第62話 宛先ではなく相談先
運送組合長は、ボルクと名乗った。
体の大きな男で、走ってきたせいだけではなく、いつも慌てているように見える。上着の留め具を一つ掛け違え、右手には別の荷札を三枚握っていた。
「すまん。箱は組合へ戻す物だ」
「僕の名前が書いてあります」
「相談したい人の欄へ書いた。御者が一番大きな字を宛先だと思ったらしい」
荷札には、送り主、経由地、宛先、受取人、相談先、戻し先の六つの欄があった。使うたび項目を足し、どれが一番大事か分からなくなっている。
文字の大きさにも決まりがない。僕の名前が一番大きいのは、ボルクが最後に急いで書き足したからだった。
「欄の位置は決まっているんですか」
「紙の大きさで変える。小さい荷物なら、書けるところへ書く」
「御者は、どこを最初に見ますか」
「一番大きな字だな」
僕へ運んだ御者が答えた。
宛先欄を探すより、大きく目立つ名前を使う方が早い。間違いではあるが、現場では合理的な読み方だった。
僕たちは大箱をすぐ返さず、『受取人・運送組合』『相談先・シュウ』と二枚の札へ分けた。箱の持ち主と、今見る人を別に示す。
「相談が終わったら?」
「相談先の札だけ外します。受取人は変わりません」
一枚の紙へ役割を詰め込まず、状態が変わる部分だけ取り外せるようにした。
「中身を見てもいいですか」
「そのために持ってきたようなものだ。いや、届けるつもりではなかったが」
受取人を組合のままにして、相談資料として僕たちがここで開くと記録した。大箱の中には、各町の地図、配達記録、戻ってきた荷札、宛先不明の小包が詰まっていた。
宛先不明の小包は十二個あった。
『森の村のパン屋』『赤い屋根の隣』『前に薬を買った人』『川を渡った二つ目の家』。送り主には通じるが、御者には誰か分からない書き方ばかりだ。
「受け取れない荷物は、どうしますか」
「御者が知り合いに聞く。分からなければ組合へ戻す。送り主が来るまで置く」
一番古い包みは三か月前。中身は布なので傷んでいないが、棚を占め、問い合わせのたび全てを探す。
「捨てたり、勝手に開けたりはしないんですね」
「誰かが待っている物かもしれない」
ボルクは慌て者だが、荷物を雑に扱ってはいない。何とか届けようとして、札と記録を増やし続けた結果、さらに迷いやすくなっていた。
「宛先不明をなくす前に、戻ってきた理由を三つくらいに分けましょう」
住所が分からない。受取人がいない。荷札が読めない。原因を分ければ、同じ聞き方を繰り返さずに済む。
僕への贈り物ではなかった。
少し安心し、少しだけ残念だった。自分宛ての大荷物に期待したらしい。
「運送組合では、何に困っていますか」
「荷車が増えた。荷物も増えた。道も御者もある。それなのに、違う町へ行き、戻り、探し、客に聞かれて、また走る」
宿場町の仕組みが整ったことで、宿主や市場から運送組合へ相談が集まったという。麦穂村の保存食、薬房の薬、赤炉工房の製品も、同じ組合が運んでいる。
「期限は?」
「できれば今日。遅くても、冬の荷物が増える前の二週間」
「こちらの費用と報酬は?」
ボルクは固まった。
「宿と食事は組合で出す。交通は、うちの荷車に乗ればいらない。報酬は……誤配と再配達で今月の金が少ない」
「未定にするなら、支払日と上限を決めます」
僕が言うと、リゼは黙って頷いた。
まず五日間。組合は宿と食事を負担し、僕たちの報酬は一か月後、再配達が減った分の三割。ただし上限を設ける。新しい道具を買う場合は事前に相談する。
「減った分は、どう測りますか」
ボルクが聞いた。
先月、違う町へ行って戻った荷車は二十三台。宛先不明で戻った荷物は三十一個。問い合わせに走った回数は数えていない。
報酬計算には、再配達の台数だけを使うことにした。燃料と御者の日当が分かるため、減った費用を計算できる。宛先不明や問い合わせは改善の参考にするが、報酬へ全部入れない。
「数字を増やせば、報酬も増えるかもしれませんよ」
「記録する仕事が増えて、組合が困ります」
自分の報酬を高く見せるために、現場へ負担を足さない。必要な一つだけを契約へ使う。
道具代については、組合の印がない購入は僕個人の判断になると書いた。勝手に買えば、僕の負担。事前に合意すれば組合負担。後で曖昧にしないためだ。
ボルクは契約書を読んで印を押した。
「ガントとレナから、先に条件を聞かれると聞いていた。本当だった」
僕が失敗した話ばかり、知り合いの間で共有されている。
「今日は、何から見せてもらえますか」
「ちょうど三台、出るところだ。東の麦倉、西の工房、南の宿場へ行く」
組合の荷ほどき場へ行くと、三台の荷車が横に並んでいた。荷物にはそれぞれ紙札が付いている。御者も経験者で、道を知っている。
受付では、出発前の確認をしていた。
「一号車、東。二号車、西。三号車、南」
ボルクが声を上げる。
御者はそれぞれ頷いた。ただし、荷札を見せ合わず、目的地の名前も復唱しない。東、西、南という方向だけを聞き、自分の知る道へ当てはめている。
一号車の札で最も大きい字は『朝鐘』。二号車は『北道経由』。三号車にも『北口で検査』。三枚とも、最初に北へ向かう言葉が目立っていた。
「受付の人は、宛先を読んだんですか」
「帳面では読んだ。御者は道を知ってるから、方向だけ言えば足りると思った」
受付も御者も、相手が続きを知っていると考えた。伝えた情報は正しいのに、互いの頭の中の地図が違う。
「今、止めますか」
ミナが聞く。
三台はまだ見える距離だった。止めるのは簡単だ。
僕は期限と道の安全をもう一度確認した。今日中に着き、危険はない。なら、間違いがどこで生まれたかを最後まで見られる。
「同乗して、普段どおり走ってもらいましょう」
出発の鐘が鳴った。
三人の御者が馬を進める。
ところが、東、西、南へ行くはずの三台は、全部同じ北の道へ曲がった。
「近道ですか」
僕がボルクへ聞く。
組合長は顔を青くした。
「違う。あれは北の古道だ」
三人とも、自分の荷札を正しく読んだつもりだった。




