第73話 二人分を取り分ける
宿場町から届く最初の定期夕食は、鍋一つではなかった。
煮込み、焼いた鶏、固いパン、香辛料入りの豆、ニアが作った小さな菓子。保温箱の底には、『土地代ではなく友達の夕飯』と毎回同じ紙が入っていた。
「これ、四人では食べきれません」
僕が言うと、社長は予定板を見た。
「私は今夜、商会の会合です。ミナさんは薬房の日」
台所に残るのは、僕とリゼだけだった。
ミナは出発前、五枚目の皿だけ食器棚から出していた。
「二人なのに、三枚ですか」
「デザート用です」
明らかに違う。葉印の自分の皿は薬房へ持っていき、空白の皿を中央へ置いている。
「何か意味がありますか」
「帰ってから聞きます」
ミナは逃げるように馬車へ乗った。
社長も会合へ出る前、台所の薪を多めに足し、食器を二組だけ机へ並べた。偶然を整える人が多すぎる。
「皆に気を遣われていますか」
僕が尋ねると、リゼは保温箱を開けた。
「気を遣われるようなことを、私たちがしているのかもね」
「何を?」
「それを今日は考えなくていい。料理が冷める」
答えはまた保留になった。
「偶然ですか」
「予定表に書いてあります」
社長は笑って出かけた。
前回の二人きりの夕食では、僕が資料を持ち込み、最後は配達遅れの鐘が鳴った。食事自体は楽しかったが、リゼが聞きたかった僕の話は、途中で椅子の話になったままだ。
「今日は資料を持っていません」
両手を見せる。
「家の台所で資料を持ってたら、追い出す」
「でも、夕食の内容を受領札へ」
「レナさんへの返事は明日」
保温箱には受領札が付いていたが、リゼが裏返した。食べる前に仕事の完了印を付けなくても、料理はなくならない。
僕たちはまず一口ずつ味見した。煮込みは塩が少し薄い。宿場町の保存食を使ったので、食べる人が最後に調整できるようにしたらしい。
「塩を足しますか」
「私はこのまま。シュウは?」
「少しだけ」
同じ鍋から、自分の皿へ違う量を足す。全員の好みを一つにそろえず、最後に個人が選ぶ。夕食でも、例外を普通に扱えた。
僕たちは四人分の料理を、今夜の二人分と明日の二人分へ分けた。
全部を机へ並べると食べすぎる。先に明日の容器へ移し、蓋をする。今夜の分だけ温める。
以前の僕なら、せっかく届けてもらったからと全部食べようとしたかもしれない。残すことを失礼だと考えた。
「明日に回しても、贈り物を大切にしていないことにはなりませんね」
「食べすぎて苦しくなる方が、レナさんも困る」
受け取る側にも、無理なく使う責任がある。明日の分には日付札を付け、社長とミナの名前を書く。
「僕たちだけ先に食べて、悪くありませんか」
「二人の分は残した。私たちが今食べる。誰も損してない」
事実を並べると、罪悪感は少し小さくなった。
「仕事みたいですね」
「食べる量を守るのは生活」
リゼは鶏を二つに切り、大きい方を僕の皿へ置いた。
「体力がないので、大きい方ですか」
「私が豆を多く食べたいから」
相手の善意だと決めつけず、理由を聞けた。
「前の夕食は、失敗でしたか」
僕が聞くと、リゼは少し考えた。
「資料を持ってきたところは失敗。鐘が鳴ったところは、私たちのせいじゃない。途中までの話は楽しかった」
「今日、やり直す必要はなかった?」
「必要があるから食事するんじゃない。もう一度したかったから」
目的を達成するための再作業ではなく、楽しかった時間を増やすためだった。
「僕も、もう一度したかったです」
言ったあと、顔が熱くなる。
リゼはすぐ茶化さず、「そう」とだけ答えた。声が少し柔らかかった。
空白の五枚目の皿へ、ニアの菓子を二つ載せる。二人で一つずつ取った。皿の印は空白のままだが、今夜のための場所になった。
食事中は、今日あった小さなことを話した。
モコが係留輪を自分で外そうとして、角へ引っかけたこと。ルカの最初の配車札が、薬房へ無事に着いたこと。僕の新しい椅子へ、鳥が一度だけ止まったこと。
「椅子、使ってる?」
「毎朝十分。本は三頁くらいです」
「短い」
「朝食前なので」
「休日は?」
「先週は運送組合でした」
「その前は宿場町」
「その前は薬房です」
「では、三回分の休日が残ってる?」
「休みは在庫のように積めません」
「だから、先に使わないと消える」
彼女は運送組合の出発紐を例にした。仕事は札を通せば見える。休日は何も置かないと、空き時間として別の依頼が通ってしまう。
「休む札を置く必要がありますね」
「ようやく分かった」
僕の自由時間にも、予約の入口が必要だった。
自分で言って、休日を仕事へ使ったことに気づいた。
「契約の五日間に、休日を一日入れました。あとで取り直す予定です」
「いつ?」
「まだ」
リゼは食事の手を止め、会社の予定板を台所まで持ってきた。
「次の七日で、空いているのはここ」
三日後の月の日。僕もリゼも仕事の札がない。
「何をしますか」
「先に休みを取る。何をするかは後で決める」
「予定がないのに、予約するんですか」
「予定を入れないために予約するの」
「雨なら?」
「小屋で本を読む」
「仕事の手紙が来たら?」
「翌日」
「何かしたくなくなったら?」
「何もしない」
どの例外でも、休日であることは変わらない。具体的な遊びではなく、仕事を入れない時間そのものを予約する。
「途中で僕が仕事を気にしたら?」
「私が止める」
「リゼが術式を触り始めたら?」
「趣味なら続ける。依頼なら、君が止める」
お互いを休ませる当番にもなった。
僕の新しい椅子へ『椅子』の札を付けたように、時間にも先に取り置きを置く。
リゼは月の日へ、自分の月札を掛けた。その隣に、僕の炎札を掛ける。
「次の休日、予約した」
「僕の返事は?」
「嫌?」
「いいえ」
「なら成立」
条件の交渉としては強引だが、僕は嬉しかった。
「二人で、ですか」
「そう」
「これは、星匙亭の夕食と同じ種類ですか」
「種類?」
「仕事ではない二人の予定」
「同じでいい」
彼女の答えは短い。僕はそれ以上の名前を尋ねる勇気がまだなく、月札と炎札を眺めた。
二つの札が並ぶだけで、三日後が待ち遠しくなった。
今度は、言葉の意味を取り違えなかった。




