第142話 正当な条件を全部言う
独占管理権があれば、王国内で四色札式を使う組織は、灯り木魔道具社と契約する。
独占は、名前だけを守る権利ではなかった。
基本の四項目、札の形、受渡番号、別紙の四印。これを四色札式として王国が認め、会社の許可なく有料で複製したり、大きく変えて同じ名を使ったりできない。
一方、会社が管理を止めれば全国が困る。権利には、手順書を更新し、質問窓口を維持し、重大な欠陥を知らせる義務も付く。
「独占収入だけ受けて、仕事を減らすことはできませんね」
「だから継続使用料です」
クレイスは、権利と責任を両方説明した。
僕たちが作ったものを正当に評価する契約だった。
王国は毎年、基本使用料を払う。各領地の導入、改造、研修、保守には別料金。無断で名称や四項目を変えた場合、会社は修正を求められる。
継続収入があれば、会社の経営は安定する。
僕の家の修理、休日、弟子の給与。案件がない月にも心配しなくてよい。リゼと暮らし、時々旅行し、体調を守る余裕ができる。
バルド社長は、収入の使い道を先に作った。
全員の固定給を上げる。遠方出張の手当。病気休暇の積立。新人二人の採用。共同学び場と道の継ぎ目の修理基金。利益の一部は会社に残し、不作の年にも給与を払えるようにする。
僕個人にも、四色札式の設計者として継続報酬が入る。これまでの持ち出しを取り戻しても余る額だった。
「受け取っていいんでしょうか」
「正当な仕事の報酬よ」
リゼに言われ、僕は『多すぎる』ではなく、何の対価かを確認した。
考え方、試験、各地の調整、手順書、今後の改善。偶然の褒美ではない。受け取る理由があった。
以前の僕なら、金額を聞く前に『そんなにいただけません』と言ったと思う。
今回は、契約書を持ち帰り、一晩読んだ。
バルド社長、リゼ、王都の契約官、国境で商取引を見ているマルテにも意見を聞いた。僕が遠慮して減らさないよう、必要な費用を先に計算する。
基本手順書の更新。各地からの質問窓口。年四回の全国確認。札の規格試験。弟子と職人の給与。王都までの交通。保険。病気や休暇時の代行。
質問数も見積もった。
導入初月は一地域につき十件、その後は月二件。主要地域三十か所なら、最初の月に三百件。僕一人では不可能だ。
四役の窓口を各二人、合計八人。技術、契約、現場、交渉へ最初に分ける。一般質問は手順書の索引から回答し、同じ質問は公開の補足へ追加する。
僕へ届くのは、四役にまたがり、既存の手順で決まらないものだけ。月十件までを見込み、超えたら翌月か追加契約。
問い合わせが増えるほど僕の休日が消える価格設計にせず、人を雇える額を使用料へ含めた。
その上で、会社の利益と将来の開発費を加えた。
提示された使用料は、必要額より少し低かった。
「増額をお願いします」
クレイスへ、初めて自分から言った。
僕は内訳を一つずつ示した。
窓口を一人へ集中させず、四役の担当者を雇う費用。地方の言葉へ翻訳する費用。無料の質問と有料の導入支援を分ける受付。札の欠陥で損害が出た場合の予備費。
「この額がないと、僕たちが休まず埋めることになります」
口にした時、少し手が震えた。
金額を上げれば、相手は欲深いと思うかもしれない。王国との大きな契約を失うかもしれない。僕の頭は、すぐ『少し安くても皆で頑張れば』と考えた。
でも、『皆』の中には僕だけでなく、リゼ、ミナ、ルカ、フィン、新しく雇う人がいる。僕が格好をつけるために、その人たちへ無理をさせられない。
提示額では二人分の人件費が足りないことを、数字で示した。クレイスも王国側の作業量を見直し、質問窓口の一部を地域担当へ分ける案を出した。
値上げと仕事の削減を組み合わせ、最初の要求より少し低い額でも休みを守れる形に落ち着いた。
交渉は、こちらの希望を全部通すことではなく、目的を守る条件を一緒に作ることだった。
「分かりました」
クレイスは値下げ交渉をせず、王国側の予算表を確認した。別の広報費からではなく、食料連携の運用費として正式に計上する。
次に休日。
七日に一日。月に一度、二日連続。僕とリゼが同時に休む日も王都の緊急会議で動かさない。赤い緊急条件は、食料在庫が七日未満、輸送路の全面停止、人身事故の三つ。
「国王会議でも?」
「日程を前もって決められる会議は、休日ではありません。緊急ではないです」
クレイスはうなずき、王国予定板にも休日を載せると書いた。
責任範囲。
僕たちは、四色札式の基本四項目と、提供した導入支援に責任を持つ。各領地の在庫の正しさ、食料そのものの品質、領主の配給判断まで保証しない。現地が独自に追加した別紙は、その担当者が管理する。
応答時間。
通常質問は五営業日。黄色札は二日。赤札は当番が同日。僕個人へ直接送らず、会社の窓口へ。
契約期間。
一年。自動更新ではなく、使用地域、質問数、保守費を見て毎年見直す。王国が終了する場合も、現場の札を翌日から禁止せず、六か月の移行期間を置く。
権利。
基本の四項目を守るための変更は、会社と王国の共同審査。僕一人が全てを承認しない。現場改善の小さな絵や素材変更は、地域で行える。
「全て受け入れます」
クレイスは、一項目ずつ契約へ反映した。
僕たちはその場で署名せず、修正版を会社の契約担当と外部の法律家へ見せた。独占管理権は長く残るため、言葉の違いが後で大きくなる。
法律家は、『現場改善の小さな変更』の範囲が曖昧だと指摘した。素材、色、説明絵、札の配置は地域で変更可。四項目の削除、受渡番号の変更、独自の自動承認は共同審査。具体例を付けた。
責任範囲にも、『会社が提供していない魔道具との連携は別契約』を加えた。王都集計盤の故障まで四色札式の責任にされない。
最終版は、最初の契約書より厚くなった。しかし現場の四色札は四枚のまま。権利を守る複雑さを、使う人へ押しつけなかった。
相手は王国でも、対立せず必要な額と条件を請求できた。善意を失わなくても、生活を守る交渉はできた。
クレイスも、条件が明確になって安心したと言った。
「安く頼み、後で足りない分を善意へ期待するほうが怖いのです。私も王都の予算で、それを何度もしてきました」
彼は自分の補佐官業務にも、休日、代理、緊急条件を入れることにした。僕たちとの契約だけが健全でも、相手側が倒れれば続かない。
正当な条件は、要求した側だけでなく、受け入れた側の仕事も守った。
最終契約の対象地域一覧が届いた。
王都、全領地の中央倉庫、国境交易所、主要都市。継続使用料を払える場所が並んでいる。
その下に、対象外が四十七か所あった。
森林地域の奥や山間部など、使用料を払えない小さな村々だった。




