい公園に辿り着いた。
荒く乱れる呼吸を必死に落ち着かせてから、公園に入る。
どこに何があるか、千沙都はすべて知っている。といっても、二人がけのベンチとブランコがあるだけだけれど。
薄暗い公園を見渡した千沙都は、外灯に背をもたせかけるように、外灯の明るさの陰に紛れるように立っている一汰を見つけた。
「一汰…」
一汰と、そう呼ぶようになったのはいつからだろうか。
千沙都は、一汰の表情を見ようと歩みを進め、気がついた。
「一汰……泣いてるの………?」
「…千沙都……来てくれたんだ」
千沙都の問いには答えず、気弱な笑みを浮かべた一汰は、その表情のまま続けた。
「俺…振られたよ」
千沙都の浮かれていた気分が覚めて恐ろしいほど冷静になった。
そうだった。前に会ったときに、打ち明けられていたのだった。
好きな子ができた、と。
その子は一汰が入っているバスケ部のマネージャーで、長い髪のかわいい子だと聞いて、完膚なきまでに叩きのめされて、いたたまれなかった記憶がある。
それを誰より先に打ち明けてもらえる自分が誇らしくて、意識されていないのかと悲しかった。
だから、千沙都は喜ぶべきなのかと少し思った。
自分のことを好きになってくれる切っ掛けができたのではないか、と。
けれど、とてもそうは思えなかった。一汰が傷つくのが、ただ悲しいだけだった。
「………私が、」
話を聞くわ。千沙都がそう告げる前に、一汰は千沙都の肩に額をおしつけた。何度も一汰に千沙都が言った言葉だから、彼も分かっているのだ。
聞いてくれ、と甘えるようにぐりぐりされる。
千沙都はとんとんとあやすように、慣れた手つきで、包み込むように抱き締めた。
「俺の話を、聞いて欲しいんだ」
「いくらでも聞くわ。だから、好きなだけ話して」
千沙都はそう言ってベンチに座らせた。
ポケットに入れていた小銭で、飲み物を買う。一汰には甘いカフェオレ。珍しく走った千沙都には、冷たい水を。
今では硬派な男前になった一汰だが、存外に甘いものが好きである。昔から恥ずかしがって見せようとしないが、千沙都は知っていた。
「はい。落ち込んだり、疲れたときには甘いものがいいわよ」
「ありがと…。……甘いものが好きだっていってた」
「……うん」
千沙都のことではない。一汰の好きな『あの子』のことだ。千沙都の胸が、締め付けられて、苦しい胸を隠して頷いた。
「頑張ってる人を応援したいんだって」
「うん」
「よく笑うやつで、でも不器用だから、よくコケて皆に笑われてた」
「そんなところも好きだったんだ」
「…………。……好きだった、んだな」
どうしても、過去形で話さずにはいられなかった。一汰は苦しそうに頷いた。
今、一汰は同じ気持ちなのか。
見ていると、分かった。




