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第93話 返してもらう日の書き方

「怒っていますか」


「まだ。シュウが何を決めたか聞いてから決める」


リゼは白紙の契約書を食卓へ置いた。


僕は、学校へ土地を譲っていないこと、春の授業が終わるまで貸すつもりであることを話した。井戸は午前だけ。家庭菜園と果樹は別。道具小屋へは入らない。


「口で伝えた?」


「子どもたちには、いくつか」


「校長とは?」


「春まで、という話だけです」


「では、子どもが休日の朝に来たら、誰が対応するの?」


「僕が家にいれば、僕が」


「いなければ?」


「待つか、帰ることになります」


「水桶を壊したら?」


「学校へ相談します」


「育てた薬草を持ち帰りたいと言ったら?」


答えるたび、決めていないことが増えた。リゼは責めるためではなく、実際に起きそうな場面を一つずつ置いている。


「貸すと決めたこと自体は、反対ではないわ。私も授業には賛成。でも、シュウの土地だからこそ、シュウが困る前に決めてほしい」


僕が我慢すれば済む条件にすると、リゼや会社の仲間も家で休みにくくなる。この場所はもう、僕一人だけの生活ではなかった。


リゼは怒らなかった。ただ、白紙と筆を僕の前へ押した。


「では、今から残しましょう」


以前なら、信頼している相手へ細かな条件を書くのは冷たいと思ったかもしれない。けれど子どもは増え、教師は交替する。最初に聞いた人だけが覚えていても、春まで同じ使い方にはならない。


契約の一行目へ、場所を書いた。


西側の境界石から、古い胡桃の木まで。家庭菜園と果樹を含まない。翌朝、校長と一緒に縄を張り、地図も付ける。


二行目は期間。


冬前の今月十日から、春の最終授業の日まで。終わる日は『春ごろ』ではなく、暦の日付を入れた。延長したい場合は、一月前に相談する。


三行目は時間。


授業で使えるのは、平日の朝一刻目から昼二刻目まで。休日に観察へ来る場合は、前日までに知らせる。僕たちの休日と重なれば断れる。


四行目は水と道具。


井戸水は生活用を先にし、桶四杯まで。学校の道具は外箱へ。壊れたら隠さず入口の札を裏返す。修理費は、原因を見てから相談する。


最後に、返す時の姿を書いた。


畝を平らへ戻すのか、そのまま残すのか。植えた多年草は誰の物か。余った土や柵はどこへ置くか。


収穫物の扱いも加えた。授業で食べる分は学校。余った薬草は薬房へ売り、翌年の苗代へ戻す。子どもが一つずつ家へ持ち帰る日は、全員分がある時だけ。


畑で怪我をした時の連絡先は学校。僕の家に人がいても、最初の責任者にはしない。ただし井戸や魔道具の異常なら、会社へ知らせる。


鍵は作らなかった。低い柵で完全に侵入を防ぐことはできない。代わりに、入口の札が青なら授業中、白なら学校へ戻る、と子どもと保護者へ伝える。


「守れなかった時の罰は?」


リゼが尋ねる。


僕は少し考えた。


一度目は理由を聞き、使い方をもう一度確認する。繰り返すなら、その子だけ教師と一緒の時間に使う。土地全体をすぐ取り上げる罰にはしない。


善意だけでなく、約束が崩れた時の直し方まで書いた。


「僕は、畑として残してもいいと思います」


「では、学校が使った後に、共同学び場として残すかを改めて相談、と書けばいい」


今ここで、春以降の全部まで譲る必要はない。


翌朝、エメリク校長へ契約書を見せた。


「私を信用していないのですか」


彼は傷ついた顔ではなく、本当に意味が分からない顔をした。


「校長先生を信用しているから、先生が休んだ時にも同じ約束が残るようにしたいんです」


来月は一人の教師が産休へ入る。新しい教師が来るかもしれない。子どもが親へ違う話をするかもしれない。誰かが悪いからではなく、人が替わるから紙が要る。


校長は一つずつ読み、井戸水の桶数を六杯にしてほしいと頼んだ。ミナと実際に一回使うと、三十八人で四杯は少ない。僕たちは生活用の残量を見て、五杯まで、足りなければ前日に相談、と直した。


「書いてあると、お願いする場所も分かるのですね」


「断るためだけの紙ではありません」


エメリク校長からも、一つ条件が出た。


「授業中、会社の皆さんが子どもへ直接仕事を頼まないでください。手伝いたがる子が多いので」


僕には考えていなかった境界だった。工房の荷物運びを少しだけ、と頼めば、子どもは授業より手伝いを選ぶかもしれない。


契約書へ、『授業時間中、土地所有者側も学校の許可なく児童へ作業を頼まない』と加えた。


貸す側だけが条件を出す紙ではなく、借りる側も守ってほしいことを言える紙になった。


校長、僕、会社の土地管理者としてバルド社長が署名した。社長は『学校の子なら好きに使わせろ』と言いかけ、リゼの視線を受けて黙って署名した。


境界には、赤炉工房の余り木で低い柵を作った。通れない壁ではなく、ここから用途が違うと分かる高さだ。入口は一か所。使う時間だけ、学校の青い札を掛ける。


最初の授業の日、ミナは早くから苗と三枚の手順札を準備した。


一枚目、見分ける。先生が示した草だけ触る。


二枚目、土を見る。握って崩れるか確かめる。


三枚目、水を一杯。入れすぎない。


子どもたちは柵の外へ二列で並んだ。テオが道具の数を読み上げる。エメリク校長も来た。


植物魔法を担当する予定のもう一人の教師だけが、開始の鐘を過ぎても現れなかった。


校長が教室へ戻って伝言板を確認した。教師は、学校の校庭で授業をすると聞いたままで、こちらの畑へ場所が変わった連絡を受け取っていないらしい。


「私が昨日、皆へ伝えたつもりでした」


エメリク校長は青ざめた。


子どもたちは道具を持って待っている。ミナ一人でも安全の説明はできるが、三十八人を一度に見守る約束ではなかった。


始めるか、中止するか。僕たちは三枚の手順札を前に、まず安全にできる範囲を決めることにした。

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