第74話 依頼を入れない日
翌朝、僕は予定板の月の日を見た。
炎札と月札が並んでいる。仕事の予定ではない二人の印は、思ったより目立った。
ミナが薬房から戻り、すぐ気づく。
「これは何の案件ですか」
「案件ではありません」
「二人で?」
「休日です」
「仕事ではないなら、予定板へ書かなくてもよいのでは?」
「書かないと、仕事が入るので」
ミナは納得し、自分の薬房日にも葉の札を付けた。今までは灯り木にいない日とだけ書いていたが、その中にも薬房勤務と休日がある。
「私の休日も、依頼不可にします」
「急な薬の相談は?」
「セラ先生と当番が受けます。私しか知らない患者さんなら、翌日確認。命に関わる場合だけ連絡」
弟子の方が、自分の条件を早く言えた。
予定板へ、社長の休みも追加した。木札が一つもなかったため、社長自身もいつ休んだか覚えていない。
「会社が閉まってしまいます」
「三人が同じ日に休まないよう分ければいいです」
僕たちの二人休日とは重ならない日を社長が選んだ。良い組織は、一人の善意だけで開き続けない方がよい。
「分かりました」
分かった顔ではなかったが、それ以上は聞かなかった。代わりに、札の下へ『依頼を入れない』と小さく書いた。
「そこまで必要ですか」
「社長が、空白だと思うかもしれません」
バルド社長は店の奥で聞いていた。
「私にも信用がありませんね」
「麦穂村、赤炉工房、薬房、宿場町、運送組合。全部、最初は社長が持ってきました」
「遠野さんが受けるので」
「受ける前に、私が条件を確認します」
「では私も、休み札がある人には依頼を見せないことにします」
社長は営業帳へ新しい欄を作ろうとしたが、リゼが止めた。
「欄を増やさない。予定板の札を見るだけ」
営業の依頼が来たら、希望日と予定板を照らす。休みなら翌日を提案する。命や腐る品の例外だけ、短い確認札を本人へ渡す。
「例外札が増えたら?」
「一か月で何枚使ったか見直します。多ければ、例外ではなく人手不足です」
仕組みを作る前に、休みを守れない理由も見えるようにした。
互いに原因があった。
僕は社長の前へ行き、声に出した。
「三日後は休みます。その日は依頼を入れないでください」
言い訳を足しそうになった。運送組合の代休だから。最近働いたから。リゼと約束したから。
けれど、休むこと自体で十分な理由だった。
「誰と何をするかは、会社へ言わなくてよいですか」
僕が念のため聞くと、社長は笑った。
「もちろんです。休暇の用途まで会社が管理しません」
「でも遠出なら、緊急連絡が」
「連絡先は任意です。連絡を受けたくないなら、伝えなくていい」
前の世界では、休みの日も携帯電話を持っていた。こちらには同じ道具がない分、連絡されないことを不安に感じていたが、それは自由でもあった。
僕たちは町から出ない予定なので、緊急時は小屋へ伝言。ただし社長が先に内容を確認し、例外でなければ翌日。そこまで決める。
「休みの仕組みを作るだけで、ずいぶん長いですね」
「今まで境界がなかったからです」
一度決めれば、次からは月札一枚で済む。
「分かりました」
社長は笑い、営業帳の同じ日へ月の印を付けた。
「急ぎの相談が来たら?」
「翌日にしてください。人の命や、その日中に腐る物なら、内容だけ確認します」
「確認したら、行くんじゃない?」
リゼが横から聞く。
「行くかどうか、二人で相談します」
「私も判断に入るの?」
「二人の休日なので」
リゼは少し驚き、それから頷いた。
自分の時間を守る条件を、会社へ初めて言えた。明確に仕事を断ったわけではない。それでも、空白を仕事へ渡さない一歩だった。
僕は少し心配になり、社長へ聞いた。
「困りませんか」
「遠野さんが休む一日で会社が止まるなら、管理する私の失敗です」
「案件の説明が僕にしかできない場合は?」
「前日までに短い引き継ぎをください。休日当日は、分からないことを分からないまま待ちます」
薬房や運送組合で作った考え方が、灯り木にも戻ってきた。
リゼは自分の担当中の修理を二件、ミナへではなく社長へ引き継いだ。僕も宿場町から来るかもしれない手紙の置き場所を決める。
任せる準備をすることは、休みを諦める理由ではなかった。
休日に何をするかは、決めなかった。
朝、椅子へ座る。畑を見る。昼に町で何か食べる。リゼが古い術式を一つ持ってくるかもしれない。本を読むかもしれない。何もしないかもしれない。
「計画を立てない計画ですね」
ミナが言う。
「予定どおりにしなくてよい日です」
それでも僕は、持ち物だけ考えた。本、飲み物、薄い毛布。紙と筆記具へ手を伸ばし、仕事になりそうなので置く。
「読書の感想を書きたくなったら?」
「本の余白へ一言なら趣味」
「畑の水やり表は?」
「当番は社長。僕たちは見ない」
「椅子の油を塗る時期は?」
「休日の翌日」
自分で仕事を探す癖を、リゼとミナが一つずつ取り上げた。
最終的に、休日札の裏には何も書かなかった。それが一番難しい準備だった。
「記録は?」
「しません」
自分で言い切ると、リゼが拍手した。
その日の午後、雨が降った。
強くはないが、風があり、店の軒下まで細かな水が入る。僕たちは外の商品を中へ移し、扉を半分閉めた。
雨の中を、一羽の伝書鳥が飛んできた。
足に紙筒を付けている。羽は濡れ、窓へぶつかりそうになったところを、ミナが布で受け止めた。
紙筒の中にも水が入り、手紙の端が滲んでいた。
差出人は、東の町の水番ネル。
ネルという名には、ミナが聞き覚えがあった。薬師村へ水路の点検薬を取りに来る、慎重な人だという。
「何度も同じ質問をするので、最初は不安になります。でも、確認したことを誰より丁寧に返してくれます」
悪い知らせを大げさに書く人ではないらしい。急ぎ札がないなら、慌てている途中で忘れたのか、本当にまだ急ぎではないのか。
差出人の性格を知っても、手紙にない期限は推測しないことにした。
宛名は灯り木魔道具社。『急ぎ』の札は付いていない。
社長が予定板を見た。
「三日後の依頼かもしれません」
月札の下へ、濡れた手紙が置かれた。




