第四章 残響(エコー)する世界
――数日後。
「なあ、透真。……芳子、まだ見つからないのか?」
部室に残されたのは、空になったギターケースと、ひとつの木札だけだった。
部員たちが口々に心配する中、透真は無言でスマホを見つめていた。
画面には、あのタグ。
【#芳子の夜曲】
再生数は一晩で三百万回を超えていた。
コメント欄は「泣ける」「まるで祈りみたい」「最後の声、誰?」などで溢れている。
だが、透真の指が止まったのは、いくつかの異様な書き込みだった。
【この曲を聴くと、夢に“海”が出てくる】
【耳が痛い……】
【“芳子、どこ?”って声が聞こえた】
透真の背中に冷たいものが走る。
再生ボタンを押す。
流れ出したのは、確かに芳子のギター。
けれどその奥に、以前よりもはっきりと“何か”の声が混じっていた。
『名を……返せ……』
スピーカーがノイズを発し、画面が一瞬だけ砂嵐になる。
その瞬間、イヤホンの奥で――芳子の声が、囁いた。
『透真くん……』
「――芳子!?」
透真は思わずイヤホンを外した。
だが、声は部屋の中から聞こえていた。
『みんな、聴いてくれたよ。たくさんの人が』
「どこにいるんだよ……! 生きてるんだろ!?」
『ううん、もう“音”になっちゃった』
『でも大丈夫。たくさんの人が、私の声を聴いてくれてるから』
「……そんなの、イヤだよ」
『透真くん、ありがとう。
最後の曲、“一緒に弾いて”』
彼の指先が勝手に動いた。
机の上のスティックが転がり、机を叩き始める。
トン、トン、タン……リズムが生まれ、
スマホのスピーカーから芳子のギターが応じる。
「やめろ……勝手に……!」
でも、止まらなかった。
まるで体の奥に電流が流れたように、透真は演奏を続けた。
その音が、スマホのマイクを通してネットへと拡散していく。
【#芳子の夜曲 duet ver.】
数時間後、動画は世界中に拡散した。
再生するたびに、コメントが増えていく。
【これ聴いたあと、耳鳴りが止まらない】
【ヘッドホン外しても、まだ音がする】
【“ありがとう”って声、誰?】
夜。
透真は寺を訪れた。
玄照住職は本堂の前に立ち、線香を手にしていた。
「……芳子の音が、消えません」
「ネットの中にまで“残響”してしまったのですな」
「どうすれば、彼女を……戻せるんですか」
玄照は静かに首を振った。
「彼女はもう、現世にはおらぬ。
しかし、音とは不思議なものです。
消えたようで、確かに誰かの心に残る」
「そんな慰め、いらない!」
透真が叫んだ瞬間、寺の鐘が鳴った。
ゴォォォォォン……。
その音と同時に、スマホが震える。
画面に浮かんだのは、ひとつのメッセージ。
【透真くんへ】
指が震える。タップすると、音声データが再生された。
(ギターの音が流れる)
「これが最後の曲。
私ね、見えるようになったの。
“音の形”が。
あなたが泣いてる音、優しい音。
全部、聴こえてる」
「だから――泣かないで」
静かな旋律が終わり、最後にかすかな囁きが入っていた。
『……これで、ほんとうに終わり』
スマホの画面が暗転する。
その直後、寺の外で風が吹いた。
チリン……。
あの鈴の音が、もう一度だけ鳴った。
数日後。
SNSから【#芳子の夜曲】のすべての投稿が突然消えた。
アカウントも動画も跡形もなく。
透真は笑って、空を見上げた。
雲の切れ間から差す光の中に、微かにギターの音が聴こえる気がした。
「……お前の曲、ちゃんと残ってるよ」
風が頬を撫でた。
それはまるで、誰かが「ありがとう」と囁いたようだった。




