第77話 三回見た場所と一度も見ない場所
ネルの点検帳を、場所ごとに分けた。
水源石は昨日三回、今日二回。第一門は四回。中央水量石は六回。伝達線は二回。
「中央が止まっているので、中央を多く見ました」
「自然な判断です」
流れない場所を繰り返し調べる。異常が出ないと、自分の見方が足りないと思い、さらに同じ場所を見る。
「ほかの水番も確認しましたか」
「はい。僕の後に、先輩二人が」
三人が同じ順番で、水源から中央までを見ていた。確認は重なり、誰も怠けていない。
「先輩に何を頼みました?」
「僕の確認が正しいか、見てくださいと」
「それなら、同じ順番になるのも自然ですね」
もし僕が頼まれた側でも、帳面の最初から追っただろう。『別の場所を見てください』ではなく、『僕の確認を確かめてください』という依頼だったからだ。
僕は青石を三組に分けた。一度目、二度目、三度目。回数が増えるほど色を濃くする。
中央水量石の上には六個を積めなかった。横に並べると、そこだけ小さな石垣のようになる。一方で、地図の端には紙の白さがそのまま残った。
「同じ場所を二人で見ること自体は、悪くありません。飲み水へつながる大事な門なら、二人確認が必要な日もあります。ただ、全員が同じ道だけを歩いたことが分からなかった」
年上の水番が、黒くなった帳面を見てため息をついた。
「働いた量は増えたのに、町を見た広さは増えなかったわけか」
「はい。今日は、間違い探しではなく、白い場所探しに変えましょう」
僕は町の水路図を広げた。
山の貯水池から、北、中央、南へ三つの主路。そこから家や畑へ細かな枝が延びる。
「点検した場所へ石を置いてください」
ネルは一つずつ青石を置いた。水源、第一門、中央門、水量石、伝達線。中央の周りに石が集中する。
「ここは?」
中央と南の間に、細い分岐があった。地図には『旧染物路』と書かれている。
「もう使っていません」
「門はありますか」
「古い門が。閉じたままです」
「誰が点検します?」
ネルは当番表をめくった。
北担当、中央担当、南担当、水源担当。旧染物路は、去年染物工房が閉じたとき、通常点検から外していた。
「閉じたままなら、関係ないはずです」
「見に行くだけ行きましょう」
地図を書いたのは七年前で、その頃は染物工房が毎日大量の水を使っていたという。工房が閉じた後、入口の門を閉め、点検表から工房名を消した。ところが、水路そのものは埋めていない。町の人にとっては『使わない水路』になり、当番表の上では『ない水路』になっていた。
「消すとき、門を誰へ渡したんでしょう」
「渡していません。閉めたので、仕事も終わったと」
閉鎖した仕事にも、たまに見る仕事は残る。僕はその言葉を、ミナが持つ控えへ書いてもらった。
使っていない路なら、異常がなくてもすぐ戻れる。僕たちは水路沿いを歩いた。
旧染物路の入口には草が生え、門の取っ手は錆びている。見た目は閉じていた。
リゼが水量石を当てる。
「内側に水が流れてる」
「閉じているのに?」
門をよく見ると、下に指二本ほどの隙間があった。土と小石が挟まり、完全に閉じていない。そこから水が旧水路へ漏れ、地面の下へ吸われている。
「これだけで中央が止まりますか」
「全部ではない。南が細くなった分には関係する」
中央停止の原因は、まだ別にある。それでも、誰も担当しない場所に一つ問題があった。
ネルは肩を落とした。
「僕が、外したんです。使わない場所だから」
「外す判断は間違いではありません。使わない門を毎日見る必要はないです」
「でも、漏れました」
「月に一度だけ見る場所へ変えましょう。使わないことと、存在しないことは違います」
土と小石を除き、門を閉め直す。南水路の流れが少し太くなった。
ネルは水量石の数字を、直す前と後で読んだ。感覚だけでなく、漏れていた量を残すためだ。中央水路を止めた主な原因ではなかったが、南の細り方とは数字がほぼ合った。
「一つ見つけたのに、中央は直っていないんですね」
ミナが確認する。
「はい。だから、この原因だけで全部説明できたことにしない。南の原因を一つ直した、と書きます」
原因らしいものを見つけると、全部それだったと思いたくなる。けれど、中央はまだ乾いたままだ。僕たちは地図の南へ緑の丸、中央へ未解決の赤い丸を置いた。
点検地図には、頻度も書いた。毎日、週一、月一。全てを毎日見るのではなく、忘れない間隔を置く。
「担当は誰に?」
水番たちは互いを見る。全員、すでに別の主路を持っている。
「月初めに、その日の補助当番が見るのはどうですか」
ネルが自分で提案した。
一人へ永久に背負わせず、当番という役割へ置く。
地図の旧染物路へ、初めて担当の印が付いた。
ネルは青石を一個だけ、旧染物路の上へ置いた。
「一度見ればよい場所を一度見た。これで十分ですか」
「次の月初めまでは、十分です」
僕が答えると、彼はようやく帳面を閉じた。同じ場所を七回目に確認しに行く足ではなく、まだ白いままの中央への道へ向き直った。




