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第84話 次は先に決めること

役所の担当者は、払いたくないのではなかった。


水路が止まった時、修理用の予算はすぐ使えるようにしていた。けれど魔道具は壊れておらず、使ったのは点検の整理、地図、陶札、引継ぎの見直しだった。帳面の分類では、どれも修理部品にならない。


「来年なら、管理改善費を作れます」


担当者は申し訳なさそうに言った。


「今年の帳面へ、後から名前を足す権限が私にはありません」


僕たちは、作業を部品交換として書き換えれば払えると言われた。しかし、実際には交換していない魔道具を交換したことにすれば、次の点検記録が狂う。予算を通すための小さな嘘が、水路の状態をまた見えなくする。


「陶札を二十七枚買った費用と、僕たちが考えて歩いた時間は、別のものです」


「分けると、後者だけ払えないのです」


「それでも、分けたまま残してください」


何にお金が足りなかったのかが分かれば、来年直せる。全部を『水路修理一式』へ丸めれば、今年は整って見えても、同じことが次も起きる。


役所の担当者は少し悩み、帳面の余白へ『調査・運用整理、予算外』と書いた。払えなかった仕事が、初めて名前を持った。


リゼが僕を見た。何も言わない。ただ、僕がどんな返事をするか待っていた。


以前の僕なら、相手が困っていると分かった瞬間に、『では無料で大丈夫です』と言ったと思う。今も、その言葉はすぐ喉まで上がった。


けれど、無料でよいと僕が決めれば、バルド社長とリゼとミナが使った時間まで、僕一人が勝手に無料にすることになる。


「宿代は、予定通り返していただけますか」


「もちろんです。今日中に」


「陶札代は町から工房へ。これも確認させてください」


「はい」


「僕たちの作業代は、今回は請求しません」


ネルが顔を上げた。


「ただし、無料の修理だったとは記録しないでください。予算を決める前に相談がなかったため、灯り木魔道具社が今回に限って負担した、と残してほしいです」


その場で会社へも短い連絡を送った。作業日数、三人分の時間、請求しない理由、次回条件。バルド社長からは、『事情は分かった。次から出発前に俺にも見積りを見せろ。勝手に格好をつけるな』と返ってきた。


最後に、『水が戻ったなら今回はよし。ただし皆へ昼食をおごれ』とある。


僕一人の判断で会社の売上を減らしたことは消えない。社長が了承して、初めて会社として今回の負担を選べた。


「帰ったら、帳面で改めて説明します」


「私たちも一緒に説明するわ」


リゼはそう言い、ミナも控えを掲げた。無料にした責任まで、一人で抱える必要はなかった。


担当者は新しい紙を出した。


僕は条件を続けた。


「次に呼ぶ時は、出発前に三つ決めます。交通、宿泊、作業の報酬です。原因が部品でない時にも使える費目を、来年の帳面へ作ってください」


僕は、その三項目を依頼書の雛形にも書き足した。今回だけの反省で終わらせず、次に僕たちが慌てた時にも目へ入る場所へ置くためだった。


「約束します」


「約束だけだと忘れるので、今日の日付で書いてください」


自分で言ってから、少し驚いた。感情的に対立しなくても、必要なことは頼める。相手を責めなくても、次の条件は決められる。


担当者は、町長の確認印をもらいに走った。戻ってきた紙には、『今回限りの無償協力』『次回は事前見積り』『宿泊手配は町の責任』と明記されていた。


リゼが読み終え、僕へ返す。


「半歩より進んだわ」


「一歩ですか」


「四分の三歩」


まだ無料で帰るので、満点ではないらしい。


ネルは、報酬の代わりに何か渡せる物を探した。水路の通行札、町の保存食、収穫市の布。僕はどれも仕事代の代わりにはしないと伝えた。


「物をもらうために、無料にしたわけではありません。ネルさんが一人で夜中に四回見回らなくてよくなったなら、それで今回は十分です」


「でも、僕は何を返せば」


「この仕組みを一か月使って、困った所を手紙で教えてください。次に別の町で水路を見る時、役に立ちます」


それなら仕事として返せる、とネルはうなずいた。


町を出る前に、中央門をもう一度見た。丸い陶札が掛かり、その下を水が静かに流れている。ミズネズミが柱の根元から顔を出したが、札の匂いを嗅いだだけで草むらへ戻った。


「紙より気に入らなかったようですね」


「よい評価なのか、少し複雑です」


宿代の三銀貨は財布へ戻った。作業代はない。陶札代も僕の負担ではない。五回目の持ち出しは、一日で立替へ戻せた。


僕は控え帳の『損』の欄へ線を引き、『返金済み』と書いた。反対側には、ネルが一刻眠れたことと、来月届く使用報告を書く余白を残した。


「次から宿を先に決める、ですね」


ミナが確認する。


「はい。町が困っている話を聞く前に、まず寝る場所です」


「本当にできる?」


リゼが聞く。


「三人で確認してください」


一人で守れる自信がないなら、仲間へ頼めばよい。僕たちはそう決めて、町の門を出た。


街道の先、大きな樫の木の下に、杖を持った老人が立っていた。


「少しは、自分で選んで損をした顔になったな」


グレンさんが、僕たちを待っていた。

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