第54話 貸すための三条件
宿組合の会議室には、ドム、レナ、五軒の宿主、市場の代表、御者の代表が集まっていた。
僕を見ると、全員が困った顔をした。
リゼの予想どおりだった。
「今日の昼も、入口が詰まるかもしれない」
市場の代表が言う。
「空き地を貸さないとは言っていません。条件を三つ、決めたいです」
声が少し震えた。
僕は紙を見たまま話し始めそうになり、リゼの練習を思い出して顔を上げた。困っている人が十人いる。それでも、僕の条件を聞くために集まっている人たちでもある。
「最初は二週間の試用です。終わる日に、続けるか、直すか、やめるかを話します」
「二週間後、急に閉められたら困る」
市場代表が言う。
「だから、問題があれば一週間目にも知らせます。町側も、使いにくければやめられます」
一方だけが許可する契約ではなく、双方が試す期間にした。宿組合は、二週間の間に北の草地を雨でも使えるようにする費用も調べる。僕の土地しか選択肢がない状態を、永遠に続けないためだ。
僕は紙を机へ置いた。
一つ目。使えるのは昼の鐘から夕方の鐘まで。朝と夜は荷車を入れない。
「朝市の荷物は?」
「今までどおり町の入口で一台ずつ入れます。空き地を使うのは、昼の受け取りが集中する時間です」
全時間の問題を一度に解こうとしない。今詰まっている三時間だけを対象にする。
二つ目。柵、畑、土地、古い道を壊した場合は宿組合が直す。利用を終えるときは、固めた土や看板をどうするか僕と相談する。
「自然に車輪跡が付くのも破損か」
御者が聞く。
「荷ほどき場として普通に付く跡は含めません。雨で深くえぐれ、小屋へ水が流れる場合や、畑の柵が倒れた場合です」
どこまでを直すかも、具体的にした。
三つ目。僕の休日には使わない。入口へ月の札が出ている日は、静かにする。
「休日は月に何日?」
「今の契約では四日です。前月の終わりまでに、二日は日を決めます。残り二日は一週間前に知らせます」
自分で口にすると、守りたい時間が数字になった。
「急ぎの食料が来たら?」
「人の命や、腐る荷物なら例外にします。夜でも僕へ連絡してください。ただし、通常の注文を急ぎとは呼ばないでください」
「誰が緊急だと決める?」
「宿組合の当番と御者の二人で確認し、理由を一行残してください。僕が不在なら、決めた例外に当てはまる場合だけ入れます」
例外は、薬、災害用の食料、放置するとその夜に腐る生鮮品。高く売りたいから急ぐ商品は含めない。
「商人が嘘をついたら?」
「一度目は事情を聞きます。同じ人が繰り返したら、宿組合から利用を断ってください」
敵を想定して厳しい罰を作るより、まず記録し、繰り返しを見て対応する。善意で運用しつつ、利用され続けない線を置いた。
皆は顔を見合わせた。
断られると思い、胸が少し縮む。
最初に笑ったのは、レナだった。
「それだけ?」
「少なすぎますか」
「土地代を毎日払えとか、宿組合の客だけ使わせろと言われると思ったわ」
ドムも頷く。
「夜に使えないなら、夜は町へ入れればいい。壊したら直すのは当たり前だ。休日は、俺たちだって静かにしたい」
困った顔は、条件が厳しいからではなく、貸してもらえないかもしれない不安だったらしい。
「使用料は取らないのか」
御者代表が尋ねた。
「公共の荷ほどき場として、誰でも同じ条件で使うなら無料で構いません。ただ、掃除当番は町で決めてください」
掃除当番は、宿組合と市場で一日ずつ交替することになった。御者は自分の荷物から出た藁や紐を持ち帰る。井戸水は畑用の桶を使わず、町から専用桶を持ってくる。
「細かいな」
ドムが笑った。
「細かい話を後にすると、僕が毎日片づける気がします」
「それはありそうだ」
全員が頷いた。僕の性格が、すでに町へ広く知られている。
「だから先に決めます」
自分の弱点を恥じるだけでなく、仕組みで守る理由にできた。
「使用料の代わりに、毎週食事を届けるわ」
レナが即座に言う。
「それでは無料では」
「使用料じゃない。畑を貸してくれる隣人への夕飯」
「隣人に毎週は多くありませんか」
「うちは宿屋よ。余った煮込みを一鍋増やすくらい、何でもない」
ドムが条件書の余白へ、『食事は贈り物。土地の利用権とは交換しない』と書いた。返礼をやめても、土地の契約は変わらない。逆に土地を返してもらっても、友人なら食事を届ける。
「ここまで書くの?」
レナが笑う。
「混ぜない方が、気持ちよく受け取れます」
全員が印を押した。
僕は最後に署名した。以前なら、皆の印が並べば断れない圧力に感じただろう。今回は自分の条件が書かれた紙なので、署名することが許すだけでなく、守ってもらう約束にもなった。
リゼは立会人として署名し、ミナは二週間後の見直し日を宿組合の予定板へ掛けた。
「忘れたら、自動で光らせますか」
ミナがリゼへ聞く。
「今回は鐘の前に札を置けば足りる。忘れたら、そのとき考える」
リゼも、最初から魔法を足さなくなっていた。
その日の午後、町の人たちが草を刈った。畑との境に丈夫な柵を置き、荷車の進入線を白い石で示す。大きな看板は立てず、入口に昼と月の札を掛ける柱だけにした。
僕は最初の荷車が入る前に、条件を声に出して読んだ。
御者も『昼だけ、壊したら直す、月の日は休み』と復唱する。
四台の荷車が順に止まり、荷物を小さな手押し車へ移した。市場の入口は詰まらない。小屋の前も、白石の線より内側は静かなままだった。
木陰の椅子には、僕の帽子を置いた。立入禁止の目印だと御者たちは思ったようだが、僕は荷ほどきの様子を見終えると、その椅子へ座った。
車輪の音はする。それでも三歩の境界を越える人はいない。畑の月葉も踏まれず、雨水の溝も空いている。
「座れる?」
リゼが隣へ来た。
「はい。前と同じ静かさではないですが、使える場所です」
完全に何も変えず人を助けることはできない。何を譲り、何を残すかを自分で選べれば、変化を損だけには感じなかった。
夕方の鐘が鳴ると、御者たちは掃除をして全員帰った。
レナだけが、大きな鍋を抱えて残っていた。
「第一週の夕飯。土地代じゃないわよ」
僕は条件書を見なくても、今度は素直に受け取れた。




