第41話 早く来た注文
「十本全部を、今日出す必要はありますか」
僕がルカへ尋ねた。
注文札には『咳静め十本、急ぎ』とある。急ぎという言葉だけでは、いつ、何本必要なのか分からない。
ルカは東の谷から来た御者を呼んだ。
「今夜、村へ戻ります。咳のひどい人が三人いて、残りは冬の備えです」
「今夜使う分は?」
「三本あれば足ります。次の便は二日後です」
「急ぎ」と書いたのは、谷のまとめ役だった。過去に薬が足りなくなった経験から、冬は何でも急ぎと書くようになったらしい。
「急ぎの意味を、今夜分、二日以内、備えの三つに分けませんか」
ルカが注文札の裏へ、太陽が沈む絵、太陽が二つ並ぶ絵、箱の絵を描いた。文字の書けない集落でも、次から使える。
ただし、札がない注文を断ることはしない。電話もない世界では、口伝や急な使いも来る。受付で三つのどれかを聞き返し、こちらで印を付ける。
「先方に規則を守らせるためではなく、僕たちが確認を忘れないための印ですね」
ミナが言った。
道具の目的を彼女が先に言えるようになっている。
急ぎなのは十本ではなく、三本だった。
ミナが提案した。
「今日は五本。二日後に残り五本をルカが届けます。こちらの村には七本残し、明後日の調合まで使います」
セラは念のため、乾燥小屋へ調合日の確認札を送った。『明後日』という言葉は、受け取る時刻によってずれる。札には月の位置と朝の鐘を書き、いつまでかをそろえる。
乾燥職人からは、『朝の鐘二つ目までに届ける』と返事が来た。
「もし雨で乾かなかったら?」
「明日の夕方までに青札を返してもらいます。そうしたら東の谷へ、二便目が一日遅れると先に伝えます」
順調な予定だけでなく、外れたときの連絡も決めた。失敗を起こさないためではなく、予定外を小さくするためだ。
御者はすぐ同意した。十本揃うまで待つより、必要な分を先に持ち帰れる。
「注文を分けると、配達が二回になります」
セラが言う。
「二日後の定期便へ載せます。特別な馬車は出しません」
ルカが道の予定を確認した。余分な費用も増えない。
以前なら、セラは村の在庫を全部渡し、あとで自分たちが夜通し調合したかもしれない。今は、棚の数、毎日の線、次の乾燥日が見えている。助けたい気持ちは同じでも、皆が困らない分け方を選べた。
五本を揃える作業は、十分ほどで終わった。
箱には仕切りを入れた。今夜使う三本は太陽の絵側、備えの二本は箱の絵側。谷の薬師が開けたとき、どちらから渡すか迷わない。
「同じ薬なのに分けますか」
御者が聞く。
「中身は同じです。使う時期だけ違います。急ぎの人へ先に届いたことを確認しやすくします」
荷札には、薬の名前を三つ並べた。咳静め、冬息、谷での呼び名である風止め。鈴の印も付ける。別名のために受け取りを断られることがないようにした。
リゼは保冷石の残量を測り、二日持つことを確認する。僕が流れを見ても、薬の品質、輸送、現地での判断には、それぞれ別の担当が必要だった。
炎の札から棚へ行く。鈴の材料印を確かめる。古い瓶から先に選ぶ。質問札は患者本人がいないため使わず、集落の薬師が量を決めることを荷札へ書く。夜森の滴のような例外薬は含めない。
「前は、一本ずつ名前を探していました」
ルカが箱を閉じる。
「今日は僕でも揃えられた」
「最後の確認は薬師さんにしてもらってください」
「分かってる。僕は運ぶ担当」
役割の範囲を、自分で言えるようになっていた。
東の谷への荷車が出たあと、村の患者が二人来た。咳静めを一本ずつ渡し、残りは五本。予測どおりだった。
翌日、使用札には一本線。明後日の朝、乾燥した朝鳴り葉が届き、ミナたちは咳静めを六本作った。
ルカが残り五本を背負い籠へ入れる。
「今回は、帰りの馬車代を持ちました」
彼は財布を二度確かめた。
「宿代は?」
「一泊する予定だから、薬房からもらいました。使わなかったら返します」
貸した物、払った物、仕事の費用。温泉での話を少年も覚えていた。
「一人では行かないんですよね」
「御者さんと一緒です」
ルカは胸を張り、二日目の便へ乗った。
夕方、東の谷から小さな鐘の伝言が届いた。十本すべて受け取り、急ぎの三人にも間に合ったという。薬房では、誰も夜まで残らなかった。
伝言には、谷の薬師からの質問も付いていた。
『箱の絵側の二本を、備えとして一か月置けるか』
セラは保存期限を確認し、『二週間。使わなければ次の便で新しい物と替える』と返した。届けて終わりではなく、使われなかった薬が古くならないところまで見ている。
ミナは使用札へ、東の谷へ出した分を別の木棒で記録した。村の患者が使った量と、大口の注文を混ぜないためだ。急に十本減っても、日々の需要が増えたと誤解しない。
「記録を増やしすぎませんか」
僕が尋ねると、彼女は木棒を二色だけ見せた。
「村で使った分と、村の外へ出した分。二つだけです」
増やす前に目的を説明できるなら、よい追加だと思った。
案件の三日契約は、延長を含めて十日になっていた。最後の日、セラは僕へ請求確認書を渡した。報酬は二か月後。患者の待ち時間は、平均で半分以下になっている。
「今すぐ渡せる銀貨はありません」
「契約どおりです」
僕は請求確認書に、支払日と額が書かれていることを確かめた。以前なら「贈り物をもらったので、もういいです」と言ったかもしれない。今回は言わない。
「二か月後、受け取りに来られなければ灯り木へ送ってください。送金費は報酬から引いて構いません」
「はい。必ず払います」
お金を受け取る約束を守ることも、相手の誠意を受け取ることなのだろう。
「だから、これは報酬ではありません」
セラは大きな籠を出した。
中には、ミナの好物だという蜂蜜漬けの木の実。薬草茶。保存の利く丸パン。そして、木の食器が五組入っていた。
「五組?」
「バルドさん、リゼさん、シュウさん、ミナ。それから、これから食卓に増える誰かの分」
「家族用の組です」
ミナが恥ずかしそうに付け足した。
僕は四人分で十分だと言いかけたが、空いている一組を返す理由もなかった。
「受け取ってください。お金とは別です」
セラは、僕が聞く前にそう言った。
籠を持ったミナと一緒に、僕たちは灯り木へ帰ることになった。




