第十五話 第三日、桃の元に蹊は成れど、邪もまた多し
「正直、三日目が一番楽だ」
凪が言う。大月の城下町から植田に向かう道中、三日目。西回りの道を選び、諏訪部家の街を通らずに山中の御沙河池を通った盛光一行とそれに並走する凪たち。
三日目の今日は御沙河池から蓼食山の西を撫でながら北上していく。道はほぼ一本道だ。本日の目的地も分かる。星五谷だ。
星五谷は、東を蓼食山、南西を物見守山、北西を霧隠山、南北を桃ケ丘と梅ヶ丘で囲まれている街だ。この山や丘に囲まれることで、高所から見ると街が海星のごとく五つに伸びていることから星五谷と呼ばれている。
この星五谷は周囲を山々に囲まれているが故に隔絶されているように見えるが、ここからどの国にも行ける。北上すれば盛光や凪が目指している植田がある。北西に行けば井水の国、西に行けば飛美の国、南西に行けば設楽の国、南に行けば大月の国に戻ることになる。ゆえにこの街は行商人や旅のもの、運送関係の者が集う街となっているのだ。
御沙河池から星五谷に至る道はいくつかあれど、どの道をとっても、距離や宿泊施設の存在箇所から、星五谷に泊まる以外選択肢はないはずだ。ちなみに西廻りの経路で諏訪部家の領内をかすめる経路をとってもこの道で合流することになっていた。
「じゃあ、楽勝だね!」
「ところが二つ問題がある」
表情を変えずに凪が言う。
一つ……そのように往来が多いゆえに、星五谷に最終的に至る主要な道五つには関所がどの道にも設けられている。当然、凪たちは通行証など持っていない。そのままでは関所を通れない。
ではどうするか。凪は指をくるくると回し、弧を描く。関所を迂回すると渓谷と河がある。切り立った崖とそれなりに流れの疾い河ゆえ、たまに物好きな川魚釣りがいるが、人はあまり近寄らない。そこを抜けるという。
雫は頷いた。
「問題といえば問題だけど、まあアタシたちならなんとかなるかもね。それで、もう一つの問題というのは?」
「……あれだ」
ちょうど良いと言わんばかりに凪はすっと先を指さした。半町(約55m)ほど先に、荷車に寄りかかっている三人組の男がいる。
卯目を使うまでもない。ははあ、と雫は声を漏らした。一見、男たちは行商人のように見えるが……
「荷車に乗っている木箱の型が揃っていないね。適当に人から奪ったものなんじゃないかな」
「ああ、奴らは行商人じゃない。下手な変装だ。荷車を空にしたほうがよっぽどマシだった」
先述の通り、ここは往来が多い。その懐金や商品を狙って山賊のたぐいが後を絶たない。おそらくこの三人も山賊だ。この時間帯は人が行き交うので待ち伏せをしているのだろう。
そして凪が指摘したとおり、下手な変装である。普通の旅人や兵士たちは騙されるかもしれないが、忍びには通じない。
「他の国の間者って可能性は否定できないが……」
「えー、それならもうちょっと丁寧な変装をしてほしいな」
自分たちがまだ一人前の忍びとして認められていないことを棚に上げて雫は嘯く。
「やっつける?」
「いや。山賊相手に油を売って俺達が後れを取ったら本末転倒だ。無視するぞ」
時刻はまだ巳の初刻(午前9時)だが、関所およびその横の渓流につくのは申の刻(午後4時)ごろ。ここで山賊ごときに構っていて時間を無駄にしてしまうと、暗い渓流を走ることになる。それは避けたい。
素知らぬ顔で通ろうと凪たちは頷き、進んでいく。だが、相手はそうはいかなかった。
凪たちが通り過ぎた直後、ガシャーンと派手な音が鳴った。男が声を上げる。
「あー!? 俺達の売り物!」
ちらりと雫が振り向いてみると、男たちの足元に割れた皿がいくつも散らばっている。雫が舌打ちした。
男たちは憤怒の形相で凪たちの前に回り込んですごんだ。
