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忍者活劇小説 -風と荊の道-  作者: 三鯖アキラ(旧:沈黙の天使)
第一章 火宅の門出は過酷なり
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第三話 幼子泣くも泣かぬも闇夜が嗤う

 倒れた木を飛び越しときにはくぐり抜け、堀を飛び越え、壁をよじ登り、一行は忍びの里の山を駆け抜ける。試験を受けていないだけで実質もう一人前の凪と雫は軽々と障害物をこなしていく。まだ年端もいかない子どもたちも、基礎は叩き込まれている。凪と雫に食らいついている。


 ……だが、確実ではない。


「あっ!」


 短い悲鳴を上げて、走る音が一つ消えた。凪が声と、残っている子どもたちから、誰が消えたのか瞬時に判断する。足を止めて周囲の気配を探り、悲鳴を聞きつけた兵士がいないことを確認する。幸い、近くに敵はいない。


「悠!」


 振り返り叫ぶ凪。悠はまだまだ幼い少年だ。運動神経は少し鈍いし優しい少年で忍には向かないだろうが、勉強熱心であり、薬師くすしなどの方面で頭角を出すのではないかと期待されていた。


 返事はない。それどころかうめき声は聞こえない。凪の前には落とし穴。あれに落ちたのだろう。


 助けている時間はない。敵兵士がどこから現れるかも分からない。理屈だけなら「捉えられた忍は見捨てるべし」という掟に従い、先に進むところだ。

 だが落とし穴に落ちただけならなんとかなるのではないか、と一縷の望みにかけて凪は落とし穴に近寄り、覗き込む。


 見るのではなかったと、凪の顔が酢でも飲んだかのように歪む。この落とし穴はただの落とし穴ではなかった。木を削って作られた剣山がいくつも敷き詰められたものだ。その落とし穴に落ちた悠は……筆舌に尽くしがたい、口にするのも憚れるような無惨な姿で落とし穴の底にいた。


 凪は落とし穴から顔を上げて、前に進む。雫と残された子どもたちが待っていた。


「……先に行かなかったのか?」

「バラバラになったら危険でしょ。あと……休んだほうがいい」


 自分たちはまだまだ走れるが、子どもたちはそうはいかない。おそらく悠も疲れが出て集中力が切れて落とし穴に落ちたのだろう。


 そうだな、と凪は頷き、腰を下ろした。そして頭を抱える。

 脳裏には先程の悠の屍がくっきりと浮かんで消えてくれない。忍の訓練で凪はいくつもの命を奪った。獣を殺した数はもはや分からない。人だって山賊相手に戦ったこともある。人の死は始めてではない。だが子ども……それも自分の仲間の死を見るのは始めてだった。


「凪……?」


 心配そうに声をかける雫。顔を上げて大丈夫だと言う凪の顔は紙のように白く、言葉とは裏腹の心身状態であることを示していた。


 何か声をかけたいが、なにも浮かばない雫。その耳が、遠くの悲鳴を捉えた。成人した男のものだ。凪にも聞こえた。そして直後に子どもの泣き声も聞こえた。泣き声はしっかりとしており、赤ん坊ではなく幼児だ。


 反射的に、弾かれたように雫が駆け出す。


「様子見てくる! 子どもたちを頼んだ!」

「おい、雫!」


 凪は声をかけたが、雫の姿はもう見えなかった。


 雫は落とし穴に気をつけながら、木々に身を隠しながら進む。子どもの泣き声は続いていたので、場所はすぐに分かった。


 だが雫は足を止めた。声の源はおよそ半町(55mほど)離れたところにおり、遠目でも確認できた。四つほどの少女だ。


 彼女を、胴を甲冑に身を固めた兵士が四人、取り囲んでいる。そして、近くには同じ格好の兵士が一人、そして今雫たちが着ているような作務衣を着ている男が一人、転がっていた。風はこちらに流れてきており、鉄のようでいてそうでない生臭さが流れてきていた。


 風は匂いだけではなく、兵士たちの声を雫に届ける。


「それでこのガキ、どうする?」

「殺すか?」

「女だ。殺すな」

「なんだ、女を殺す剣は持たないとかお侍気取りか?」

「女はいかようにも使い道があるんだ。いかようにもな」


 届いた言葉を聞いて雫の顔が嫌悪感に歪む。少女の激しい泣き声が雫の神経をジリジリと灼き切ろうとしている。


 忍びの里は百人ほどの小さな村だから、少女のことは知っている。彼女は(まゆ)……数年前にこの村に拾われてきた。その時のことも雫は良く覚えている。鞠が好きで良く里の子どもの後ろを追いかける子だった。


