第50話 五室、ともう一度言う
翌朝から、五軒の宿は空室数を声で伝えることにした。
道の縁亭では、ドム、レナ、ニアの三人で部屋を数える。鍵がない三室は宿泊中。予約札付きが二室。掃除前が一室。十室からそれらを除き、今日受け入れられるのは四室だった。
「空いている部屋は五つよ」
レナが言う。
「掃除前を入れればな」
ドムが返す。
「昼までに掃除できるわ」
「今日は料理の仕込みもある」
以前なら、どちらかが自分の考えで札を出した。今日は案内所へ伝える前に、受け入れられる数を相談する。
「四つにしましょう。掃除が終わったら、一つ増やせます」
ニアが大人のようにまとめた。
配達役の子どもが案内所へ走る。
「道の縁亭、今夜、四室!」
「道の縁亭、今夜、四室」
案内係が復唱し、木板へ正の字の線を四本引いた。線が一本消えるたび、旅人を一組案内する。部屋数と組数が違う場合は、受付札の部屋欄だけ減らす。
最初の二軒はうまくいった。
三軒目の子が「旅靴亭、今日、九室」と叫ぶ。案内係は「旅靴亭、今日、四室」と聞き、四本だけ線を引いた。
「九室です!」
復唱が違ったため、子どもがその場で直した。
「声だけだと間違いますね」
ミナが言う。
「だから、もう一度言う手間を残します」
木札には宿の紋章と数だけを刻んだ。配達中に忘れたときの控えで、案内係は必ず声も聞く。声と札が違えば、その場で宿へ確認する。
数札は一から十まで用意せず、一、二、五の三種類にした。七室なら五と二、九室なら五と二と二。札が一枚なくなっても大きく数を間違えにくい。
「数字の九を逆さに持つ心配もありません」
ミナが言った。
リゼは札へ小さな溝を彫り、触っても一、二、五が分かるようにした。魔力を使わない加工だが、夜や雨でも確認できる。
「声だけでいいと言ったのに、結局札も作るんですね」
配達役の子が聞く。
「声は相手と確かめるため。札は、走っている途中に忘れないためです。どちらか一つを完全にするのではなく、苦手なところだけ支え合います」
子どもは七を示す札を紐へ通し、『五、二』と声に出してから出発した。
午前中、旅人が六組来た。
一組目は一部屋。道の縁亭が四から三。二組目は馬付きで旅靴亭。三組目は親子五人で二部屋。空室数は一度ずつ減り、宿から追加の知らせが来るまでは増やさない。
昼、道の縁亭の掃除が終わった。
ニアが今度は自分で案内所へ来た。
「道の縁亭、今夜、一室増えて、四室!」
「道の縁亭、今夜、四室」
案内係が復唱する。
「合ってます!」
案内所の係は、増えた理由も板の端へ一言書いた。『掃除完了』。急に数が増えると、予約を消したのではないかと疑う宿主もいるためだ。
逆に一室減った場合も、『旅人一組』『修理』『宿主都合』の三つだけを記録する。細かな客名は宿の帳面へ残し、案内所では数の増減理由だけを見る。
夕方、道の縁亭の一室で窓金具が外れた。泊められないため、ニアが「四から一つ減って三、修理」と伝える。
案内係は「道の縁亭、今夜、三室。修理で一つ減った」と復唱した。
金具が直ればまた増やせる。故障した部屋を無理に使わず、数へ反映できた。
ニアは満足そうに戻った。
色の意味を一つに決めなくても、今夜何室受けられるかは共有できた。宿の内側では相変わらず赤や緑の札が使われている。ドムとレナは、案内所へ伝える前だけ同じ鍵を数える。
「この仕組みを、夜の途中でも使えますか」
宿主の一人が聞いた。
「案内所が閉まった後は、中央の鐘を使いましょう」
空室が残る宿は、夜の鐘の前に一度だけ数を知らせる。案内所の扉へ五軒分の板を掛け、遅い旅人は自分で宿へ行く。宿が埋まったら、宿主が線を消しに来る。
何度も更新すると負担が増えるため、朝、昼、夜の三回だけにした。急な団体が来た場合は例外として知らせる。
夕方、断られた旅人は一人もいなかった。二重予約もない。五軒合わせて空きは三室残り、宿主たちは無理なく客を受け入れられた。
旅人にも感想を聞いた。
ベンは、案内所で何度も別の宿へ行けと言われずに済んだと言う。アーシュは自分の青札をそのまま使え、控えの宿紋章も分かりやすかった。五人家族の母親は、二部屋が隣同士かどうかを宿で確認できたので、受付の列で長く説明せずに済んだ。
一方、夜遅く来た御者は、案内所が閉まった後の板を見ても宿への道が分からなかった。翌日から、宿の紋章の下に街道から曲がる回数だけ矢印を足すことにした。
初日で完成ではない。使った人の困りごとを一つずつ、入口へ戻す。
宿主の睡眠も記録した。ドム六時間、レナ七時間。数字を聞いたニアが一番喜んだ。
「今日は、二人とも朝ご飯を食べたよ」
空室以外にも、見えるようになった余裕があった。
「空きが残ったなら、失敗じゃないか」
ドムが言う。
「満室にすることが目的ではありません。旅人が寝る場所を見つけ、宿が受けられる数で働くことが目的です」
レナは四時間ではなく七時間寝られる見込みだという。それも結果に入れた。
僕たちが道の縁亭で夕食を取っていると、入口が急に騒がしくなった。
市場の店主たちが、色も形も違う注文札を抱えて十人ほど立っている。
「宿だけ先に便利にするなんて、ずるいぞ」
「うちの注文も同じ札で整理してくれ」
店主たちは、僕の返事を待たず食堂へ押しかけてきた。




