第140話 届かなかった依頼
森林地域の地図へ、すぐ赤札は置かなかった。
食料不足の報告も、通信設備の故障報告もない。返事がないという事実だけだ。
「現地へ救援便を出しますか」
クレイスが尋ねた。
「その前に、依頼そのものが届いたか確かめましょう」
返事がない時の確認順を、四色札の裏へ新しく作った。
送信記録。受領印。宛先の現役確認。別経路での安否。最後に現地訪問。
最初から人を送るのではなく、近い確認から進める。ただし在庫七日未満や災害報告がある場合は、この順を飛ばして救援を出す。
今回は、森林地域の前回報告が四十日分、災害なし、街道通行あり。順番通り調べる余裕がある。
クレイスは、返事の遅れを全国網の失敗として公表する前に、『連絡確認中』と地図へ置いた。赤い不足札を誤って出せば、不要な食料と荷車が森へ集まる。
王都の送信記録を見る。
四色報告の依頼は、森林地域の『中央林産倉庫』へ送られている。受領印はない。通信盤は送信成功を示すが、相手が読んだことまでは分からない。
通常なら翌日に受領印が来る。来ない場合の連絡先は、倉庫長オルドという人物だった。
オルド本人へも、退職後の連絡先を通じて聞いた。
「共同庫へ変わる時、王都の整備局と人事局には届けました。食料局にも届くと思っていました」
彼は新倉庫長へ、日々の在庫報告の送り方を引き継いでいた。しかし王都から質問を受ける通信板は、半年間一度も光らなかったため説明していない。
「自分が退職した後まで、古い連絡板を見に行くべきでしたか」
「いいえ。退職した人へ運用を残さないために、名簿のつながりを直します」
オルドの責任にせず、人事変更が食料局へ届く経路を作る。今後は役名を主にし、個人変更時には人事局から食料局へ受領印を返す。
年一回の写しだけでなく、変わった日に差分を送る仕組みにした。
王国の人事記録では、オルドは半年前に退職している。
「後任は?」
新しい倉庫長の名はある。しかし王都の食料連携名簿には、古い人のまま。森林地域は今年、木材倉庫と食料倉庫を統合し、建物の名前も『森の共同庫』へ変えていた。
統合そのものにも理由があった。森林地域では、食料だけを運ぶ便が少ない。木材と木の実、薬草を同じ荷車で町へ出す。一つの窓口にすれば、御者が二か所へ寄らずに済む。
王都の分類では、林産局と食料局が別。現地が便利にまとめた結果、どちらの中央名簿からも一部見えなくなった。
統合を元へ戻すのではなく、森の共同庫へ二つの役札を付けた。林産連絡と食料連絡。同じ建物、同じ当番でも、問い合わせの入口を二つ示す。
王都側も、建物名ではなく役名で連絡先を探せるよう名簿を直した。
通信盤は、存在しない古い宛先へ正しく送っていた。
「故障ではありませんね」
「誰も名簿の変更を知らせなかったのです」
現地の新倉庫長へ責任を問う前に、どの通知を知っていたか調べた。
人事変更は王都の人事局へ届いた。建物名の変更は地方整備局へ。食料局へは、どちらも自動では渡らない。クレイスの名簿担当は、毎年春に人事局から写す。今年の更新日は来月だった。
「半年間、誰も困らなかったんですか」
通常の食料報告は、森林地域から王都へ送る一方向だった。地域側は王都の宛先を知っている。王都から質問を返すのは、今回が初めて。
片方向の成功だけで、連絡網があると思っていた。
試験として、返事が来ている二十地域にも王都から短い確認札を送った。三地域で受領印が遅れ、一地域は休日当番が通信板の鍵を持っていなかった。
森林地域だけの例外ではない。今回最初に表へ出ただけだった。
月に一度、王都から『受領確認だけ』の白札を送り、地域が返す往復試験を入れた。質問内容がなくても、戻る道を使う。
通信を増やしすぎないよう、既存の月次報告の受領返事を利用する。王都が受け取ったら白札を返し、地域がそれを受け取る。往復が一回で分かる。
使われなかった連絡先が、必要な日に初めて古いと分かった。
食料そのものの状況も、別経路で聞いた。
森林地域と取引する商人が王都にいた。先週、保存茸と木の実を受け取り、地域では平年分の在庫があると聞いている。冬の雪も解け、道は通れる。
危機ではない可能性が高い。
「では、名簿を直せば返事が来ますね」
クレイスは新しい名へ送ろうとした。
ところが、新倉庫長は四色札式を知らない。王都が送った四枚の形も、通信盤の受領印も、導入説明を受けていなかった。
試験地域を増やした時、王都は各領地の中央窓口へ説明した。森林地域は小さく、隣の西領の一部として名簿に載っていたため、独立した説明先から漏れていた。
「紙を送れば分かりますか」
「四つの項目は簡単ですが、地域の単位や連絡役を誰にするかは一緒に見たほうがいいです」
王都の役人は、説明書を十冊送る案を出した。森林地域の人員は五人で、長い王都語の文書を読む時間も少ない。
必要なのは、最初の一件を一緒に作る人だった。
ただし王都から専門家が行けば、王都単位を正解として教える可能性がある。地元の籠、茸の乾燥前後、木材との混載を知る人が近くにいる。
「新しい仕組みを教える人と、現地を知る人を一組にしましょう」
学校で外部講師を一人にしなかった方法を、全国導入にも使った。
王都から担当者を出せば、往復六日。今の在庫確認だけなら、もっと近い連絡路があるかもしれない。
僕たちは地図へ、森林地域と取引したことのある人を置いた。
線を引くと、王都から森へ直接向かう道より、九つの関係が輪のようにつながった。
麦穂村は木の実商人。工房は木材。薬房は薬草。宿は商人の宿泊。運送は定期便。水路は春道。学校は説明絵。領地穀倉は共通重り。交易所は越境先。
誰か一人が全てを知っているのではない。一つずつ森と接点がある。
連絡にかかる費用と日数も見積もった。王都から専門家二人を送るより、一件ごとの手間は増えるが、既存便を使うため交通費は半分以下。各地の作業時間は王国契約から支払う。
善意の電話網のように使わず、全国網を支える正式な仕事として依頼した。
西領の倉庫。北の薬房。国境の商人。水路町へ木材を運ぶ御者。宿場町へ茸を売る家族。
過去の案件で知り合った人たちの道が、森林地域の周りまで伸びている。
まず、誰が現地の新倉庫長を知っているか、一人ずつ連絡をつなぐことにした。
王都からの命令ではなく、これまで九つの案件で出会った仲間へ、順番に四色札が渡り始めた。




