第52話 僕の空き地
荷車の詰まりは、一時間ほどで解けた。
怪我も壊れた荷物もない。ただ、先頭の荷車が向きを変えるまで全員が待ち、市場の受け取り時刻をそろえた意味が薄れた。
「荷ほどきする場所が足りないのよ」
レナが町の地図を広げた。
市場前の広場は小さく、荷車三台でいっぱいになる。昔は宿場町の東側に荷ほどき場があったが、今は古い道ごと草に埋もれている。
地図の古い道をたどると、月の紋章が付いた境界石を通り、僕の小屋の脇へ続いていた。
「ほかに候補はありませんか」
僕たちは町の周りを一周した。
北の草地は広いが、雨が降るとぬかるむ。西は領主の放牧地で、春から家畜を入れる。南の空き倉庫前は二台しか止められない。東の古い道だけが固い地盤で、市場まで手押し車を使える距離だった。
「一番よい場所が、シュウさんの土地だった」
ミナが申し訳なさそうに言う。
候補を比べた結果なら、貸す意味はある。ただ、必要性が高いほど、こちらが断りにくくなることも分かった。
「町で土地を買う案は?」
「今すぐ買える予算はない。借りるなら、持ち主はあなた一人だ」
ドムの言葉には悪意がない。交渉相手が善人一人なら話が早い、という意味だった。その善人が条件を言わなければ、もっと早い。
「シュウさんの畑の裏ね」
胸騒ぎの理由が分かった。
ドムとレナは、その日の夕方、僕たちと一緒に小屋まで来た。
畑の脇には草地が残っている。最初に全部耕さず置いた場所だ。荷車なら四台ほど止められ、古い道を少し刈れば市場の手前で荷物を小分けにできる。
「ここを、町の荷ほどき場に貸してくれないか」
ドムが頭を下げた。
「市場の店へ行く荷物だけ、手押し車へ替える。大きな荷車は町へ入らない。皆が助かる」
「畑には入れませんか」
「柵を立てる。土も固める。明日から使いたい」
レナはすでに、入口へ置く看板の寸法を測っていた。
「今夜、町の人に草を刈ってもらうわ。明日の昼には間に合う」
頼んでいるのか、決まった予定を伝えているのか分からない。
僕は草地を見た。椅子を置き、休日に何もしないため残した場所。今のところ、使ったのは二度だけだ。一方、町の入口では御者も店主も困っている。
「公共の荷ほどき場になるなら、構いません」
答えた瞬間、胸のどこかで椅子のことが引っかかった。
畑を作る前、収穫しない土地にも役割があると言って置いた椅子だ。仕事の依頼もなく、月葉の匂いを嗅ぎながら座る場所。荷車が四台止まれば、同じ使い方はできない。
それでも、皆が助かるという言葉の方が大きく聞こえた。
「椅子は畑側へ移せばいいです」
誰にも聞かれていないのに、僕は先に譲る方法を口にした。
リゼがこちらを見た。
「どうして移すの?」
「荷車の邪魔になるので」
「君が先に置いた椅子でしょう」
「使う回数は少ないです」
「使う回数で、君の場所の価値を決めるの?」
答えられなかった。
「本当か!」
ドムが僕の手を両手で握った。
「助かる。今夜中に草を刈るぞ」
「畑と小屋へ入らないようにしてください」
「もちろんだ」
「荷車の車輪で土地が傷んだ場合は」
「皆、気をつける」
「使わなくなったら」
「便利だから使わなくなることはないわ」
その答えで、僕の土地が一時的な貸し場所ではなく、町の設備として扱われ始めていると分かった。
看板、固い道、掃除当番。便利になれば、次は倉庫が欲しくなるかもしれない。雨よけ、馬の水場、夜の灯り。どれも一つずつなら、断るほどではないと思いそうだ。
「期限を決めましょうか」
僕がようやく言うと、レナは驚いた。
「町が困らなくなるまで?」
終わりの分からない期限だった。
「半年試して、その後は見直す、では?」
ドムは頷きかけたが、すぐ市場の混雑を思い出したように測量紐を広げた。
「細かい話は、使いながら決めよう。まず明日だ」
僕が最も受け入れやすい言葉だった。まず助けて、条件は後。だからこそ危なかった。
レナは笑った。
僕も、まあいいかと思いかけた。土地を売るわけではない。使っていない空き地で皆が助かるなら、その方がよい。
ところが、隣で黙っていたリゼが、測量紐をレナの手から取った。
「やめて」
低い声だった。
「リゼ?」
「今日は測らない。草も刈らない。町の人を呼んでいるなら、止めて」
リゼが本気で怒るのを、僕は初めて見た。
自動板を止めたときも、測定具がひび割れたときも、声は鋭くても考える余地があった。今は、僕が自分の生活を無かったことにしたのが許せないという怒りだった。
「リゼさんには関係ない土地でしょう」
レナが慎重に言う。
「所有者はシュウ。でも、私はこの人が休む場所を一緒に作った。畑も掘った。関係がないとは思わない」
彼女は所有権を主張しているのではない。僕が一人では数えなかった損を、隣で数えてくれていた。
「私が決めるとは言ってない。シュウに、決めないまま渡させないと言ってるの」
その違いは大きかった。
夫婦が戸惑う。
「でも、シュウさんはいいと言ったぞ」
「何を、いつまで、どう使うことにいいと言ったの?」
「荷ほどき場だ」
「朝から夜まで? 毎日? 何台? 畑の柵が壊れたら誰が直す? 夜中に荷車が来たら? この人が休みたい日は?」
ドムは一つも答えられなかった。
「公共のためだから」
僕が間に入る。
リゼは僕を見た。普段の呆れた目ではない。本気で怒っていた。
「公共という言葉で、君の家を誰でも使える場所にしないで」
「でも、空いている土地です」
「君の土地よ。空いていることは、持ち主がいないことじゃない」
畑の端で、月葉が風に揺れた。
「明日までに、条件を決める。決まらなければ貸さない」
リゼは、僕の代わりではなく、僕へ向かってはっきり言った。




