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第4話 紙で魔法に勝つつもり?


穀倉の床いっぱいに紙を広げると、マルクさんは扉の外で靴の泥を念入りに落とした。


「踏んだら大変そうですね」


「踏んでも大丈夫です。書き直せますから」


僕は炭筆で、村の畑、共同倉庫、各家、地下貯蔵庫を四角く描いた。昨日聞いた人の名前を書き、食料が動く方向へ矢印を引く。収穫した麦の一部は直接家へ行き、一部は倉庫へ入り、別の一部は袋を縫う家の軒下で一晩過ごす。


最初からきれいな図ではなかった。線が交差し、書く場所が足りず、紙を二枚、三枚と継ぎ足した。村人が「そこは先に粉ひき場へ行く」「雨の日だけ教会を通る」と口を挟むたび、矢印を消して描き直す。


完成した図より、皆が同じ紙を囲んで違いを口にする時間の方が大切だった。日本の会議室では画面へ映していたものを、ここでは床へ広げている。道具が変わっても、人の仕事を理解する方法はあまり変わらない。


「ここは、誰が記録しますか」


袋縫いの家を指すと、倉番の男性が顎をなでた。


「倉に入ったときだな」


「雨で二日置いた場合は?」


「まだ倉に入っていないから、記録しない」


「その間、村の在庫には入らないんですね」


「だが、麦はある」


「はい。紙の上では消えています」


マルクさんが低く唸った。


別の矢印では、各家から税として戻された豆が、いったん教会の物置へ入っていた。そこも、共同倉庫へ運ぶまでは台帳に載らない。


午前中だけで、記録されない場所が六つ見つかった。


「これまで困らなかったのは、なぜでしょう」


僕が尋ねると、年上の倉番が腕を組んだ。


「去年までは、先代の倉番が全部覚えていた。どの家が地下にどれだけ持っているか、祭りで何袋使うかもな」


「先代は?」


「娘夫婦のところへ移った。引き継ぎは、台帳を渡して終わりだ」


台帳には数字があっても、数字の意味は渡されていなかった。誰も怠けていない。ただ、知っている人がいなくなっただけだった。


僕は、それぞれの四角へ黄色い丸を付けた。黄色は悪い場所という意味ではない。ただ、「ここで一度、確認する」という目印だ。


「石板に、この六か所を加えればよいのですね」


マルクさんが期待を込めて言った。


「まだ加えません。毎日入力する人が六人増えたら、たぶん続かないので」


「では、どうするんです?」


「いつ、誰が、どこまでなら無理なく記録できるかを、もう少し見ます」


そのとき、穀倉の外で馬の鼻を鳴らす音がした。


扉の前に、灰色の外套をまとった若い女性が立っていた。明るい金茶の髪を高い位置で束ね、細長い革箱を肩に掛けている。僕より少し若く見えるが、眉間の皺には年齢以上の貫禄があった。


「村から冷却具の診断を頼まれた、リゼット・アルノーよ」


彼女は挨拶をしながら、床の紙へ視線を落とした。


「あなたが、異国から来た修理屋?」


「修理屋というか、灯り木魔道具社へ派遣されている遠野修司です。シュウで大丈夫です」


「それで、冷却具を見ずに何をしているの」


「村の食料が、どこを通っているか確認しています」


リゼットは紙の端まで歩き、地下貯蔵庫の四角、袋縫いの家、教会の物置を順に眺めた。靴が紙に触れる直前で、きれいに避ける。


「食料不足を直すのでしょう?」


「はい」


「なら、計測盤を調整して、冷却具の出力を上げればいい」


リゼットは革箱から銀色の細い棒を出し、近くの袋へ向けた。先端の石が淡く光り、袋に残った冷却魔法の濃さを示す。手つきに迷いがない。僕にはできない、本当の技術者の仕事だった。


「この穀倉の温度は高すぎる。冷却具を二割強くすれば、傷む量は減るわ」


「電気……ではなく、魔石の消費も増えますか」


「当然。交換は今の三か月ごとから、二か月ごとになる」


マルクさんの眉がさらに下がった。新しい魔石を買う金がないのだろう。


「まず、傷みやすい物がどこにあるか分けてからでもいいですか。全部を同じ温度にする必要がないかもしれません」


リゼットは銀の棒を下ろした。すぐ反論すると思ったが、床の図をもう一度見た。


「計測盤は、入れられた数を正しく足しています。入れる前の一袋が三種類あって、入っていない場所もあります」


彼女の目が、ほんの少し細くなった。


僕は昨日までの台帳と、社長が取り出した盤の履歴を見せた。


リゼットは黙って読み、冷却具を見るより先に、僕の紙の上へしゃがみ込んだ。炭筆を一本取り、共同倉庫から各家へ戻る矢印の横へ小さな記号を加える。


「ここ。冬至祭の前だけ、教会が先に配る分がある。村長の台帳には入らないはずよ」


マルクさんが額を押さえた。


「それもありました……」


「ありがとうございます。助かります」


僕が言うと、リゼットは立ち上がり、外套の埃を払った。


「勘違いしないで。あなたのやり方を認めたわけじゃない」


「はい」


「紙は燃えるし、濡れるし、人が書き忘れる。魔法の方が正確よ」


「そうですね。ただ、何を魔法に入れるかは、人が決めないといけないので」


一瞬だけ、彼女が言葉を失った。


それから床一面の紙を見回し、呆れたように息を吐いた。


「紙で魔法に勝つつもり?」


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