 男たちの会話は続く。


「おい、お前そんな趣味があったのか?」

「バカ言え。俺には無くても他にもあるし、育った後はまた変わるんだよ」

「ま、育てるのは他の誰かにお願いして俺らはその誰かから金を貰えればいい」


 そう言って男の一人が血泥で汚れた手を少女に伸ばした。幼い繭は払うことも逃げることもできず、泣くことしかできない。


「ああ、うるさい黙れ。黙らないなら殴るぞ!」


 男は言うが繭が泣き止む様子はなかった。これだからガキは嫌いだと毒づきながら男たちは繭を肩に無造作に担いで去ろうとする。


 雫はそれを黙って見送ることしかできなかった。指先が、木の幹を削り取るほどに強く食い込む。


 助けたいのは山々だった。だが、如何に戦いの術を持ち身のこなしが軽い雫と言えど、甲冑を着た男四人を相手に戦い抜くのは部が悪い。残された里の者の屍がそれを物語っている。

 なにより繭を守りながらとなるとなおさら難しくなる。いや、そもそも戦いにすらなりやしない。繭を人質に取られてそれで終わってしまう。


 惨劇の場を後にし、雫は凪たちのもとに戻ろうとする。血が滲むほどに唇を噛み締められていた。背を向けた雫の耳に、遠ざかっていく繭の泣き声が蜘蛛の糸のようにいつまでも絡みついていた。


 戻ってきた雫を凪は見た。だが何も言わない。雫も何も言わない。二人の目には互いの顔が映っている。瞳に映し出される自分の姿を見なくても、分かる。自分も今、相手と同じような顔をしていることだろうと。


 どのくらい時間が経ったかは分からない。口火を切ったのは雫だった。


「……行こう」

「ああ……」


 二人は子どもたちを引き連れ、燃え盛る里を背に再び走り出した。


 崖を下れば、合流地点の廃寺だ。道は他にはない。崖の高さは四十尺(約12m)。飛び降りるのは難しいが斜面を滑り降りればなんとかなる。その訓練もしてきた。

 がらがらと石などが崩れ落ちる音は立つがやむを得ない。一行は崖を滑り降りていく。凪、雫、と次々、地面に下りていくが……


「ぐああああっ!」


 一人が激痛の咆哮を上げた。(かい)……凪たちよりほんの三歳ほど下で、凪たちの次に試験を受けるだろうと言われていた。


 声を上げてしまった魁はすぐに歯を食いしばる。その右足を錆びた釘が貫いており、足裏には木の板があった。廃寺の破損物を踏んでしまったのだろう。


 そして、さらに悪いことが起きる。魁の悲鳴を聞きつけた兵士が現れた。凪と雫が息を呑む。


「誰だ!?」


 兵士が現れたのは、廃寺の中からだった。しかも、その兵士は跳ね床を開けて現れた。先程まで秘密の通路にいたということになる。


 それはつまり、凪と雫の勘が最悪な形で当たってしまっていたことを語っていた。それだけでない。兵士たちの鎧は返り血で赤黒く濡れていた。


『……南無三!』


 秘密の通路の中で起こったであろうことを想像した凪は胸の内で(とむら)いを上げる。あの中でどれほどの命が失われたか。


 刃は自分たち、凪や雫と比べて、一番武力としては秀でていた。けれどもさすがの刃とて、ひとりであの複数人の相手はできなかっただろう。ましてや子どもを連れていたのなら。逃げることもできなかったかもしれない。


「どこだ!? どこにいる!?」


 出てきた兵士は二人。すでに刀を抜いて周囲の様子を伺っている。凪と雫は泣きそうになる子どもたちの口を手で塞ぎながら様子を見る。早く行ってくれと願いながら。だが待てども待てども兵士はしつこく周囲を警戒して見て回っている。

