第89話 片づけだけは上手な子
学校からの手紙を開き直したのは、祭りの翌朝だった。
僕たちは保温箱の点検を終え、約束通り炭箱から魔道具へ戻した。原因は魔石を押さえる革の緩みで、部品代を先に伝えてから交換した。店主は銅貨五枚と部品代を払い、肉まんを四つ包んでくれた。
仕事も朝食も終わってから、西丘学校への返事を書く。
『先生になる約束はできません。今の授業を見て、一緒に整理することならできます。訪問日、見る範囲、交通費を先に相談させてください』
リゼが横から読み、最後へ一文を足した。
『休日には返事をしません』
「必要ですか」
「昨日、必要だと分かったでしょう」
その手紙を伝書風船ではなく定期便へ預けると、三日後に返事が来た。学校は麦穂村から西へ半日の丘にあり、日帰りできる。交通費と昼食は学校が持ち、最初は二日間の見学だけ。続きは、その後で決める。
条件がそろったので、僕とリゼ、ミナの三人で向かった。
学校へ向かう馬車では、誰が何を見るかも決めた。僕は授業の流れ。リゼは魔道具の安全と、教師がどこで手を出すか。ミナは子どもの表情と、質問できずに止まる場面。
「先生の代わりに教え始めないように、ですね」
ミナが言う。
「はい。見学の日に僕たちが全部助けると、普段どこで困るか分からなくなります。ただし危ない操作だけは止めます」
何もしないで見る範囲と、すぐ介入する範囲も先に決めた。傷のある魔石、火が布へ近づく、子どもが痛がる。その三つは授業を止める。それ以外は教師へ合図を送り、授業後に話す。
見学する僕たちがいるせいで、いつもより良い授業に変わりすぎないよう、教室の後ろへ静かに座った。
西丘学校は、白い石壁と赤い屋根の小さな建物だった。教室は二つ。生徒は六歳から十二歳まで三十八人。教師は校長を含め三人いるが、一人は来月から子どもを産むため休む。
校長のエメリクは、細長い眼鏡をかけた穏やかな男性だった。僕たちの馬車が門へ着く前から外で待ち、全員へ深く頭を下げた。
「この国の子ども全員に、暮らしを自分で守れる魔法を教えたいのです」
校長室の壁には、灯り、加熱、浄水、乾燥、畑、簡単な修理、防災まで、色とりどりの絵が貼られていた。
「読み書きや数だけでは、生活は回りません。家に魔道具があっても、使い方を知らなければ危ない。貧しい家の子ほど、学校で学ぶ必要があります」
考え方は僕も好きだった。
「今、困っているのは先生の数ですか」
「それもあります。しかし、今いる教師が一生懸命教えるほど、授業が遅れるのです」
意味が分からず、まず授業を見せてもらった。
午前は生活魔法の基礎だった。最初の教師は、机の上に練習用の灯り箱を置いた。
「最初に魔石の傷を見ます。次に、周りへ燃える物がないか見ます。それから手を置いて、少しずつ魔力を入れます」
子どもたちは三つの動作を繰り返した。
次の時間、別の教師が同じ灯り箱を使った。
「まず手を置き、魔力が流れる輪を感じます。光ったら傷を見て、最後に机を片づけます」
子どもたちの手が止まった。
僕は、止まった時刻と人数を紙へ書いた。最初の教師の授業では、質問した子が三人。二人目では十一人。魔道具の故障は一つもないのに、前の授業とのつながりで迷いが増えている。
リゼは、教師の説明通りに操作しても危険がないことを確かめた。順番は違っても、どちらも単独なら成立する。ただ、子どもが二つを混ぜると、確認を二度したり、消す手順を飛ばしたりする。
ミナは、質問しなかった子を見ていた。
「あの子たちは分かったんでしょうか」
授業後に聞くと、何人かは『先生が変わったから答えも変わる』と覚えていた。意味ではなく、相手に合わせて正解を選んでいる。それで点は取れても、家で一人になった時に順番を決められない。
「子どもが悪いわけではありません。授業をうまく通る方法を見つけただけです」
教師は責められたように肩を落としたが、僕は二人の説明を並べて見せた。共通している項目は多い。足りないのは、どちらを学校の基本順にするかという相談だった。
最初の時間に『最初は傷を見る』と習った子が、今度は『最初に手を置く』と言われる。どちらの教師にも理由があった。最初の教師は安全を優先し、次の教師は魔力の感覚を早く覚えさせたい。
「傷を見るのは、いつですか」
一人の子が尋ねた。
「光らせた後です」
「でも、先に触ると怒られました」
教師は前の授業を知らず、子どもは両方を守ろうとして動けなくなった。
上手な子は、教師ごとに順番を変えていた。今はこの先生だから、この答え。魔力も強く、多少順番が違っても灯りはつく。
苦手な子は、昨日の教えを守ろうとするほど迷った。
一番後ろの席にいるテオという少年は、灯り箱へ手を置いても、小さな火花しか出せなかった。教師が隣へ座り、何度も魔力の入れ方を教える。周囲の子が先へ進んでも、テオだけは一段目を繰り返した。
「僕は、魔法が下手だから」
彼はそう言い、目を伏せた。
授業が終わると、子どもたちは昼食へ走った。灯り箱が机に残り、蓋の開いた物、魔石が入ったままの物、布の近くへ置かれた物がある。
テオも一度、扉へ向かった。
けれど振り返り、一つずつ灯り箱を集め始めた。魔石を外し、傷を見て、柔らかな布で包む。箱は重ねず、棚の同じ位置へ並べる。最後に机の上へ燃える物がないか確かめた。
「誰に教わったの?」
僕が尋ねると、テオは首をかしげた。
「最初の先生と、次の先生が言ったことを、終わった後なら全部できます」
「どうして片づける時は迷わないんですか」
「灯りをつける時は、先生が早く次を言います。でも終わった後は、僕の速さで一つずつできます」
能力だけでなく、進む速さも違っていた。授業の中で待ってもらえない子が、誰も急がせない片づけでは正しく動ける。
リゼは棚を見て、箱の向きまで全部同じだと気づいた。
「この並べ方なら、次に傷のある箱が混ざっても分かるわ」
テオは褒められると思わなかったらしく、耳まで赤くした。
僕たちは教師へ、明日から片づけをテオへ任せきりにしないよう頼んだ。得意だから全部背負わせれば、今度は彼だけが昼食へ遅れる。最初は見本を見せてもらい、その後は当番を交替することにした。
灯りはうまくつけられない。
でも一番苦手だと思われていた子が、誰より正しく魔道具を片づけていた。




