第32話 名前の違う同じ葉
二日目、僕は薬草採取から薬を渡すまでを歩くことにした。
最初は村外れの畑だった。採取人は、朝露が乾く前に青鐘草の葉を摘む。籠には『青鐘』と書いた札が付いていた。
乾燥小屋へ運ぶと、職人は同じ葉を『朝鳴り』と呼んだ。
「乾くと青くなくなるからな」
葉は網の上で三日干され、細い音を立てるまで水分を抜く。乾燥後の袋には『朝鳴り葉』と書かれる。
調合室では、それを粉にして白根草と混ぜる。
「これは咳静めの元です」
ミナが教えてくれた。
「青鐘、朝鳴り、咳静め。全部同じものですか」
「青鐘草が材料で、朝鳴り葉が乾燥品、咳静めは混ぜた後です」
名前が変わること自体は正しい。状態も用途も違う。問題は、どの名前からどこへつながるかが、経験者の頭にしかないことだった。
試しに僕は、採取人へ『喉火消し』を一瓶作るのに必要な青鐘草の量を尋ねた。
「喉火消しという薬は知らん」
調合室で同じ質問をすると、薬師は青鐘草そのものでは答えられず、『朝鳴り葉を二つかみ』と言う。乾燥職人へ二つかみが生葉でどのくらいか聞くと、天気によって乾き方が違うので三籠から四籠だと返ってきた。
誰も全体を間違えていない。ただ、注文が増えたとき、どの材料をどれだけ採ればよいかを一人で計算できる人はいなかった。
「全部の換算表を作りますか」
リゼが聞く。
「最初は、よく使う薬一つだけにしましょう」
青鐘草を小さな共通籠で三杯採る。乾いたら袋一つ。咳静めの元が瓶五本分。季節で変わるところには幅を持たせ、足りないときは印を付ける。
数字を厳密にするより、工程の人が次の工程へ「いつもと違う」と知らせられる方が大事だった。
乾燥職人は、自分の袋へ鈴の印を描きながら言った。
「畑の連中が湿った葉を持ってくる年は、袋一つにならん。今までは黙って多めに干していた」
「そのとき、袋へ青い線を一本付けてもらえますか。薬房で少なめだと分かるように」
隠れていた調整が、責任追及ではなく次の人への情報になった。
さらに、患者へ渡す段階では冬息や喉火消しになる。
僕は紙へ、葉の絵を描いて線でつないだ。
青鐘草。朝鳴り葉。咳静めの元。赤い咳止め。冬息。喉火消し。
一つの薬が、工程と相手に合わせて六つの名を持っていた。
「名前を一つにすれば簡単ですね」
僕が言うと、採取人も乾燥職人も、同時に首を横へ振った。
「畑で冬息と言われても分からん」
「患者へ青鐘草を飲めと言ったら、生の葉を煮る人が出ます」
全部を統一する案は、すぐに取り下げた。現場ごとに必要な言葉は違う。なら、言葉を消すのではなく、間をつなげばよい。
「袋と瓶に、元の材料を示す同じ印を付けられますか」
青鐘草には鈴の形。白根草には白い根の形。材料の印は工程が変わっても残す。薬としての名前は、その横へ書く。
リゼが簡易刻印を提案しかけ、僕を見る。
「紙と墨で試す?」
「はい。濡れる場所だけ、あとで考えましょう」
赤炉工房の経験を覚えていてくれた。
リゼは少し不満そうに、持ってきた小型刻印器を鞄へ戻した。
「使いたかったですか」
「当然。葉の形を自動で変えられる新しい術式も考えた」
「紙が剥がれたらお願いします」
「失敗を待つ言い方ね」
「小さく試すので、失敗しても一棚です」
「成長したのか、慎重になりすぎたのか分からない」
それでも彼女は、紙札が湿気で丸まるまでの時間だけ測ってくれた。乾燥棚なら一週間、調合台の近くなら半日。場所によって、紙、木、焼き物を使い分ければよい。
「全部を同じ素材にしないんですね」
ミナが尋ねる。
「同じ目的なら、見た目の印をそろえます。置く場所が違えば、丈夫さは変えていいと思います」
統一するのは道具そのものではなく、意味だった。
午後、薬房で処方紙と棚を照らし合わせた。名前だけでは見つからなかった薬も、材料の印があれば候補を絞れる。鈴の印が付いた瓶を集めると、三つの棚から同じ薬が五本出てきた。
「こんなにあったの」
セラが驚く。
「足りないと思って、昨日また作りました」
ミナが肩を落とした。
「作ったことは悪くありません。見えなかったから、必要だと判断しただけです」
セラは五本の瓶を机へ並べ、作った日を確認した。古い二本を先に使い、新しい三本は次の市場まで保管できる。捨てるものはなかった。
「不足だと思ったとき、私へ聞きました」
ミナが言う。
「ええ。私も棚を一つ見て、ないと答えたわ」
「先生も間違えるんですね」
「毎日よ。ただ、なるべく患者さんへ渡る前に気づきたいの」
セラは笑って、帳面へ『五本見つかった』と自分で書いた。先生が間違いを隠さないと、手伝いたちも不足の見立てを言いやすくなる。
薬の不足ではなく、在庫の見え方の問題だった。見つからない薬を新しく作る間に、本当に足りない別の薬が後回しになる。
僕たちは、薬ごとに今いくつあるかではなく、どこにあるかを先に記録した。棚の番号、瓶の名前、材料の印。数を細かく数えるのは、同じ薬を集めてからでよい。
夕方、ミナが僕を調合室の隅へ呼んだ。
「見せたいものがあります。でも、先生には内緒で作っていました」
彼女は前掛けの内側から、手のひらほどの古い帳面を出した。
頁には薬の名前、別の土地での呼び方、材料、棚の場所が、細かな字でびっしり書かれている。ところどころに葉や瓶の絵もあった。
「すごいですね。これがあれば、ずっと早かったのでは?」
「私の覚え書きです。間違っているかもしれないし、勝手に皆へ見せたら、先生のやり方を否定するみたいで」
役に立つ知識が、遠慮の中へ隠れていた。
ミナは帳面を両手で差し出した。
「これ、使えますか」




