第十一話 狐将盛光の腹の中
「ねえ凪……ああは言ったけどさ、殿様が言った条件、地味に厳しくない?」
「そうだな……楽はさせてくれないらしい」
旅立つ前の数日くらいだったらいさせてやる、と凪たち四人は砕牙の家で居候していた。さすがに寝転がって飯を食うばかりではいくまいと、凪らは砕牙の店の手伝いをしていた。
それも終わり、皆が寝静まった子の正刻(午前0時)。凪と雫は囲炉裏で灰をつつきながら話し合っていた。内容は少し前に言われた、盛光から言い渡された試練の内容。
―― 植田に帰還する盛光一行についていく
「これは簡単。植田まではちょっと山道があるけど、大したことない」
雫は自分で言いながら自分で頷く。
大月の城下町から植田まで二八里(約110km)。これを四泊五日で踏破する。一日五里か六里歩けば良い。山道もあるがこれは簡単だ。先日の忍びの里からの脱出のほうが遥かに大変だった。
でもその後に条件が続く。
―― 童二人を欠くことなくともに参れ
「子どもだけど梢も拓も賀神忍流の里の子。そう簡単にはへばらないと思うけど……」
「盛光様らの配下も山歩きしなれている者。彼らと安直に比べて慢心するわけにはいかない」
それに、と凪は加える。忍びの里からの脱出の時は、生きるか死ぬかの瀬戸際だった緊張感もあったがゆえに気持ちも入っていた。だが今回はそれと比べると士気は低い。
さすがに仕官の意味も分からないほどの子どもではないため駄々をこねることはないだろうが……凪は腕を組む。
「どこかで背負っていかなければいけないところも出るだろうな」
「それね。けどさらに問題がある」
―― 兵に悟られることなかれ
「これねー……これがなければ行軍についていくだけだったのに……」
雫が苦笑いする。これがなければ楽勝だった。梢たちも一緒に他の兵士たちと一緒に仲良く歩くでも良かったかもしれない。だがそれが封じられた。
加えて、凪たちだけなら、兵士たちに変装して紛れ込んで悠々と一緒に行軍するという手もあった。しかし梢と拓がいるとなると、そうもいかない。二つ目の条件と組み合わさることによって、課題の難易度が跳ね上がった。
「ってかそうなるとアタシたち、兵士たちの後ろをこっそりつけたり……でもそればかりしているとばれるからたまに獣道を走ったりとか、そういうことをしなきゃいけないよね?」
本来人が歩くのに向いていない獣道を走ることで自分たちの体力も削られる。あるいは崖を登らなければいけない場面も出るかも知れない。しかもそれは途中でいつ起きるか分からない……蓄積した疲労も影響してくる。
そしてこれだけでは終わらない。
―― 各宿場にてその爪痕を盛光らに示せ
「ごめん、凪。これどういうこと? お泊りするその町ごとに忍の技の披露として殿様たちに近づいてみせればいいってこと?」
「そういうことなのだが、意義が厄介だ……」
普段、表情をあまり面に出さない凪が珍しく、眉を寄せた。殿様は本当に頭が回る、と。
「そもそもこの大月の城下町から北の植田に行くにはだ……」
囲炉裏の灰に凪は地図を描いて雫に説明する。ここから植田まで、経路は四つある。
大月の城下町を北に出て少ししたら、まず西回りか東回りかで分かれる。
西回りの一方は、しばらく行ったのちに北上し、御沙河池を通り、蓼食山の西を撫でて植田に向かう経路。
西回りのもう一方は、最初は西に出るがすぐに北に行かず御沙河池を避け、西に伸びて御坂家の家臣の諏訪部家の町をかすめてから、同じく蓼食山の西を撫でる経路。
東回りの一方は、蓼食山の東を撫でながら北上する経路だ。山々の間を貫く形となっている。
東回りのもう一方は、蓼食山を通らずにさらに東の尾曳渓谷を通る経路。ここは千々部との国境も近い経路だ。
どの経路も盛光や他の小大名たちが通り慣れているのか、ちゃんと宿場町が規模の差こそあれ、存在している。
おまけにどの道も少し寄り道したら、他の経路に乗り換えることができる。
「つまり、ちゃんと追跡していないと、どの経路をとったか分からない?」
「そのとおりだ。つまり盛光様は……最初から俺達が植田で待っている、という手を封じたのだ」
うわっ、性格悪っ、と思わず雫は漏らした。その気になれば凪たちは昼夜を問わず山道を走り抜いて兵士たちに見る機会すら与えず先回りするという手もあったのだが、これではできない。
盛光の智略に雫は唸る。そうしていると、第四の条件の意図も読めてきた気がする。
―― 植田で先に出迎えろ
「途中まではともかく、最後はバレずに追い抜く必要があるのね……でもそれだけじゃない」
植田で出迎えられなかったら……帰領した盛光はまっすぐ自分の城に入る。そうなると、盛光に接触する機会を失う。盛光も会うのを拒否するだろう。
強引に城に入り込めば、それは侵入者としてこちらが敵の扱いになってしまう。
そうなる前に盛光に試練が成功していることを見せなければならないのだ。
「……ってことでしょ?」
「そうだ。途中が良くてもこれを逸すれば試練失敗……任務失敗の死に等しい」
実によく考えられている試練だ。簡単には抜かせてくれないし、要所要所で忍びの技術を見せなければならない。しかも、理不尽な無理難題なわけではないのがまた逆に意地悪だ。
自分たちを召し抱えようとしている殿様は相当な切れ者だと、凪と雫は思い知る。だが……
「ま! 『お師匠様のしごきと比べたら大したことない』とか『合格してみせる』とか啖呵を切っちゃったからね。やるっきゃないっしょ!」
「啖呵を切らなくたってやってやるさ」
二人はうなずき合い、この試練を達成するのにどのような道具などが必要か、話し合う。
そんな若き忍びの卵の軍議を、砕牙はそっと土間から覗き、髭面に静かな笑みを浮かべるのであった。
そのようなわけで、盛光の頭の切れ具合を出そうとしたパートでございますが……
そもそもこの三鯖、頭のいいキャラを書くのが苦手です。なぜなら三鯖が頭悪いから。
小学校の成績は悪くはなかったですが、中学以降は決して優秀とは言えませんでしたし、大学に入ってからもまあ下から数えたほうがいいくらいの人間で、社会人になってからも何回その頭の悪さと不勉強具合でボロクソに怒られたか(全部三鯖が悪い)
そんな人間が頭のいいキャラを書くなんて至難の業なんです。が、いろいろ相談したりしてなんとか書いてみましたが、いかがだったでしょうか?
次の話から、凪たちがちょいちょい忍術を使ったりしながら盛光を追いかけ、トラブルを退け、そして盛光にちょっかいをかけます。お楽しみください。




