第17話 腕のよい十人
ガント親方へ工房の仕事を教えてほしいと頼むと、返ってきた答えは短かった。
「皆、腕はいい」
「はい。それは見れば分かります」
棚の鍋はどれも滑らかで、金具の寸法も揃っている。農具の刃は薄く光り、ランタンの枠には細かな模様が刻まれていた。
「では、注文が来てから出ていくまで、誰が何をしますか」
「品による」
「鍋なら?」
「鍋にもよる」
僕は質問を変えてみた。
「昨日、最後に完成した品は何ですか」
「小さな水差しだ」
「その前は?」
「覚えていない」
「では、その水差しは誰が最初に触りましたか」
ガント親方は工房を見回し、地金担当を呼んだ。地金担当は成形担当を呼び、成形担当は炉番へ尋ねた。三人の記憶をつなぐと、おおよその順番は分かったが、取っ手を付けた人だけが見つからない。
「俺かもしれん」と二人が同時に言い、どちらも確信はなかった。
仕事はきちんと終わっている。それでも、終わった後に道筋をたどれない。個人の腕ではなく、仕事と仕事の間に細い霧がかかっているようだった。
僕は水差しの話を紙へ描いた。四角を一つずつ線でつなぎ、覚えている人の名前だけを添える。途中に一つ、名前のない四角が残った。
「仕事をした人を記録したいのか」
親方が警戒したように聞いた。
「責任を探したいわけではありません。次に誰へ渡ったかが分かれば、それで十分です」
前の職場でも、記録という言葉だけで監視を想像する人はいた。だから、人を追いかける印ではなく、品物が迷子にならない目印だと説明する。
「上手にできた品も、同じ道をたどれると、次に真似できます」
ガント親方は名前のない四角へ太い指を置いた。
「取っ手を付けたのは俺だ。閉める前、緩んでいたから直した」
「では、ちゃんと全部つながりました」
親方の口元がほんの少し動いた。問題だけでなく、誰にも言わず助けた仕事まで霧の中へ消えていたのだ。
見えないのは遅れだけではない。誰かが黙って埋めた穴も同じだった。それなら、流れを見えるようにする意味は、責めるためよりずっと大きい。
親方は嘘をついていない。注文ごとに大きさも素材も違い、手順が変わるのだろう。ただ、このまま質問を続けても、僕が知りたい流れにはたどり着けそうにない。
「今日一日、職人さんの横で見せてもらってもいいですか」
ガントは頷いた。
最初に付いたのは、地金を切る職人だった。注文札を読み、棚から板を選び、型へ合わせて切る。手際がよく、一つの作業に迷いはない。
終わると、半加工品を隣の机へ置いた。
「次は誰が?」
「空いている者だ」
「知らせますか」
「見れば分かる」
確かに、工房で長く働く人なら分かるのかもしれない。けれど机の上には、似たような半加工品が五つある。
次は成形の職人を見た。彼は手元の仕事を終えると、机の山から一つを選んだ。僕が理由を尋ねると、「急ぎそうだから」と答えた。注文札には納期が書いてあるが、札は品物の下へ隠れている。
昼までに四人を見た。全員、目の前の作業は速くて正確だった。問題は、自分の作業を終えた後と、次の作業を始める前にある。
昼食は工房裏の長机で取った。固いチーズとパン、熱を冷ます苦い茶。職人たちは誰が一番早く金具を打てるか冗談を言い、仲が悪い様子はない。
「仕事の順番は、誰が決めていますか」
僕が尋ねると、皆が親方を見た。
ガント親方はパンを食べながら言う。
「急ぎは俺が言う」
「急ぎでないものは?」
「皆が分かる」
職人たちは曖昧に頷いた。
午後、魔法炉を使う工程へ付いた。炉は一つで、焼き固め、刻印、魔力抜きの三つに使う。職人はそれぞれ、自分の仕事が終わる時間を見計らって炉へ来る。
一人目が「夕方に使う」と炉番へ告げた。二人目も同じことを言う。三人目は「日が傾くころ」と言った。
炉番の手元には、小さな板が三枚並んだ。それぞれの職人の印があるが、時刻はない。
「順番は?」
「先に来た者からだ」
「三人とも、もう来ています」
炉番は板を見つめた。
「先に品を持ってきた者から、かな」
夕方になると三人が同時に品を持ってきた。一人は焼き固めに一時間、二人目は短い刻印、三人目は温度を下げてから魔力抜きをしたい。使う順番によって、炉を冷ましたり温め直したりする時間が変わる。
職人たちは怒鳴らず相談したが、決まるまで炉は空のまま燃えていた。
結局、一番声の大きい職人が先に使った。残り二人は自分の机へ戻り、別の品を始める。すると、その品も途中で止まり、山へ加わった。
夜、若い職人が一人だけ残っていた。朝、僕を案内した青年だ。名前はフィンという。
「帰らないんですか」
「炉が空くのを待っています。今日中に刻印しないと、明日の組み付けに間に合わないので」
「昼に予約していましたよね」
「僕の品は急ぎではないと言われました」
彼は不満を言わず、別の部品を磨いている。けれど目の下には煤だけでない影があった。
工房の職人は皆、腕がよかった。
全員が同じ魔法炉を、別々の時間のつもりで予約していた。




