第139話 予測が外れた日の紙札
中央集計盤は、過去十年の天候と収穫記録から、今年の予定を計算していた。
北の麦は二十日後。東の豆は三十日後。南の白穀は十五日後。山の根菜は雪解けから十日後。
季節外れの天候で、その前提が全て外れた。
予測盤の黄色は、危険という意味ではなく『信頼できる範囲を超えた』という表示だった。しかし役人たちは、黄色を事故の警告と同じように受け取り、すぐ全国移送を止めようとした。
「今、止めるべき荷物はありますか」
出発済みの麦、豆、乾燥野菜は、今の在庫と確定した注文に基づいている。予測値が変わっても、届ける必要は変わらない。
未来の余剰を当てにした来月分だけ、新規出発を保留した。今週の確定便は続ける。
黄色い一つの表示を、全部停止へ広げない。予測と現在を、操作盤の上でも別の列へ移した。
円盤は壊れていない。入力した天候も正しい。しかし過去に似た組み合わせがなく、予測値を一つへ決められない。表示は黄色のまま揺れた。
「新しい予測魔道具が必要です」
天候担当が言った。
リゼは、新しい魔道具の前に、今の盤へ何が足りないかを調べた。
似た年がない時、幅を持った予測を出す機能はある。ただ、王都の報告書が一つの数字を求めるため、最も近い値だけを表示する設定になっていた。
最低、中央、最大の三つを表示させると、北の収穫は八日から十六日の幅になった。正確な一日ではないが、『今決められない期間』が見える。
新しい機械を買わず、盤の出し方を変える。天候担当は、今後似た例が増えれば記録を追加し、幅を少しずつ狭めることにした。
それでも今の在庫量は予測盤から出ない。現場の札が必要だった。
作るには数か月かかる。今の収穫は、その前に来る。
「予測がないと、食料を動かせませんか」
「予定量が分からなければ、余剰を決められません」
未来の量は分からない。でも、今倉庫にある量、畑の今の状態、今週使う量は各地に記録されている。
麦穂村の食料札。
赤炉工房の進行札。
薬房の例外札。
宿場町の受付札。
運送組合の到着記録。
水路の状態札。
学校の畑札。
領地穀倉の理由札。
国境の共通受渡札。
どれも未来を完全に予測する物ではない。今日ある物と、次にすることを現場で残す物だった。
「予測盤を直す間、現在量を集め直しましょう」
四色札の四項目を、出荷のためではなく現状報告へ使った。
量。今日、倉庫にある量と、畑で確実に収穫できそうな量を分ける。
期限。次に報告する日と、今の在庫が尽きる見込み日。
行き先。余剰があれば送れる先。足りなければ希望する中継地。
連絡先。その日の地域当番。
予測値は消さず、『旧予測』として灰色にする。現在量と混ぜない。
王都から全地域へ、一度に百項目の調査を送らなかった。まず、試験済みの三地域と過去の案件地域へ四項目だけ頼む。返事の書き方を確認してから広げる。
送る手段も一つにしなかった。
通信盤がある領都は魔法信号。運送組合の路線がある町は定期便。水路町は水番の伝書札。麦穂村は宿場町の受付札を経由する。
王都の最新機器がない場所でも、今ある連絡路で参加できる。
返事の期限は二日。ただし、届かない地域を即座に不足や故障と見なさない。受領印が来なければ、まず別経路で『依頼が届いたか』だけを確かめる。
回答を急がせる前に、質問そのものが着いたかを見る。国境で学んだ順番だった。
麦穂村からは、倉の実在庫、家庭の保有、今週使う量が届いた。マルクは、天候で変わる畑の予想を別の黄色札へ置いた。
村の量札には、『倉庫八百』『家庭推定三百』『確実な余剰百』と三段に分かれていた。家庭分を王都が勝手に出荷可能へ足さない。
マルクは、村で必要な種麦と冬越し分を引いた後だけを余剰とした。王都の計算では百五十送れると出たが、村の来年を守る五十は動かさない。
クレイスは、その判断を小さな村の非協力と見なさず、地域責任者の範囲として認めた。
領地穀倉からは、共通重りで量った現在量と、湿気補正が届いた。ドーガは『山ほど』ではなく、何日分かを書いた。
数字の横には、『確実』『試算』『未確認』の三印がある。現物を量った在庫は確実。今週の出荷予定を引いた値は試算。天候で変わる収穫は未確認。
王都の集計盤へは、三つを足さず別々に入れた。以前は全部を一つの全国総量へしていたため、未来の収穫が今日の在庫のように見えた。
全国に食料が『ある』という言葉も、今ある、届く予定、採れるかもしれない、の三つへ分かれた。
国境からは、すでに輸送中の食料と、到着予定。マルテは到着通知機の数字を送った。
三日で、王都周辺と五領地の現在量がそろった。
集計盤の入力者三人だけでは間に合わないため、各領地の担当者が四色札の重量欄を自分の地域板へ入れた。王都盤はその合計だけを読む。
最初の一件で、地域板の日付が一日前になっていた。王都盤は最新だと思い、古い量を足した。以後、量と一緒に測定日を必須にする。
一度の誤差は、同じ日に理由札で見つかった。数字を消して成功にせず、『日付ずれ、修正済み』と記録した。
各地が直接入れることで速くなったが、王都が細部を見なくてよいわけではない。黄色札だけ中央へ上がる仕組みにした。
北は、暖かさで麦の収穫が十日早まりそうだが、確実量はまだ少ない。東は、長雨で豆が遅れる。南は白穀が少し減る。山は根菜を早く掘れる。
今ある食料だけで、各地域は少なくとも二十日以上持つ。急いで全部を動かす必要はない。
クレイスは、非常配給命令を出す準備までしていた。現在量を見て、その紙を保留箱へ戻した。
「全国を守るため、大きく動かすことばかり考えていました」
「動かさない判断にも、今日の根拠があります」
山から東へ送る根菜も、最初は必要量の四分の一だけ。三日後に東の豆と北の麦を見て、次を決める。
食料が足りている間に、小さく動かし、経路と札を試せる。緊張ではなく、余裕を使う運用になった。
まず、山の根菜を東へ少量。南の在庫を北へ送る計画は、北の早い収穫を三日見てから決める。予測の揺れを、そのまま大きな移送へしない。
各地の紙札と日々の記録から、今できる小さな判断が作れた。
返事は、一地域ずつ地図の札へ置かれた。
一日目、十二地域。
二日目、さらに八地域。
二日たっても、西北の小さな森林地域だけ、四色札の返事が届かなかった。




