第47話 赤、緑、それから青
最初の日は、道の縁亭だけを直さず、宿場町の五軒を歩いた。
一軒目では、赤が満室、緑が空室。街道の信号と同じ考え方だ。
二軒目では、赤が空室、緑が使用中。暖炉に火が入る前の赤い部屋札を、空きとして使っていた名残だという。
三軒目は、札の表が赤、裏が緑。表になっている方ではなく、裏へ隠れた色が部屋の状態だった。
「見えている緑は、赤が使われているという意味だ」
説明を聞いても、一度では理解できなかった。
四軒目は色を使わず、鍵が壁にあれば空室。五軒目は朝と夜で意味を変える。昼は掃除済みを緑、夜は使用中を緑にしていた。
「全部、間違いではないんですね」
ミナが記録する。
「それぞれの宿の中では、長く使えています」
僕たちは大きな紙へ、五軒の使い方を横に並べた。
道の縁亭は、ドムの赤が空き、レナの赤が満室。森角亭は赤が満室。白樽亭は見えている色の裏が状態。旅靴亭は鍵。月窓亭は昼夜で意味が変わる。
表を見た宿主たちは、最初は互いの方法を笑った。
「見えない裏の色を使うなんて、分かりにくい」
「お前の宿は夫婦でも意味が違うじゃないか」
けれど、なぜその方法になったかを一軒ずつ聞くと、笑いは止まった。
白樽亭では、表の色が厨房への指示、裏が受付への指示だった。旅靴亭は文字を読めない祖父が鍵で管理していた。月窓亭は昼に掃除係、夜に受付係が見るため、同じ緑を別の時間に使っていた。
「今のやり方を全部捨てろと言われたら、困りますか」
全員が頷く。
「では、宿の中は今のままにします。外へ知らせるところだけ考えましょう」
自分たちの事情を理解してもらえたことで、宿主たちも他の宿の方法を否定しなくなった。
問題は、宿の外に置いた共通看板へ、宿の中の意味をそのまま出したことだった。
食堂でも、赤と緑は違っていた。
赤札は、ある店では料理が売り切れ。別の店では火を入れて営業中。緑札は野菜料理の日を示す店もあった。
市場では、赤い紐が値引き品、緑は予約品。ところが隣の露店では、赤が注文済み、緑が自由に買える品だった。
「町全体で色を統一しますか」
リゼが尋ねる。
宿組合のドムは、すぐ頷いた。
「赤を満室に決めればいい」
レナは反対する。
「市場の赤札まで全部替えるの? お年寄りは何十年も使ってるのよ」
一つの意味にそろえれば分かりやすい。ただ、全ての店の札、看板、習慣を変える費用と時間が要る。観光客のために町の人が自分の店で迷い始めたら、逆だった。
リゼは色の札を魔法で切り替える案を出した。宿の内部では赤でも、案内所へ届く光だけ共通の白に変換する。技術的には作れるという。
「五軒へ装置を置く費用は?」
ドムが聞く。
リゼが数字を書くと、宿主たちは静かになった。小さな宿の一か月分の利益に近い。
「壊れたとき、誰が直しますか」
「灯り木へ送れば直せる。でも、その間は使えない」
「まず、人が伝える方法を試しましょう。夕方の一時間だけでも、今より早くなれば十分です」
リゼは嫌な顔をせず、費用の紙を失敗表へ挟んだ。使わなかった案も、将来客が増えたときの選択肢にはなる。
「外から来た人が、どこを見ますか」
僕たちは宿場の入口へ戻った。
旅人はまず案内所へ行き、空いている宿を聞く。案内所の係は五軒へ子どもを走らせ、色を聞く。それぞれの色の意味を帳面で変換し、旅人へ答える。
走る子どもたちにも話を聞いた。
「森角亭の赤は満室、道の縁亭の赤は、ドムおじさんなら空き、レナおばさんなら満室」
八歳の子が完璧に覚えていた。
「間違えませんか」
「たまに。でも、間違えたら宿のお菓子をもらえない」
罰というほどではないが、複雑な仕組みの負担が一番立場の弱い子どもへ集まっている。日が暮れても五軒を走り、客に急かされる。
「空きの数だけ聞いて、そのまま声で伝えられれば?」
「色を覚えなくていい。でも走るのは同じ」
まず意味を変換する仕事だけ減らせる。走らなくて済む方法は、その次に考えることにした。
ただし夕方は客が集中し、子どもが戻る前に部屋が埋まる。案内所の情報は、受け取った時点で古くなっていた。
「宿の内側は変えず、案内所へ送る合図だけ一つにできますか」
僕が提案すると、宿主たちは考え込んだ。
空きがあるか、何室か、いつの宿泊か。必要なのは、色の意味よりその三つだった。
そのとき、案内所の箱から青い札が一枚落ちた。
丸い木札に、波のような白線が描かれている。宿主たちは誰も使っていないと言う。
「昨日来た隣国の旅人が置いていった札だ」
案内係が思い出した。
隣国の言葉で、『部屋を一つ予約した』という意味らしい。ただし、日付も宿名もない。
青い札の裏には、香辛料の粉が少し付いていた。市場の荷札にも見え、誰かが商品予約と勘違いして箱へ入れた可能性もある。
「隣国では、青は全部予約ですか」
案内係は知らない。言葉を通訳できる商人も、今日は市場へ出ていた。
色の意味を推測して処理せず、持ち主が戻るまで『確認待ち』の場所へ置くことにした。薬房の三角札と同じ、止まるための扱いだ。
「その人は、どこに泊まったんですか」
「まだ泊まってない。今夜戻ると言っていた」
青い札の持ち主が、どの宿のどの部屋を予約したのか、誰にも分からなかった。