「おい、お前ら! 俺達の売り物の皿を割りやがって! どうしてくれるんだこのガキ!」
凪と雫は、梢と拓を見てみる。二人ともふるふると首を横に振っている。それはそうだ。先程、変装の可能性を指摘していたのに、わざわざ彼らに近寄るはずがない。相手の、自作自演のやっかみ作戦だ。
周囲を凪と雫は見渡したが、助けてくれそうな大人はいない。皆、厄介事は御免だとばかりにそそくさと去る。男たち相手に立ち向かう度胸も腕もない者ばかりだ。これも狙ってやったのか、と凪は心の内で苦り切る。そこまで読んだうえで通り抜けるべきだった。
「……何か勘違いではございませんか? 私たちは貴方がたの荷物には指一本触れていませんが……」
凪は堂々と答えるが、それが逆に男たちの癇に障ったようだ。
「うるせえ! ここだと人目がある。あっちで話そうじゃないか」
男たちが親指で道の外れを指す。どうしたものかと雫が凪を見る。凪はうなずき顎をしゃくって、男たちの言う通りついていこうと言った。
確かにここは人が多い。ここで無理に逃げようとしたら、通行人が邪魔になって逃げにくい。それに、男たちが通行人に呼びかけたら、事情を知らない者たちが捕まえようとするかもしれない。それが役人だったら最悪だ。もちろん、ここで男たちを始末するのも良くない。
大人しく、茂みに入り男たちについていく。男二人が先頭を歩き、その後ろに凪たちが続き、残る男1人が最後尾から逃げ出さないように見張る形だ。
……この時点で、凪は男たちを大したことはないな、と切り捨てた。
前を行く二人は相手が子どもだからと舐めきっているから、一度も振り返ることなく草を分けて進んでいる。完全に後ろの一人に監視を丸投げしている状態だ。
では、その最後尾の男はどうかといえば、こちらの動きを警戒する風でもなく、だらしなくぐふぐふ笑いながら歩いているだけだ。
自分なら後衛を二人にする。監視をしている後衛が二人のほうが、間に挟んでいる敵が変な動きをしたときに瞬時に動け、かつ人も多いぶん有利なはずだ。また前衛も後衛の監視に任せきりにせず、頻繁に振り返って背後からの襲撃に備えるようにする。
それができていないようなら、大したことはない。
街道の脇に生えている茂みの隙間を縫ってどんどんと歩いていくと、小さな広場のようなところについた。周りを木々に覆われており視界は悪い。
凪はあえて不安そうな表情を顔に浮かべてきょろきょろと周囲を見渡す。どうした怖気ついたか、と嘲笑う男たちを尻目に凪が確認したのは、木の上などに弓兵がいないかどうかの確認だ。どうやらいなさそうだ。本当は忍法で透視などもしたかったが、気づかれずにそれをする余裕はなかった。
「さあてお前たち、俺達の売り物の皿を割ってくれたが、どうしてくれるんだ、エェッ?」
「しめて小判一枚だ! 払ってくれるんだろうな?」
街の長屋の家賃くらいは簡単に払える額だ。子どもたちはもちろん、大人でも懐からひょいと取り出せるようなものではない。
男たちは腕組みをしてがなり立てる。それを見て凪は内心でにんまりとしていた。
最後までこの男たちがどこかの国の間者と警戒していたが、求めてきたのが金だったので、その可能性も消えた。
だいたいにして、忍びにしては甘すぎる。山賊だとしても甘すぎる。
男たちは、凪たちを武器を持っていない子どもだと思って、舐めきっている。武器を抜かないどころか威圧のために腕を組んでいるのだ。わざわざ自分で手枷をしているようなものだ。こちらとしてはなんとありがたいことだと笑いたくなる。それを抑えるのに必死だ。
「小判一枚はいくらなんでもぼったくりでございましょう」
「何言ってやがる! 美之兎の特級品だぜ! 小判一枚でも安い方だぞ!」
