第83話 水番が眠る昼
陶札は、頼んだ四日後ではなく、二日目の朝に届いた。
ガントが東の陶器工房へ連絡し、工房が別の荷物と一緒に夜便へ載せ、運送組合が町への収穫市便へつないだらしい。僕たちが作った荷物の印と、中継時刻の仕組みが、そのまま陶札を早く運んでくれた。
「前の仕事が、ここへ来ましたね」
ミナが箱の丸札を持ち上げた。
僕が試作用具へ払った二銀貨のことも、少しだけ違って見えた。
丸、四角、三角。形ごとに釉薬の色も違うが、暗い時でも触れば分かる。三角札だけ穴が二つあり、紐の位置でも区別できた。各門用に三枚、予備が二組。縁はガントの注文通り厚く、落としても簡単には割れない。
箱には陶器工房からの短い手紙が入っていた。
『水辺なら、紐は麻より革。冬に凍るなら金具を外せる形に。使って困ったら絵を送ってください』
作って終わりではなく、使った後の話まで入っている。会ったことのない職人が、仕事の続きへ加わったようだった。
箱を開けた時点で、枚数と傷も確かめた。丸九枚、四角九枚、三角九枚。三角の一枚だけ、釉薬の端に細いひびがある。
リゼが軽く叩くと、音は澄んでいた。強度には問題がないが、予備へ回すことにする。『使えるか使えないか』だけでなく、『どこなら安心して使えるか』を決めた。
水番たちは、札の裏へ門の番号を刻んだ。一番の札を二番へ持っていくと、紐の長さが違って掛けにくい。番号があれば、清掃後に戻す場所を間違えない。
予備は管理所の棚へ置き、割れた札も捨てずに欠片を袋へ入れる。なぜ割れたか、工房へ見せるためだ。
「予備があると、壊れてもすぐ交換できますね」
「でも、交換したことを忘れないよう、最後の一枚を使ったら注文札を表へ出しましょう」
予備を持つだけでは、使い切った後に空になる。棚には『残り二組』『一組になったら注文』という札も付いた。
水番たち自身に、どこへ掛けるか決めてもらった。最初は取っ手の横へ吊したが、門を操作すると札が手に当たる。少し下へ移すと、水しぶきで裏返る。三度目に、門脇の柱へ短い横棒を付け、札を一枚だけ正面へ掛ける形に落ち着いた。
使っていない二枚は、裏向きに重ねる。今の状態だけが前から見える。
「僕たちが最初に場所まで決めていたら、たぶん手に当たる所でした」
僕が言うと、ネルは初めて少し得意そうに笑った。
「毎日触るのは、僕たちですから」
町の人へも、短い説明をした。丸札なら普段通り。四角札なら、勝手に門を開けず井戸を使う。三角札なら、水番へ声を掛ける。
ニアくらいの年の子が、三角札の穴が二つある理由を当てた。目を閉じても分かるため、と答えると、今度は柱の高さが子どもの手にも届くと教えてくれた。
水番が操作しやすく、遊ぶ子どもは触りにくい位置へ、横棒を手のひら一つ分だけ上げた。大人だけで試していたら見つからなかった。
ネルは説明役を自分から引き受けた。最初の小さな声ではなく、広場の後ろまで届く声で、三つの形を読み上げる。町の人が同じ形を返すたび、肩から力が抜けていった。
中央門で、交替をもう一度試した。
昼番が丸札を示す。取っ手、門板、その先の水を確認し、『中央、開、異常なし』と告げる。夜番が繰り返す。例外がなければ、二人で歩くのは中央門まで。清掃した北門は三角札に替え、そこだけ一緒に確認する。
管理所の当番表は室内へ移し、戸口には金属の網を付けた。紙は紙に向く場所、陶器は陶器に向く場所で使う。全部を丈夫な物へ替える必要はなかった。
昼前、ネルは何度も欠伸を隠していた。
「昨夜も見回ったんですか」
「陶札が来る前でしたから。石が動いていないか、少しだけ」
少しだけ、と言いながら、帳面には夜中の時刻が四つ並んでいる。
「今日の昼当番は、先輩の方ですよね」
「はい。でも、僕も一緒にいれば」
「一緒にいない試験をしましょう」
ネルの顔が固まった。
休ませることを命令にすると、彼は寝床で水路のことを考え続けるだろう。そこで、昼の一刻だけ管理所を離れ、町の食堂で食事をしてくる試験にした。異常があれば鐘を一度鳴らす。鳴らなければ、戻る時刻まで帰らない。
「僕がいない時に起きたら」
「当番表には昼番の名前があります。異常時の連絡先もあります。ネルさん一人の仕組みではありません」
年上の水番が、ネルの肩を押した。
「俺たちにも一刻くらい任せろ」
ネルは何度も振り返りながら出ていった。
鐘は鳴らなかった。
一刻後に戻った彼は、食堂で温かい昼食を食べたせいか、頬に少し色が戻っていた。水路は三本とも流れ、丸札は同じ向きに掛かっている。
「僕がいなくても、流れていました」
「町の水ですから、皆で流すほうがいいです」
ネルは帳面へ、『昼、休み。異常なし』と書いた。異常なしの印の中で、それが一番大切な一行に見えた。
午後、町役所で立替金と作業代の話をした。
宿代の三銀貨は、会議で返せることになった。けれど、水路の外部調査費は、今年の予算に項目がない。陶札代を払うと、灯り木魔道具社へ渡せるお金は残らないという。
ネルは机の前で帽子を脱ぎ、深く頭を下げた。
「水を戻していただいたのに、報酬を用意できません」




