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忍者活劇小説 -風と荊の道-  作者: 三鯖アキラ(旧:沈黙の天使)
第三章 能ある鷹なら、その爪見せてみよ
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第十八話 獣以上、畜生以下なる者

 四日目もかなり楽なはずだった。山道は続くが上りより下りのほうが多い。道も基本的には一本道。最後、植田まであと四里(約16km)のほどの寺町、風間に泊まるのか、あるいは泊まらずに強行軍で夜に植田に到着を目指すのか……その見極めだけのはずだった。


 しかし、ここに厄介な要素が加わった。


「雨、か……」


 空気に湿り気が多かったので警戒はしていたが、とうとう降り出した。少し前までは晴れていたのに。急いで凪は近くの洞窟に駆け込むように指示する。

 最初はぽたぽたとする程度であったが、あっという間に桶でもひっくり返したかのような雨が振る。


 山の天気は変わりやすい。少し待っていればやがては先程のように晴れるとは思うが……濡れた山道はすぐに乾くこと無く滑りやすくなるので速度は落ちる。雨で服が濡れるので体温が奪われ、判断力が落ちる。

 雨音によって聞き耳がしにくくなる。盛光たちの行列が、連歌会の歌を歌い、この雨を次の茶屋まで頑張ってこらえようとする歌はかろうじて聞こえるが、それも追いにくくなる。


「は……ぎて すが…か…… や……」


 歌が途切れた。聞こえなくなったのではない。途切れた。代わりに鬨の声のようなものが聞こえた。何事だと凪と雫は顔を見合わせる。そしてその耳が、歌や鬨の声とはまた異なる方向……洞窟の奥からのふがふがぎぃぎぃという不快な声を捉えたのであった。


―――


 こちらは盛光たちの行列。突然の雨の煩わしさに苛立ちながらも、気合を入れて山道を越えて近くの茶屋まで進もうと、皆は連歌会の歌を歌っていた。


「春過ぎて 姿を変えし やまざく」

「ぎゃぎゃー!」


 その歌が濁った耳障りな叫び声で遮られた。男たちは歌を止めて刀に手をかける。


 声の主が現れた。見ただけなら大きさ三尺三寸(約1m)ほどの子どもに見える。だが肌は苔むしたかのような緑色で、頭髪は剃っているわけでもないのにまばらだ。鷲のようなかぎ鼻に、ぎょろぎょろと動く黄色の目玉が人間離れしている。

 腰は藁箕を巻いているだけ。手には木を削ったりしただけの棍棒や棒に石をくくりつけた槌。明らかに人の手による加工ではない。

 毛無しの緑猿のように見えたが、手が地面についていないし、立って歩いている。


 小鬼だ。南蛮ではゴブリンと呼ばれていると、海を超えて最近やってきた永夫(エルフ)や土和夫(ドワーフ)は語っていた。


 強きに媚び弱きをくじく。家畜を荒らし果物を盗み、美味いところのみ食って残りは捨てる。人間の女子どもも襲って食うか孕ませる。財宝の価値は分からぬが、ちょっと見た目が綺麗で他の者が求めるからと盗んでいく。

 古今東西、いつでもどこでも鼻つまみの者だ。 


 大方、獲物を待っていたが雨に降られ、焦れて飛び出してきたといったところだろう。


「ぎゃぎゃー!」


 一匹の小鬼が棍棒を振りかぶり、宝箱かと思ったのか、盛光が乗っている駕籠に襲いかかろうとする。

 だがその小鬼が棍棒で駕籠を傷つけるどころか、指一本触れることすら能わなかった。


 白刃一閃。


 七保志(ななほし)家の剣術指南役、真木(まき)慎一郎(しんいちろう)の太刀が空中でその小鬼を真っ二つにしていた。哀れ小鬼は斬られたことすら気付かない下卑た笑いを浮かべながら上半身と下半身が分かれ、崖下に転がっていく。


 慎一郎の鮮やかな迎撃に、盛光の兵士らは咆哮する。


 小鬼は一匹やられただけでは怯まない。一匹だけでは大した事ないが、群れれば熊をも倒す小鬼たちだ。次々と襲いかかってくる。

 油断ならない。雨も降っており足元はぬかるみ条件は悪い。


 しかしこちらも武器を持ち知恵もある人間だ。しかも、慎一郎の一撃で士気が高まっている。次々と襲いかかってくる小鬼たちを兵士たちはまるで羽虫を叩き落とすかのように、草を刈るように、倒していく。


「ぴぎゃっ! ぴぎゃっ!」


 不利と見たら逃げ出す臆病さも小鬼の特徴。襲撃はあきらめて情けない悲鳴を上げながら崖を駆け上がっていく。そちらに巣でもあるのだろう。

 このまま逃がしてしまえば、別の山で、あるいは別の国でまた、村を襲い人々を苦しめることとなる。小鬼は根絶やしにすべきだ。しかし雨の中、崖を登って追いかけるのも危険だ。