嘘をつけと凪はせせら笑う。そんな高級品をこの山道で広げる馬鹿がどこにいる。こんな山道で商売するのもおかしい品だ。物を荷車に乗せるにしても、割れないように藁などを一緒に詰め込み、箱の形大きさも揃えて揺れないようにして届けるはずだ。今まで勉強で見た行商はそうしていたぞと凪は思い返す。
「さっきの粗皿なら、びた銭六枚がいいところだよねー」
雫も呆れたように言う。雫に向かってうなずきながら、手を上げて見せる凪。その手がふっと払うような動きをした。まるで首を刎ねるかのように。
手打ちの合図。
男たちが、何をっ、とすごもうとするが、そのときにはもう、凪も雫も動いていた。
凪の身体が一瞬で男の一人の懐に潜り込んでいた。その肘が男のみぞおちにめり込んでいる。声にならない、押しつぶされたような悲鳴を上げる男。そのよろけている男の顎を、凪は掌底でかち上げた。脳を揺らされた男は、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
もう一人の男に向かって雫は跳躍していた。男はそれを視認することすらできない。気づいたときには男の両頬は柔らかなもので圧迫されていた。雫の太ももだ。鼻の下を伸ばしたくなる状況だが、それを味わわせる筋合いもない。雫の身体が宙でねじられる。
ごくんと嫌な音が広場に響く。地面に叩きつけられた男は首の骨を折られ、泡を吹いていた。
「ひ、ひいぃい!?」
あまりの突然の凪と雫の猛攻に、残された男が情けない悲鳴を上げて逃げようとする。ここで彼が梢や拓を人質に取ればまだ生還の見込みはあったかもしれない。だが仲間をまたたく間に倒され混乱に陥った彼にそのような考えは起きない。そもそも幼くても忍びの卵である梢と拓は、凪たちの動きを察して男から離れていた。
背を向けて森の中に逃げ出そうとする男に向かって、凪は鉤縄を投げつけた。投げつけるときに忍びの印を切っている。
「忍法……縄蛇……!」
放たれた鉤縄は自ら意思を持つかのように動いて男の脚に巻き付く。足を取られて男は派手に転んだ。男の背に雫が跳躍して乗り、その首に鉤縄をかけた。
「どうする、凪?」
「どうするもこうするもお前、もう絞め落としにかかっているし、すでに一人殺しているだろ」
どちらにしても、男たちを生かす筋合いはないし、逆に見逃すことで、仲間を引き連れて復讐しにくる可能性もある。そういうことも考えて、凪は手打ちの指示を出した。了解、と雫も言葉短く返事をした。
「一人あたり六文くらい払ってもいいかなと思ったけど、別にいいよね?」
そう言って雫は縄を引く力を強くする。男は声もなくもがいていたが、やがてがくりと力が抜けた。
凪が気絶させた男もトドメをさし、軽く弔いの言葉を上げて凪と雫は去ろうとする。このように人、特に山賊のたぐいなどを殺したのはこれが始めてではない。そしてこれからもこのような殺しを、数え切れないほどするだろう。
男たちの屍を背にする凪と雫の顔は、高揚も恐怖も何もなかった。
桃李不言下自成蹊(桃李もの言わざれども下おのずから蹊を成す)
とある学園の言葉で「桃や李は何も言わないが、美しい花や実を慕って自然と人が集まり、その木の下には自然に蹊……小道ができるということで……立派な人徳を持つ者の周りには、何もしなくても自然と人が集まってくるということわざです。
まあそれはさておき人があつまるとやっぱり悪い人もまぎれこむよね、というのがこのタイトルでした。
いかがだったでしょうか。バトルを書いてみたのですが、ただ一方的すぎて駆け引きも無いのでこれはちょっと反省だなと思いました。さりとて苦戦する要素が無いし……いつか駆け引きに満ちたバトルを書きたいです。
さて、次回からちょっとドキドキするような話になりますので、どうぞおたのしみください。




