第43話 収穫より先の水やり表
ミナが灯り木へ来て三日目、小屋の脇へ畑を作りたいと言った。
僕が麦穂村でもらった小屋は、灯り木魔道具社から歩いて十五分ほどの場所にある。村と町を結ぶ古い道のそばで、裏手には草の生えた細長い土地が付いていた。
「ここなら、薬草鉢を外へ出せます。野菜も少し作れば、夕飯に使えます」
「土地の所有は確認しましたか」
「マルク村長へ手紙を出しました。小屋の柵から古い石垣まで、シュウさんが使ってよい土地です」
ミナは返事まで用意していた。
「畑を作っていいですか」
僕が尋ねると、彼女は笑った。
「その許可を、今取っています」
僕の土地なのに、自分で使う判断に慣れていない。借りた席のように感じていたが、麦穂村から正式にもらった場所だ。
「では、お願いします。一緒に作りましょう」
使ってよいと分かっても、土地の全部を耕すことはしなかった。細長い土地のうち、小屋に近い三歩分だけ。残りは草地のままにする。
「もっと植えられますよ」
ミナが言う。
「最初から広げると、水やりも草取りも増えます。三週間続いたら、次を考えましょう」
麦穂村で食料を数えた僕が、自分の畑では収穫を増やしすぎない。少しおかしかったが、生活へ仕事を増やしすぎないためには大事だった。
畑に使わない場所には、休日用の椅子を一つ置くことにした。収穫しない土地にも役割がある。
最初の休日、社長とリゼも来た。
社長は鍬、リゼは土の魔力を測る石、ミナは苗と種、僕は紙と木札を持っている。
「畑仕事に紙が要りますか」
社長が聞く。
「誰が水をやるか決めないと、全員がやったり、誰もやらなかったりします」
「まず耕しましょう」
正論だった。
僕は土を三回掘ったところで息が上がった。鍬は見た目より重く、根が絡むたび腕へ響く。リゼは測定石を置くと、僕から鍬を取り上げた。
「体力がないなら、苗の間隔を決めて」
「まだ耕していないのに?」
「できる仕事から分けるの」
社長は僕の掘った三か所を見て、鍬の刃が斜めだと教えた。力で振り下ろすのではなく、足を使って浅く差し、土を持ち上げすぎない。
試すと少し楽になった。それでも十回で休憩が必要だった。
「前の世界でも、外の仕事はしなかったんですか」
ミナが聞く。
「ほとんど座っていました。歩くのは駅と職場の間くらいです」
「駅?」
「馬車が何十台分もつながって、決まった道を走る乗り物です」
説明すると、リゼが鍬を止めた。
「その動く仕組み、あとで詳しく」
「今日は畑です」
僕が言い返すと、皆が笑った。仕事を止める側へ回れたのは、少し嬉しい。
疲れたら椅子へ座り、息が戻ったら紐を張る。自分の体力に合わせても、四人の作業は止まらない。役割分担は、弱いところを隠すためではなく、皆が無理なく続けるためにある。
僕は紐へ手のひら二つ分ごとに印を付け、畝の端へ張った。ミナが印の位置へ苗を置き、社長とリゼが土を返す。僕一人では半日かかりそうな場所が、午前中に畑らしくなった。
植えたのは、香りのよい月葉、傷薬にも使える白綿草、煮込み向けの丸根菜、甘い赤実。それぞれ育つ速さも水の量も違う。
「毎日、私が見ます」
ミナが言った。
「薬房へ戻る日は?」
「出発前に多めに水を」
「多すぎると白綿草の根が腐るわ」
リゼが土の数値を見せた。
そこで僕の紙の出番になった。
一週間を七つの升目にし、朝と夕方へ分ける。ミナがいる日は葉の印、僕は炎、社長は木、リゼは月。水やりをした人は自分の印を裏返す。
「四人で毎日見る必要はありません」
乾きやすい赤実だけ毎朝。丸根菜は二日に一度。月葉は土の表面が乾いたとき。白綿草は雨が二日なければ水をやる。
「条件が多いです」
社長が言う。
確かに、初心者四人が毎朝判断すれば、畑より札を見る時間が長くなる。
僕は最初、植物ごとに札を四枚作り、晴れ、曇り、雨で水量を三段階にする表まで描いていた。ミナはその紙を見て、丸根菜の苗を一本、僕の前へ置いた。
「この葉、少し下を向いています。水が欲しいと思いますか」
表では、昨日雨だったので水なしだ。しかし土を触ると、風で乾いていた。
「少し必要です」
「表より土の方が早いです」
植物を管理しやすい数字へ変えすぎると、目の前の状態を見なくなる。大型魔道具ではなく手で触れる一手間を残すのと同じだった。
僕は複雑な表へ赤い線を引き、失敗案として畑の帳面に挟んだ。
ミナが土へ指を入れた。
「第一関節まで乾いていたら水。湿っていたらやらない。赤実だけは毎朝少し。それでどうですか」
三行に減った。
水やり当番は一日一人。迷ったら土を触る。雨の日は雫の札を置き、当番は何もしなくてよい。
「収穫の担当は?」
リゼが聞く。
「まだ芽も出ていません」
「あなたなら決めると思った」
僕は収穫表を書きかけ、皆に止められた。
最初の一週間、僕は毎朝畑を見た。当番でない日にも気になったが、水をやらずに土へ触るだけにした。二日目は雨。雫札を置き、全員が何もしなかった。三日目、社長が忘れたが、夕方に札が表のままだと気づき、ミナが水をやった。
「忘れた人へ罰は?」
「ありません。夕方までに誰も気づかなければ、札の置き場所を変えます」
四日目から、札を会社の入口へ置いた。朝必ず通る場所なので、忘れなくなった。
一週間後、赤実の小さな芽が出た。
二週目には、当番でない人が水をやりたくなる問題が起きた。朝の芽が可愛くて、社長が少し、ルカが配達の途中に少し、僕が夕方に少し。全員が「少しだけ」と思い、赤実の土が泥になった。
「善意の重複ですね」
ミナが葉を拭きながら言う。
水をやったら、当番でなくても札を裏返す。裏なら追加しない。翌日は全員で何もせず待つ。赤実は二日後、また葉を上げた。
助ける人が多いこと自体は悪くない。誰かがもう助けたと分かる合図が必要だった。
三週目、収穫前の丸根菜を一本だけ抜き、育ち方を確かめた。まだ小さいので土へ戻せない。皆で薄く切り、昼のスープへ入れた。
「調査で一本減りました」
「食べたなら無駄ではありません」
ミナの基準は温かくて実用的だった。
僕たちは収穫量より、まず一週間続いたことを喜んだ。
次の畝を作ろうと、ミナが畑の端へ鍬を入れる。金属の先が硬い物へ当たり、澄んだ音を立てた。
土をどけると、角の丸い石が半分埋まっている。
表面には、宿の屋根と一本の道を組み合わせた古い紋章が刻まれていた。