 もう襲撃の様子はないと判断した慎一郎は刀の血糊を拭い、鞘に収めた。他の兵士たちも構えを解く。安宗が駕籠の中の盛光に話しかける。


「殿、片付きましてでございまする」

「ンフフ、ご苦労。ワシが出る幕ではなかったか」


 それでは参ろうか、と盛光が号令をかける。再び蓼食山(たでくいやま)に、歌が誇らしげに響いた。


―― 春過ぎて 姿を変えし 山桜 蒼き嵐ぞ 大月に見よ


―――


 同じ頃、盛光たちの行列から少し離れた崖上で。二体の小鬼が首から激しく血飛沫を上げながら倒れていた。


 それを雨より冷たい目で見下ろしているのは凪と雫だ。


 洞窟で雨宿りをしようとした凪と雫だが、洞窟奥から響く吐息でそれが小鬼の巣だとすぐに看破した。梢や拓を引っ張って再び雨降る外へと飛び出す。直後に、小鬼が二匹、後を追って飛び出してきた。


 人間であれば少しは躊躇するものがあるが、相手が人に仇なす物怪の小鬼なら容赦はしない。考えなしに武器を振り上げて襲いかかってくる小鬼に凪と雫は素早く背後に回り込み、その首に苦無を差し込んでいた。


「ぴぎゃっ! ぴぎゃあ!」


 そこに三匹の小鬼が崖下から現れる。それと同時に、かすかに盛光が詠んだ歌が聞こえてきた。凪は眉を寄せた。冷静に分析しようとする。


『おそらく、盛光様の歌が途絶えたのは小鬼に襲撃されたから。しかし撃退した。この小鬼どもは巣に逃げ帰ってきたヤツだろう』


 だが帰ってきたところにも人間がいる。困った……しかし相手は二人だけだ、殺せば巣に帰れる。そう考えたのだろう、小鬼たちは武器を構えた。


 来るぞっ、と凪が叫ぶと同時に小鬼が飛びかかってきた。凪たちも動いていた。


 小鬼の棍棒や石槌が振り下ろされる。しかしそれは凪たちがいた空間を切り裂き地面を叩くだけに終わった。二人はすでに横に跳んで躱していた。


「てぇええい!」


 裂帛の気合とともに雫の回し蹴りが跳ぶ。折りたたまれた脚が翼のごとく広がり、それは棍棒を持った小鬼の鷲鼻を強かに打ちすえていた。小鬼の身体がふわりと浮き、そのままどさりと大の字に地面に転がされる。鼻の骨が砕けた小鬼は白目をむいて昏倒していた。


 一方、殴りかかってきた小鬼の石槌を、凪は最小限の動きで躱した。地面を叩いた石槌とそれを持つ腕……それに向かって凪は無慈悲に自分の足を振り下ろした。


「ぷぎゃあああ!」


 耳をふさぎたくなるような悲鳴が響く。凪の足が小鬼の前腕を踏み砕いていた。もはや槌は持てない。

 槌を手放してふらふらと後ずさる小鬼。その小鬼に向かって凪は、落とした石槌を振り上げた。


「ぴっ!?」


 何の躊躇いもなく振り下ろされる石槌。それは小鬼の頭蓋もその中の脳漿も全て砕いていた。


 残る小鬼は固まった。侍の群れを襲ったら仲間はことごとく殺された。巣に逃げ帰ろうとしたらそこでも仲間を殺された。ここから逃げても帰る先はない。しかしここにいたら殺される。どうしたらいい。小さな頭の小さな脳味噌で必死に考える。


 その迷いが命取りだ。


 滑るように間合いを詰める雫。そのまま小鬼の身体をひょいと持ち上げた。可憐に見えながらも忍びの里で鍛え上げられた女である。暴れる小鬼をものともしない。その身体を担ぎ上げた雫は崖へと歩み寄り……小鬼を頭から放り捨てた。

 岩にもんどりを打ちつけた小鬼だがその落下の勢いは止まらず、崖下へと落ちていく。それを見送ることなく、雫はぱんぱんと手を叩いて祓う。


 いつの間にか雨は小雨になっていた。足元は相変わらず悪いが、これなら進んでも良いだろう。


 行くぞと凪が号令をかける。離れたところにいた梢と拓が出てくる。幼きなれど二人も忍びの卵。こうした物怪や獣と出くわしたときは下手に近づかないように訓練されている。されどただ避難するだけでなく、凪と雫の戦いぶりもしっかりと見学している。見せるにしては醜悪過ぎる場面なのであるが。


 遠くに聞こえる盛光たちの歌を捉えながら、凪たちは再び、蓼食山の道を歩くのであった。


 そのようなわけで今回も一方的感はありますがバトルで、相手はゴブリンでした。この通り、この小説にはゴブリンを始め、ちらほらと名前が出て今回も出たエルフやドワーフなど、ハイファンタジーでよく見かけるような存在も出てきます。そんな世界観の小説でございます。今後もちらほらと出していく予定ですので、よろしくお願い申し上げます。


 さて、次回はまた夜のパート。ちょっかいをかけにいきます。おたのしみください。

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