第5話 同じ袋を量る
「勝ち負けではなくて、紙にできることを紙でやろうとしているだけです」
僕が答えると、リゼットはつまらなそうに鼻を鳴らした。
「そういう言い方をする人は、大抵、最後には紙を百枚書かせるのよ」
「百枚は僕も嫌です」
床にはすでに十枚以上広がっているので、説得力はなかった。
リゼットは冷却具の診断を始め、僕たちは袋の大きさを比べることにした。秤は粉ひき場に一台あるが、荷車ごと量る大きなもので、穀倉へは運べない。そこで北畑の大袋から麦を出し、南畑の袋と家庭用の袋へ移し替えた。
「こぼさないでよ。食料がないと言っている村でしょう」
リゼットが冷たい声で言う。
「布を敷いてあります」
「そういうところだけは細かいのね」
社長が大袋を押さえ、僕が木の器ですくう。十杯を超えたあたりで腕が重くなり、倉番が無言で代わってくれた。体力のなさは世界が変わっても変わらない。
大袋一つから、南畑の袋は一つと半分、家庭用なら三つ近く取れた。逆に家庭用の袋を基準にすれば、台帳上の三袋が北畑の一袋にも満たないことがある。
マルクさんは、紙へ並んだ数字を見つめた。
「では、三百八十二袋というのは……」
「大袋に直せば、もっと少ないかもしれません。小袋に直せば、もっと多いです。今のままでは、どちらとも言えません」
「十日という計算も?」
「一日に使う三十七袋の方も、大きさが混ざっています」
安心できるとも、危険だともまだ言えない。曖昧な状態が一番落ち着かない。マルクさんは帽子をかぶり直し、倉番たちは互いの顔を見た。
「だったら全部、重さで数えればいいわ」
冷却具から戻ったリゼットが言った。
「粉ひき場の秤で一度量って、袋に重さの刻印を付ける。計測盤は刻印を読めるように私が直す」
きれいな案だった。重さを一つに決めれば、袋の大きさに悩まなくて済む。
「秤まで運ぶのは、誰がやりますか」
僕が聞いた。
「倉番でしょう」
年上の倉番が、申し訳なさそうに腰へ手を当てた。
「今ある袋だけで四百近い。荷車は収穫後の修理中だ」
「新しく入る分から量るなら?」
「春までは大きな収穫がない。それまで今の袋をどうする」
リゼットの眉が寄った。技術として正しくても、今日から使えない。
僕は彼女の案を紙の端へ書いた。捨てる案ではない。荷車が戻ったとき、少しずつ重さの刻印へ替えればいい。
「今すぐは、村にある升で比べて、仮の換算を作りたいです」
「仮の数字を盤へ入れるの?」
「盤へは入れません。まず紙で一日分だけ試します」
「また紙」
「失敗しても、紙一枚なら戻せます」
リゼットはまだ納得していない顔だったが、マルクさんは倉番たちを呼びに走った。僕は彼女へ、重さで量る案も将来案として図の右上へ書いてほしいと頼んだ。
「どうして私が」
「僕はこの国の秤の使い方を知りません。分かる人が書いた方が、後で使えます」
彼女はしばらく僕を見てから、炭筆を受け取った。秤、荷車、袋の刻印を、簡潔な絵でつないでいく。僕の四角と矢印よりずっと見やすい。
「今すぐできる案と、道具が揃ったらやる案を分けるのね」
「全部を今日やろうとすると、何も始まらないことが多いので」
「あなたの前の国も、そんなに不便だったの?」
「道具は便利でした。でも、人の都合は同じでした」
納期、予算、担当者の休み。便利な国にも、今できることと後でやることがあった。
マルクさんが小さく笑った。昨日から初めて見た笑顔だった。
午後、北、南、家庭用の袋を、同じ升で何杯になるか数えた。麦だけでなく、豆と乾燥芋も量った。子どもたちが数を読み上げ、村長の奥さんが正の字に似た印を紙へ刻む。
途中で数え声が二つ重なった。十五まで数えた子と、十六まで数えた子が譲らない。もう一度最初からやる代わりに、升を空けるたび小石を一つ皿へ移すことにした。十個たまったら、大きな石一つと交換する。
魔法は使っていない。それでも、数える人が替わっても途中から続けられる。マルクさんは小石の皿を見て、「先代の倉番も似たことをしていた」と思い出した。
失われた知恵を、新しい道具だと思って持ち込む必要はない。すでに村にあるやり方を、皆が使える場所へ戻せばよかった。
作業が遊びのようになると、人が集まった。自分の家の袋を持ってくる人まで現れた。
夕方には、村で使われている袋が三種類ではなく、七種類あると分かった。けれど、よく使う三種類だけなら換算できそうだった。
僕は一日の消費量を共通の升へ直し、地下貯蔵庫のうち食べてよい分だけを加えた。種麦と祭り用は除く。
計算を二度見直した。
「どう?」
いつの間にか隣へ座っていたリゼットが尋ねた。
「今の使い方なら、十日ではなく、三十五日くらいです」
穀倉に小さなどよめきが起きた。
「冬を越すには足りないけれど、次の保存食ができるまでには間に合います。それに、まだ数えていない場所があります」
僕は、種麦と祭り用を除いたこと、地下の分を全部は当てにしていないこと、袋の換算は仮であることも伝えた。良い数字だけを見せれば安心は早い。でも、仮の安心は、次に数字が変わったとき人を余計に不安にする。
「少なくとも、今夜から食事を減らす必要はありません」
その一言で、穀倉の入口にいた村長の奥さんが胸へ手を当てた。子どもたちは三十五という数が大きいのか相談し始めた。
リゼットは僕の計算紙を取り、同じ数字を自分でも確かめた。しばらくして、紙の隅へ小さな丸を一つ描く。
「計算は合っているわ。仮だけど」
「ありがとうございます」
「お礼を言われることではない」
そう言いながら、彼女は紙を僕へ返さず、村長が見やすい高さへ貼った。
マルクさんの肩が、少しだけ下がった。
食料は不足どころか、使い方次第では余る可能性さえ出てきた。




