第2話 三つの一袋
「まず、台帳を見せてもらえますか」
僕がそう言うと、村長のマルクさんは少し安心した顔をした。魔道具の修理屋を呼んだのに、石板へ触ろうともしないことを不思議がられるかと思ったが、どうやら怒鳴られなかっただけで十分らしい。
穀倉の奥から運ばれてきた台帳は、僕の腕より厚かった。
「これは今年の分ですか」
「はい。春からです」
革表紙を開くと、日付、家の印、穀物の種類らしい記号、その横に数字が並んでいた。丁寧な字もあれば、雨ににじんだ字もある。数字の後ろに、小さな丸や三角、葉っぱのような印が付いた行もあった。
社長が石板の裏蓋を開けている間、僕は最初の十ページを紙へ写した。
「シュウさん、盤の魔石は生きています。刻印も切れていない。入力が悪いか、読み方が違うかですね」
「入力は誰が?」
「私と、倉番が二人です」
マルクさんが答えた。
「同じ袋を見て、三人とも同じ数を入れますか」
「もちろんです。一袋は一袋ですから」
僕は台帳の三角印を指した。
「この三角は何でしょう」
「ああ、それは北畑の袋です」
「丸は?」
「南の共同畑。葉っぱは各家から納められたものです」
倉番の二人にも来てもらい、普段の入力を実演してもらった。年上の倉番は袋を肩で押し、計測盤の枠へ載せてから一と入力した。若い倉番は袋を持ち上げず、縫い付けられた印を見て二と入力する。村長は納入票を見て、同じ日の終わりにまとめて数字を足した。
「盤へ載せれば重さが出るのでは?」
僕が聞くと、社長が首を横に振った。
「これは重さを量る盤ではなく、触れた荷物の印を読んで数を足す盤です。重さまで量れるものは、王都の大商会くらいにしかありません」
便利そうな光る石板も、結局は高価な数取器だった。僕は少し安心した。魔法だから理解できないのではなく、役割が違うだけだ。
僕は社長に頼み、印ごとの袋を一つずつ下ろしてもらった。
最初に出てきた北畑の袋は、大人の腰ほどある。次の南畑の袋は、それより頭一つ小さい。各家庭の袋にいたっては、縦に細長く、紐を解けば半分も入っていなかった。
「大きさが違いますね」
僕が言うと、マルクさんは首をかしげた。
「畑ごとに昔から使っている袋が違いますから」
「台帳には、全部一袋として?」
「はい。一袋です」
僕は紙に、大、中、小の四角を描いた。それぞれの下へ、一袋と書く。
三つの袋へ麦を移し替えてみると、差はさらに分かりやすかった。北畑の袋から南畑の袋なら一杯半、家庭の袋なら三杯近く取れる。ところが台帳では、どれも数字の一になる。
若い倉番が「私が間違えたんでしょうか」と小さく言った。
「いいえ。決められたとおりに入れています」
「でも、数が合わない」
「入力した人ではなく、同じ言葉で違うものを呼んでいる決め方の問題だと思います」
人のミスだと言えば、その人へ注意して終われる。仕組みの問題だと言えば、直す場所が広くなる。広くなる分、少し面倒だが、同じ失敗を別の人が繰り返さずに済む。
日本で倉庫管理のシステムを手伝ったとき、同じ「箱」でも二十個入りと三十個入りが混ざっていたことがある。パソコンは、入力された一箱を疑わない。魔法の石板も同じらしい。
「盤は壊れていないかもしれません」
社長が裏蓋から顔を上げた。
「じゃあ、直さなくていい?」
「直す場所が、盤の中ではないという意味です」
マルクさんはますます不安そうになった。機械が壊れているなら部品を替えればいい。けれど、一袋が一袋ではないと言われても、何をすればいいか分からないだろう。
僕は台帳を閉じた。
「家にある分は、どう数えましたか」
「昨日、村中を回って聞きました。皆、一袋、二袋と」
「その袋も、家によって違いますよね」
「……違います」
「食べるときは、袋から直接量るんでしょうか」
「家の升を使います」
「升も見せてもらえますか」
村長は、そこまで必要なのかという顔をした。それでも、すぐに頷いてくれた。
昼を知らせる鐘が鳴り、村長の奥さんが黒パンと豆の煮込みを持ってきた。僕は食べながら、台帳の数字を別の紙へ並べ直した。石板が示す在庫、穀倉の袋、各家の申告。一つとして同じ基準で数えられていない。
黒パンは固かったが、豆の煮込みへ浸すと香草の匂いが広がった。これだけの食事が今は出せても、十日後には出せなくなる。村長の奥さんは自分の皿から豆を少し子どもへ分けていた。数字の向こうにあるのは、こういう一杯なのだと思った。
「シュウさん、これを見てください」
社長が盤面を布で拭き、入力履歴を浮かび上がらせた。
同じ日に、三人が同じ印の袋を入力している。数字は一、二、一。間違いかと思ったが、それぞれの横に担当者の印が残っていた。
「これは、三人で一袋を三回入れたんですか」
マルクさんの顔から血の気が引いた。
「いえ。北の袋を一つ、南の袋を二つ、家の袋を一つです」
同じ一袋という言葉が、石板の中では同じ数字になり、現実では三つの大きさを持っていた。
僕は紙へ大きな字で書いた。
――この村には、三つの『一袋』がある。




