第40話 一日一つの印
ミナが灯り木へ行く前に、薬房で最後に整えたいものがあった。
薬の使用量である。
棚をまとめたことで、今いくつあるかは分かるようになった。けれど、次にいつ足りなくなるかは、セラの感覚に頼っている。
「毎日、全部の瓶を数えますか」
手伝いが嫌そうな顔をした。
薬は百種類以上ある。液体は匙で測らなければ正確な残量が分からず、粉は湿気でも重さが変わる。毎晩全部を数えれば、それだけで薬房を閉めるのが遅くなる。
実際に、試しで十本だけ測ってみた。一人が瓶を棚から出し、一人が量り、一人が帳面へ書く。十本で二十分かかった。百本なら三時間以上になる。
「毎日三時間なら、正確です」
調合師が真面目に言った。
「三日目には、たぶん誰もやらなくなります」
「私はやります」
セラが言い、ミナが即座に首を振った。
「先生が夜中に一人でやる仕組みは、続いているとは言いません」
以前なら言えなかった言葉だろう。セラは反論せず、測り終えた十本を棚へ戻した。
正確さを少し下げても、毎日続けられ、足りなくなる前に気づければ目的は果たせる。
「一日一つだけ、印を残しましょう」
僕は、よく使う二十種類の札を作った。
薬を棚から出したら、瓶の本数や匙の量を細かく書かず、札へ線を一本引く。その日、一度でも使ったという印だ。特に多く使った日だけ二本にする。
最初は瓶ごとに紙札を結んだが、液体をこぼした手で触ると線がにじんだ。翌日には、昨日と今日の印が区別できない。
「焼き物札にしますか」
リゼが待っていたように言う。
「二十枚なら、お願いしてもいいですか」
彼女は薄い粘土板へ五つの小穴を開け、棚の前に掛けた。使った日は、穴へ細い木棒を一本差す。五日たったら全部抜き、週の記録だけ帳面へ移す。
魔法は使わなかったが、リゼは穴の間隔を揃える型を作った。手で作れる部分を助ける道具だ。
「自動で数えなくていいの?」
ミナが尋ねる。
「線を付ける手間が、使ったと気づく合図になるから」とリゼが答えた。
赤炉工房での失敗が、彼女自身の判断に変わっていた。
「それで、残りが分かりますか」
「正確には分かりません。でも、毎日のように線が付く薬から先に確認できます」
木棒は一本か二本だけなので、使った量が少ない日と多い日しか分からない。中くらいはどうするか、という質問も出た。
「中くらいを増やすと、毎回迷います。迷ったら一本。棚が思ったより早く減ったとき、二本にする基準を直しましょう」
記録の細かさより、皆が同じ判断をしやすいことを優先した。
一週間後に、実際の残量と木棒の数を比べる予定も入れた。予測が外れた薬だけ、別の数え方を考える。全種類へ難しい方法を広げない。
数える対象を絞るための記録だった。
薬房を閉める前に、線が五日続いた札だけ棚を確かめる。残りが三日分より少なければ黄色札、次の調合までに足りなければ赤い補充札を付ける。
「三日分は、どう決めるんですか」
「最初はセラさんの経験を借ります。使いながら直しましょう」
完璧な予測盤は作らない。薬の需要は天気や流行でも変わる。毎日の小さな印と、現場の感覚を組み合わせる。
初日は、咳静め、傷薬、腰の粉、熱冷ましに線が付いた。
二日目も同じ四つ。三日目は雨で患者が少なく、腰の粉だけ。四日目、急に冷え込み、咳静めへ二本線が付いた。
ミナは朝、最初に札を見るようになった。
「咳静めが四日で五本です。棚には七本。次の市場まで足りますか」
セラと一緒に確認すると、普段なら足りるが、寒さが続けば危ない。乾燥小屋へ鈴印の朝鳴り葉がどのくらいあるか尋ねる。
「袋二つ。昨日、畑から青い線付きで来た。少なめだ」
工程をつないだ印が役に立った。調合できるのは瓶八本ほど。棚と合わせて十五本なら、次の採取まで持ちそうだ。
「作らなくていいんですか」
「全部を今作ると、別の薬が遅れます。明日も二本線なら、半分だけ作りましょう」
ミナが決め、セラが頷いた。見習いが数字を根拠に提案し、先生が判断する形になっている。
五日目、咳静めの線は一本だった。半分だけ調合し、残りの朝鳴り葉は乾燥袋のまま保管した。
「足りないと騒ぐ前に、話せました」
ミナは嬉しそうに言った。
セラは補充の判断をミナへ任せたが、発注そのものには二人の印を必要とした。見習いが一人で背負わず、先生も全部を決めない形だ。
「二人の意見が違ったら?」
「その理由を札の裏へ一行ずつ書きます」
今回なら、ミナは寒さで使用が増える、セラは乾燥葉が少ないので作りすぎられない。並べると、半分だけ作る案が自然に出た。
対立を勝ち負けにせず、見ている情報を並べる。僕が一番苦手な感情的な争いを避ける方法でもあった。
僕たちは二十枚の札を見直し、線が一度も付かなかった三種類を外した。代わりに、最近問い合わせの多い子どもの腹薬を入れる。記録の対象も固定せず、季節に合わせて替える。
その日の午後、ルカが村の入口から走ってきた。
「東の谷から注文です!」
いつもなら次の市場日に届く集落から、予定より三日早い注文だった。寒さで咳をする人が増え、咳静めを十本ほしいという。
棚には、新しく作った分を合わせて十二本。
「十本出したら、村の分が二本しか残りません」
手伝いが不安そうに言う。
ミナは使用札と乾燥小屋の印を見比べた。
「明後日、次の青鐘草が乾きます。それまで村で必要なのは、今の線なら二本か三本」
一本だけ足りない可能性がある。
遠い集落を待たせず、この村の患者も困らせない数を、皆で決める必要があった。




