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第51話 宿の札を市場へ持ち込まない

「同じ札を市場で使うのは、待ってください」


僕が言うと、店主たちは一斉に不満を口にした。


「宿で使えたんだろう」


「色をやめて、数を言えばいいんだろう」


「案内所で全部受け付ければ、店も楽になる」


似ているようで、仕事は違う。


宿の予約は、一人の旅人を一軒の宿へ割り当てる。市場の注文は、同じ客が肉屋、パン屋、野菜屋へ別々に頼み、一つの荷車へまとめて受け取ることもある。


「明日の朝、市場を見せてもらえますか。その後で考えます」


「調査の日数は、宿の契約に入っているのか」


市場代表が聞いた。


よい質問だった。僕たちの契約相手は宿組合で、市場の改善は範囲外だ。


「明日の二時間は、宿の予約に関係する市場の流れとして見ます。それを越えて店ごとの仕組みを作るなら、別の依頼にしてください」


自分から作業範囲を区切れた。リゼが横で何も言わず、契約書へ時刻を書き足す。


「二時間で足りなかったら?」


「分かったことだけを伝えます。続けるかは、その後に決めましょう」


店主たちは了承した。困った顔をされても、条件を引っ込めずに話せた。


「今夜できないのか」


「今夜作ると、明日の昼に外すことになるかもしれません」


赤炉工房の自動板を話すと、店主たちはしぶしぶ帰った。ドムが「昔の槌の話も付ければもっと効く」と笑う。失敗談が、急ぎすぎを止める共有財産になっていた。


翌朝、市場は鐘と同時に開いた。


注文の入口は店ごとに違う。肉屋は木串、パン屋は布切れ、野菜屋は籠へ入れた石、香辛料屋は色粉を付けた紙。文字を読めない客でも頼めるよう、長く工夫されてきた方法だった。


「全部、宿の受付札へ写したら?」


ミナが試しに言う。


肉一塊、丸パン六個、根菜一籠。品目、数、受取日、客名。宿より項目が多く、店によって量の単位も違う。


「紙が大きくなるわ」


リゼが言う。


「書けない客は、結局店員が全部聞くことになります」


さらに、注文の変更が多い。肉が小さければ二塊、赤実がなければ青実、パンが焼けなければ粉で受け取る。中央の案内所が全商品の事情を覚えるのは難しい。


「注文は、今までどおり店ごとに受けましょう」


店主たちは拍子抜けした顔をした。


「何も変えないのか」


「今の札には、商品を間違えにくくする工夫があります」


肉屋の木串は、長さで肉の大きさが分かる。パン屋の布は、白が丸パン、縞が固い旅パン。野菜屋の石は重さそのものが一籠の目安になっている。


宿の紙札へ変えれば、文字や絵を増やさなければならない。今の道具の方が、その店の仕事には合っていた。


「古いから直すのではありません。困っている部分だけ見ます」


店主たちは自分たちの工夫を認められ、少し誇らしそうになった。


「一番困るのは、どこですか」


聞くと、客も店主も同じ答えだった。


受け取り時間である。


客は朝に注文し、昼に荷車で取りに来る。肉屋は昼の鐘、パン屋は鐘の少し前、野菜屋は日が真上、香辛料屋は客が来たら。表現が違うため、客は市場を何周もする。


店主は客が来ないと思って品を片づけ、戻った客と行き違う。宿泊客なら、出発時刻にも間に合わない。


「受け取り時間だけ、三つに分けませんか」


朝の二番鐘。昼の鐘。夕方の一番鐘。


市場の鐘は、遠い店では聞こえにくい。そこで朝は昇る太陽、昼は真上の太陽、夕方は沈む太陽の押し型を使った。三つの時刻を絵で覚え、店主は注文時に必ず声でも伝える。


「昼の鐘で、肉一塊。復唱してください」


「昼の鐘で、肉一塊」


宿の空室で使った一手間を、注文にも取り入れた。ただし、品物の内容を共通化せず、店が元から使う串や布と一緒に渡す。


客は複数の札を一つの紐へ、時刻順に通した。昼の印が三枚まとまり、夕方が一枚。どの店へ戻るかは、札の素材で分かる。


店は注文を受けるとき、自分の札へ三つの印のどれかを付ける。客は店ごとの札を持ち、同じ時刻の物をまとめて受け取る。


「肉が昼に間に合わなかったら?」


「注文時に夕方を選びます。途中で遅れると分かったら、客が泊まる宿へ伝言します」


全ての商品を共通台帳へ入れず、客と店の約束だけを同じ三つの時刻へ合わせる。


午前、旅人の夫婦が四店へ注文した。肉、パン、根菜は昼。薬草茶だけ夕方。夫婦は昼に三店を一度で回り、宿へ戻った。夕方の茶は、出発が翌朝なので宿のニアが受け取りを手伝った。


「宿の仕組みを使ったのは、時刻だけですね」


ミナが言う。


「同じ形をコピーするのではなく、同じ問題だけ共通にします」


店主たちは、自分の注文札を捨てずに済んだので喜んだ。新しく必要なのは、朝、昼、夕方を示す三つの小さな刻印だけ。リゼが持ち運べる押し型を作り、各店が自分で札へ付けられるようにした。


三日試すと、受け取りに来ない品は半分以下になった。旅人は待ち時間に食堂で食事をし、市場の売上も少し増えた。


店主の仕事も変わった。いつ来るか分からない客を一日待たず、昼の分を昼前に一か所へ並べられる。夕方の品は奥へ保管し、作業台を空けられた。


一方で、昼の印を選ぶ客が多すぎることも分かった。


「一番分かりやすいから」と旅人は言う。店も、迷えば昼を勧める。結果として、便利な時刻へ全員が集まった。


僕たちは昼の受取を、鐘の前と後の二回に増やす案を考えたが、すぐには実施しなかった。鐘を増やせば宿の食事時刻と混ざる。まず、荷車がどこで止まっているかを見る。


市場へ来た二十台のうち、実際に大きな荷物を積むのは六台。残りは一、二袋を受け取るだけなのに、全車が店先まで入っていた。


「荷車から降りて持てませんか」


「町の外へ置く場所がない。道に置けば、ほかの車を塞ぐ」


時刻の問題の次に、場所の問題が見えた。


ところが、昼の鐘に受け取りが集中した。


市場へ入る荷車、宿へ向かう馬車、空室を伝える子ども。町の入口の細い道へ一度に集まり、車輪が互いに引っかかった。


「動くな!」


御者が声を上げるが、後ろからも荷車が来る。


予約と注文は整ったのに、町の入口だけが荷車で塞がった。

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