第6話 使えなかった換算表
翌日、僕たちは村で一番多く使われている木升を、共通の升に決めた。
選んだ理由は単純で、すでに十四軒が同じ形を持っていたからだ。新しい物を全員分作るより、足りない家へだけ複製すればいい。
「この升一杯を一として、袋に何杯入っているか書きます」
僕は穀倉の壁へ換算表を貼った。
北の大袋は麦なら三十杯。南の袋は二十杯。家庭用の袋は十杯。昨日、皆で数えた結果だ。
マルクさんが表を声に出して読み、若い倉番が袋へ札を結ぶ。最初の十袋は順調だった。
十一袋目で、年上の倉番が手を止めた。
「これは豆だが、三十杯でいいのか」
「同じ大袋なら三十でしょう?」
マルクさんが答える。
倉番は首を振った。
「麦より隙間がある。昨日量ったときは、山盛りにしていなかったか」
僕たちは袋を開け、共通升で数え直した。二十六杯で底が見えた。乾燥芋の大袋は、形が不揃いで二十二杯しか入らない。
さらに、同じ麦でも粒の細かい春麦と大粒の秋麦で差があった。升を縁で払う人と、軽く揺すって詰める人でも一杯が変わる。
「昨日の表、全部だめなの?」
数を手伝った子どものルカが、不安そうに聞いた。
「全部ではないよ。麦のうち、この種類には使える」
「でも、間違えた」
「うん。試したから分かった」
僕は壁から表を外した。
リゼットが腕を組んで見ている。笑われるかと思ったが、彼女は何も言わなかった。
「昨日の紙は捨てる?」
ルカに尋ねられ、僕は炭筆ではなく赤い顔料を借りた。表の上から大きな斜線を引き、横へ『麦だけ。豆と芋には使わない』と書く。
「残すんですか」
マルクさんが驚いた。
「どこまで試して、何が合わなかったか分かるので。次の人が同じ表を作らずに済みます」
倉番二人にも、表のどこで迷ったか聞いた。年上の倉番は、豆を平らにするのか山盛りにするのか分からなかったという。若い倉番は、乾燥芋を無理に升へ押し込んだ。子どもたちは、同じ大袋なら同じ数になると思っていた。
僕は赤線の下へ、それぞれの言葉をそのまま書いた。
「私の名前も書くのか」
年上の倉番が身構える。
「名前は書きません。誰が迷ったかより、どこで迷ったかが必要なので」
若い倉番がほっと息を吐いた。間違いを残すことと、間違えた人を吊るすことは違う。そこを混ぜると、次から誰も失敗を教えてくれなくなる。
日本の職場では、失敗した設定や調査結果を消してしまう人がいた。きれいな資料にはなるが、半年後に別の人が同じ道を歩く。赤線の入った紙は格好が悪い。でも、役に立つ。
リゼットが表を持ち上げ、光へ透かした。
「紙なら戻せる、というのはこういう意味?」
「それもあります。盤を直していたら、元の刻印へ戻すのに時間がかかりました」
「私なら戻せるわ」
「僕には戻せません」
彼女は口を開きかけ、それから閉じた。できる人を前提にした仕組みは、その人がいなくなると止まる。先代の倉番がいなくなった今と同じだ。
僕たちは換算をやり直した。全部の食料を細かく分類するのではなく、村で冬までに多く使う麦、豆、乾燥芋の三つだけに絞った。
マルクさんは、干し果物や塩漬け肉も表へ入れたいと言った。村長として全部を把握したい気持ちは分かる。
「それは次にしませんか」
「今やった方が一度で済むのでは?」
「今日だけなら一度です。でも、種類が増えるほど毎日の記録が重くなります。まず三つを一週間続けて、続けられたら増やしましょう」
リゼットが意外そうに僕を見た。頼まれたことを断れない僕でも、作業を増やす提案には待ってくださいと言えるらしい。自分の金や時間より、仕組みの負担の方が判断しやすいのは少し情けなかった。
升の使い方も決めた。麦は縁を平らにする。豆は自然に入ったところまで。芋は升ではなく、同じ大きさの籠へ入れる。
「決め事が増えましたね」
社長が言った。
「増えた分、覚えられなくなります。絵にしましょう」
僕は麦の穂、豆の莢、芋の葉を紙へ描いた。絵心はない。麦が箒に見え、豆は虫に見えた。
子どもたちが笑い、リゼットが炭筆を奪った。
「貸して。これは麦に失礼よ」
彼女が描くと、三本の線だけで穂だと分かった。魔道具だけでなく、絵もうまいらしい。
夕方、新しい三枚の表ができた。失敗した最初の一枚も、その横へ残した。
翌朝も同じ人がいなくても使えるよう、若い倉番に説明役を任せた。彼は最初こそ僕の顔を見ながら話したが、豆の升を実際に持つと、自分の言葉で山盛りにしない理由を説明した。マルクさんが質問し、年上の倉番がわざと間違った袋を指す。子どもたちは笑いながら訂正した。
僕がいない方が、うまくいっている気さえした。
「寂しそうね」
隣のリゼットが言った。
「いえ。少し安心しています」
「自分が要らなくなるのに?」
「僕がいないと続かない方が困ります」
彼女は理解できないという顔をした後、もう一度説明役の倉番を見た。
赤い線は目立った。通りかかる村人が必ず足を止め、何を間違えたのか尋ねた。そのたび倉番が説明する。
僕が説明しなくても、失敗した紙が先生になり始めていた。




