第86話 今日は休日です
祭りの券を受け取った後、僕は最初に裏面をもう一度読んだ。
明日の夕刻から夜の二刻目まで。場所は水路町の中央広場。二人一組で入場。食事は券に含まれない。宿泊についての記載はない。
「行く前に、聞いておきます」
僕はリゼへ向き直った。
「明日の祭り、一緒に行きたいですか」
「行きたいわ」
「僕とで、いいですか」
「券に名前があるから仕方なく、とは言わない。シュウと行きたい」
胸の奥が、温かい茶を一口で飲んだ時のようになった。
「僕も、リゼと行きたいです」
グレンさんは、そんな会話をした僕たちへ満足そうにうなずいた。ミナは露店で買った布飾りを口元へ当て、笑みを隠している。
次に、宿を確認した。
収穫市の商人は明日の昼に帰るため、農家の離れは空く。祭りの夜だけ二部屋を二銀貨で借りられ、夕食は祭りで済ませる。帰りの馬車は翌朝、運送組合の定期便に三席ある。
条件を木札へ書いてもらってから、参加を決めた。
「成長したな」
グレンさんが言う。
「宿を決めただけです」
「昨日決めずに困った者には、大仕事だ」
その日の午後、バルド社長も町へ来た。僕たちの仕事を迎えに来たという名目だったが、馬車には着替えと祭り用の上着が積まれている。
「ちょうど券が一枚余っていたんだ」
社長はそう言ったが、券にはやはり最初から名前が書かれていた。『バルド、ミナ』。グレンさんの偶然は、二組分あったらしい。
「私は社長と二人一組なんですか」
「嫌そうに言うな。保護者枠だ」
「私が社長の保護者ですね」
ミナの返事に、リゼが声を上げて笑った。
僕たちは翌朝の仕事を入れず、本当に祭りまで休んだ。水路を見に行くこともしない。ネルから『三本とも流れ、交替もできた』という朝の短い札だけを受け取り、返事は『確認しました。次は三日後に』とした。
すぐ細かな質問を返せば、ネルは休まず答えを探す。問題がない日は、連絡を短く終えることも運用の一部だった。
昼は農家の庭で林檎を切り、リゼと散歩をした。仕事鞄は離れへ置いた。何も持たず歩くと、両手が落ち着かなかった。
夕方、中央広場には麦の束と青い陶札を模した飾りが並んだ。止まっていた水路の上へ、小さな灯り舟が浮かぶ。屋台では、焼いた川魚、蜂蜜を塗った平パン、香草の芋、林檎酒が売られていた。
「端から全部、一口ずつ食べませんか」
僕が提案すると、リゼは目を丸くした。
「シュウから、仕事以外の計画が出た」
「食べる順番を考えるのは、仕事に入りませんよね」
「ぎりぎり休日」
四人で一皿ずつ買い、分けて食べた。川魚は塩が強く、平パンは甘い。ミナが選んだ紫色の芋は、見た目に反して栗のような味がした。バルド社長は林檎酒を二杯目まで飲み、三杯目をミナに止められた。
広場を半分ほど回ったところで、屋台の店主が僕たちを呼び止めた。
「魔道具屋さん、ちょうどよかった。この保温箱の灯りが時々消えるんだ。少し見てくれないか」
箱の中には温かい肉まんが並んでいた。灯りは消えているが、予備の炭箱があり、食べ物が冷える心配はない。
僕は反射的に、留め具へ手を伸ばした。
「症状はいつから――」
「今日は休日です」
リゼ、ミナ、バルド社長の声が、きれいに重なった。
店主が驚き、僕も手を止めた。
「明日の朝なら見られます。今夜は炭箱で足りますか」
リゼが尋ねる。
「ああ、肉まんは温かい。祭りの後でいいよ」
「では、明日の一番鐘の後。点検だけで銅貨五枚、部品が要るなら先に相談します」
バルド社長がその場で条件を決め、店主は笑ってうなずいた。
困っている人を無視したわけではない。今夜やらなくてよいことを、明日へ約束しただけだった。
店主は炭箱へ火を入れ、試しに一つ取り出した。中まで十分温かい。明日へ延ばせる根拠を、僕たちも一緒に確かめた。
「祭りの最中に箱を開けていたら、売る時間も減っていましたね」
「そうだな。こっちも、魔道具屋を見つけて安心して急がせるところだった」
店主は、明朝の木札を保温箱へ結んだ。僕たちも会社の予定板へ同じ札を置く。片方だけが覚えている約束にしない。
僕は肉まんを買おうと財布を出し、今度は誰にも止められなかった。自分が食べたい物を自分の分だけ買う。財布を開くこと全部が悪いわけではない。
リゼは僕の肉まんを一口欲しいと言い、代わりに蜂蜜パンを半分くれた。仕事を断った直後の食べ物は、いつもより温かかった。
「僕が休むために、皆さんへ言わせてしまいました」
「違う」
バルド社長は肉まんを一つ買った。
「会社が休日を守ったんだ。社員一人の我慢で休みにするな」
ミナも、当番表へ明朝の予定を書いた。僕の頭の中に置かないので、今夜は忘れてよい。
日が落ちると、観覧席へ入る列ができた。券ごとに二人ずつ並ぶ。僕とリゼ、バルド社長とミナ。グレンさんは本当に人混みへ来なかった。
列が進み、前の子どもたちが手をつないだ。はぐれないためだろう。
僕が券を出そうとした時、右手に柔らかな感触が重なった。
リゼが、僕の手を握っていた。
「混んでいるからですか」
「それもあるわ」
席へ着いても、彼女は手を放さなかった。




