第143話 守れる暮らし、届かない村
対象外の村でも、四色札の試験には協力していた。
量を籠で書き、期限を木の実の残り日数で示し、行き先を絵にした。王都の共通重りがなくても、最初の中継地まで荷車数でつないだ。
契約が始まれば、独占管理権のある四色札式を正式には使えない。
「王国が使用料を代わりに払えませんか」
クレイスへ聞いた。
今年の予算では、主要倉庫と都市分まで。辺境支援の枠は災害や飢饉時に限られ、平常の運用費へ使えない。来年以降の補助制度は検討できるが、決定まで少なくとも一年かかる。
「使い続けたら、契約違反になりますか」
王国の契約官は、独占権を守るなら対象外へ停止を知らせる必要があると言った。例外を黙認すれば、有料の領地から不公平だと問われる。
契約条件は悪くなかった。
正当な報酬。休日。責任範囲。弟子の雇用。家族との時間。僕がずっと欲しかった安定が、全部書かれている。
辺境の村を対象外にしても、契約上は何も間違っていない。払った人が使い、払えない人は別の方法を選ぶ。僕たちも慈善だけでは会社を続けられない。
それでも、森林地域の返事を思い出した。
王都から届かなかった依頼を、九つの仲間が無償ではなく、それぞれの仕事としてつないだ。四つの札があったから、小さな村も今ある量を伝えられた。
停止を知らせれば、村は以前の帳面へ戻る。食料が消えるわけではない。ただ、国じゅうの余剰や不足から再び見えにくくなる。
「独占権を受けず、全部無料にしますか」
バルド社長が尋ねた。
それなら辺境も使える。しかし継続使用料はなくなり、全国からの質問や改良を誰が支えるか決まらない。会社がまた善意で埋めれば、僕たちの休みと給与が消える。
「無料にする範囲を、辺境だけにできますか」
有料地域は不公平だと感じるかもしれない。無料村の線引きや確認も仕事になる。村が少し豊かになった時、いつ有料へ移すかでもめる。
「王国が将来補助するまで、会社が立て替える案は?」
四十七村、一年分。会社の今の利益では大きすぎる。独占使用料の半分以上が消え、現地研修を含めれば人手も足りない。
どの案にも、守れるものと失うものがあった。
対象外一覧の横には、各村が試験中に送った札の写しが束ねられていた。
『干し茸、籠十二。十日以内。北の宿場。連絡は炭焼き小屋』
『豆、村の袋八。雪の前。川沿いの倉庫。返事は週に一度』
書き方は不ぞろいでも、四つの意味は読めた。以前なら、王都の様式へ合わないという理由で確認待ちになった報告だった。
ある村の札には、小さな木の葉が挟まれていた。試験の返事を届けてくれた運び手への礼らしい。王都の担当官は捨てず、札の端へ結んでいた。
「対象外というのは、明日から見ないという意味ではありません」
クレイスは言った。
通常の領地報告は残る。災害時には国の支援も動く。四色札式がなければ、ただちに誰かが困るわけではない。
その説明には安心した。同時に、困ってから特別に助ける仕組みと、困る前から小さな変化が見える仕組みは違うとも思った。
バルド社長は、会社の帳面を僕へ開いた。
「俺は社長として、全員の給金と来年の仕事を守る。だから会社が際限なく負担する案には判を押せん。ただし、利益が少し減る案まで嫌だとは言わん」
会社が出せる上限、人を増やせる時期、無償で使える日数を赤い線で示してくれた。善意を止めるのではなく、会社が倒れない境界を置いていた。
「シュウ、お前の給金を勝手に寄付扱いにもせん。何か差し出すなら、自分で分かる形にしてくれ」
僕はうなずいた。
昔の僕なら、会社が困っている顔を見ただけで、残業代の話を引っ込めていたかもしれない。今回は報酬を全部受け取る契約が目の前にあり、断っても誰にも責められない。
だからこそ、迷いは前よりはっきりしていた。
善い人と思われたいのではない。王都から見えなかった小さな札が、見えるようになったのを知ってしまった。使える手順があるのに、契約の線だけで消すことへ、僕自身が納得できるかどうかだった。
僕は家の生活板の写しを見た。
一月の王都契約は、予定通り終わりに近づいている。帰宅日、リゼとの休日、学校、今の顧客。独占契約を受ければ、その予定を守りながら会社を続けられる。
辺境へ無償支援を広げれば、また出張と質問が増える可能性が高い。
「僕は、助けたいです。でも、家族との暮らしも失いたくありません」
リゼへ言った。
二つを欲しがるのは、欲張りなのだと思っていた。けれど彼女は少しも笑わなかった。机の端へ僕の椅子を寄せ、対象外一覧を半分持った。僕が家族を守りたいと言えたこと自体を、まず大事にしてくれているようだった。
彼女は、すぐ解決案を出さなかった。
「今までなら、私が止めたかもしれない。今回は、シュウが断れる状態で選ぶ話よ」
「どうするのが正しいと思いますか」
「私の正しさへ合わせないで」
リゼは、契約書と対象外一覧と生活板を、同じ机へ並べた。
「今回は、君が選んで」