 ぐずぐずしているとさらに応援を呼ばれかねない。凪と雫は目を合わせて頷いた。


二人の子ども……(こずえ)(たく)を怪我した魁に預けて二人は懐から苦無(くない)を取り出した。

 二人の兵士は背中合わせの状態から、前に何歩か出て離れる。好機だ。

 凪と雫は音もなくくさむらから飛び出し、二人の兵士に向かって駆けた。


 雫が音もなく兵士の背後にとりついた。驚きの声を上げることも許さぬよう、左手が口に回る。右手の苦無が喉笛を書き切る。血とともにひゅーひゅーと声にならない悲鳴が喉から漏れる。泳ぐようにもがきながら、兵士は倒れる。


 もう一人の兵士は気配を感じて振り向こうとしていたがもう遅い。凪の決死の体当たりが炸裂する。うつ伏せに倒れた兵士に凪はのしかかり、口に左手を押し当てる。そして右手の苦無が男の首に差し込まれた。ぐりっとねじって苦無が引き抜かれる。

 噴水のように血が噴き出る。あっという間に頭に血が回らなくなった兵士は、押し倒されたまま起き上がれず屍になる。


 片付いた。本当は後から廃寺の中から出るかもしれない兵士や遊撃の兵士に気づかれないよう、死体の隠蔽までしたいが、そのような時間はない。


 二人はくさむらに戻る。二人の幼子は涙目で怯えているが泣かず悲鳴もあげずに凪と雫を見上げて迎えた。大したものだ。

 魁はその間に自分の服を裂いて簡易的な包帯を作り、傷口を巻いていた。だが薬草を噛ませたわけでもないため、血は相変わらず噴き出るし、痛みは引かない。魁は脂汗をかいている。


「凪兄ぃ、雫姉ぇ……これじゃ走れねぇ……俺を置いていけ」


 今の魁では他の二人の子にすら追いつけないくらい走れない。今の状況では完全に足手まといになってしまう。これでは全滅してしまう。


 忍は任務の成功を何よりも大事にする。そのために情けなどをかけてはならない。ゆえに魁は自分を置いていくよう言うが……凪はまだ諦めておらず、半ば強引に魁を背負おうとする。


「馬鹿なことを言うな。お前を置いていくわけにはいかない」

「そうだよ。まだ諦める時じゃないよ」


 凪だけでなく、雫も魁を励ますように言う。そんな二人を魁は睨みつけて叫んだ。


「俺を置いていけよ!……悠や、あの泣き声を見捨てたくせに! 今更、俺だけ助けて善人面すんなよ!」


 魁の言葉に凪と雫は叱られた子どものようにビクリとした。そして魁自身も驚いていた。今の叫び声がまた敵を呼んでしまうかもしれない。魁は自分の口を意味もなく塞いだ。


 沈黙が流れる。幸い、敵は近くにはいなかったようだ。そしてその沈黙の間に魁も落ち着いてきた。


「ごめん、凪兄ぃ、雫姉ぇ……俺が未熟なくせに一丁前に言い過ぎた」


 忍びは情を捨てなければならない。だがそれはあくまで任務のためだ。任務達成のためにはどのような形でも生き延びる必要がある。

 今、凪と雫が虎牙から預かっている任務は「子どもたちを連れて一人でも多く命を助けること」だ。であれば今、魁がやろうとしているのは不必要な犠牲だ。


「分かってくれればいい。行くぞ」


 凪が背を向け、魁はそれにおぶさる。さすがに魁を背負うのは忍びとして鍛えられた凪にも少々重たかったが、それでも凪は諦めない。

 ただ、凪の顔は晴れていなかった。残りの子ども二人の先導をしようとしている雫もだ。先程の魁の言葉は二人の心をえぐっていた。


―― 今更、俺だけ助けて善人面すんなよ!


 示し合わせたわけでもないのに、凪と雫は首を振った。これはあくまで任務のためで善人面をしているわけではないと。それでも魁の言葉が胸に刺さって抜けない。


「……行くぞ」


 凪が号令をかける。彼らの背後の山の中腹では、未だに火の手が上がっていた。

 そのようなわけで第三話でございます。正直書いていてさっそく、一番つらいパートでした。最近でこそちらほら見るようになりましたが、子どものゾンビや犠牲になるシーンってのは少なめです。それだけ子どもの犠牲というのは見ていて辛いものがあります。それを書くのはやはり精神的にもきつく……ちなみに悠が犠牲になるシーンはかなりマイルドに書きました。

 厳しき忍びの世界(でも時代考証甘めで少し変なところもある)の小説ですので、苦いシーンもありますが、引き続きお付き合いいただけますと幸いです。

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