第135話 国じゅうにある食料
低い異音は、七棟の穀倉を結ぶ地下室から響いていた。
リゼと王都の技術者が床下へ降り、僕とルカは上の操作室で表示を見た。
巨大な集計盤には、王国各地の穀物量、出荷予定、人口、天候予測が光で浮かんでいる。十枚以上の円盤が回り、地方の単位を王都の標準へ換算していた。
操作室には、二十人ほどの役人がいた。数字が黄色くなるたび、誰かが地方へ伝書札を送り、返事が来ると別の役人が値を入れ直す。
「この盤へ入力できる人は何人ですか」
「正式には三人です。今は二人が夜番と交替で」
残りの一人は疲労で休んでいる。全国の数字を一つへ集めた結果、入力する場所も三人へ集まっていた。
地域側が自分の値を修正しても、王都の入力者が反映するまで盤には古い数字が残る。担当者は、どちらが最新か確かめるため地方へまた聞く。
集計盤は大きく有能でも、入口が狭かった。
ごうん。
三枚目と四枚目の円盤が同時に回るたび、音がする。
「歯車が壊れていますか」
王都の担当官が心配した。
「壊れてはいません。二つが、同じ数字を別の順番で計算しています」
リゼは地下から上がり、歯車の図を見せた。
一枚目は在庫を王都単位へ。二枚目は人口一人分へ。三枚目は天候予測を掛ける。四枚目は、地域の袋数へ戻して荷車数を出す。
途中で端数を丸める場所も、円盤ごとに違った。同じ百袋が、予測画面では九十八、輸送画面では百二になる。
「どちらが正しいですか」
「目的が違います。予測は食べられる量、輸送は袋と荷車を含む量。でも、画面に名前がないので同じ在庫に見えます」
円盤を修理する前に、表示へ『食料量』『輸送量』と札を付けた。異音の原因と、数字が違う原因を一緒にしない。
リゼから伝声石で返事が来た。
北領の『大袋』を一度王都単位へ変え、配給予測へ送る。別の円盤では、北領の大袋を地域人口で割り、また王都単位へ戻す。同じ換算が何度も重なり、歯車へ負担がかかっていた。
予測表示だけを一度止めた。
各倉庫の温度、扉、在庫記録は別の魔道具なので動いている。食料保管に影響はない。集計盤の回転がゆっくりになり、異音は止まった。
停止時刻と、止めた機能を全領地へ知らせた。『全国集計盤停止』とだけ送れば、倉庫の保管まで止まったと思われる。
灰色札で、『収穫予測のみ一時停止。在庫報告は通常通り。配給は現在計画を継続』と三つに分けた。
操作室の役人は、予測を止めると何も決められないと不安そうだった。そこで今日の配給表と、現在量だけで次の七日が回ることを確認した。全地域とも、少なくとも二週間以上の在庫がある。
今夜直さなくても、人が飢える状態ではない。王都へ来た最初の日の仕事は、異音を止めることより、急ぐ範囲を狭めることだった。
「王都へ着いて最初に止めてしまいましたね」
「予測だけです。今ある食料は止まりません」
僕たちは操作室の窓を開け、王都中央穀倉を見渡した。
麦、豆、米に似た白い穀物、乾燥野菜、塩漬け肉。量は十分に見える。王国の報告でも、今年の総収穫は平年を少し上回っていた。
それでも、東の雨不足地域では豆が足りず、北の長雨地域では麦の収穫が遅れている。南には余分な麦、西には豆の在庫がある。
国全体では足りているのに、足りない場所へ動かせない。
国王補佐のクレイスは、目の下に深い隈を作った細身の男性だった。
彼の予定板は、一刻ごとに会議札が並び、食事の欄まで報告確認になっていた。
「いつ眠りましたか」
「昨夜、集計盤の前で少し」
「寝台では?」
「三日前です」
国王補佐が倒れれば、全国の判断がさらに止まる。僕たちは、今日の会議を二つに減らし、残りを十人の担当官へ戻した。
クレイスは抵抗したが、国王から届いた手紙には『補佐を眠らせることも依頼範囲に含む』と追記されていた。
彼は夕方から翌朝まで休むことになった。緊急連絡は、食料が七日未満の地域か、保管設備の事故だけ。今はどちらもない。
困っている善人を休ませる仕組みは、村から王都まで同じだった。
「各領地へ聞けば、皆『食料はある』と答えます。しかし送れる量を聞くと、数字が合いません」
彼の机には、領地ごとの報告が積まれていた。
ある領地は五千袋あると書く。別の領地は三千樽。山間部は二万杯。海沿いは千五百荷。
王都の役人が標準重量へ換算しようとすると、各地へ質問が戻る。袋の大きさ、樽の中身、杯の種類、荷車一台に積む量。
返事が来る間に、在庫と予定が変わる。集計盤へ新しい数字を入れれば、古い換算と新しい換算が両方回り、異音が出る。
「全国の単位を王都へ統一する命令も出しました」
クレイスは疲れた声で言った。
命令は一年半前。しかし地方の倉庫には昔の測定石があり、農家は地域の袋で納める。王都単位へ変えるために、新しい道具と教育と予算が要る。
一部の領地は変えた。一部は、報告書だけ王都単位へ書き換えた。一部は今までの単位を使い、欄の上へ『標準』とだけ書いた。
統一命令が、数字を統一したように見せる紙を増やしていた。
ある領地の報告には、『標準袋五千』と書かれていた。実物を見ると地域袋で、欄の見出しだけ標準へ変えている。
「命令に従わなかったのですか」
「従いたかったのです。でも標準袋を買う予算がなく、今の袋数を新しい欄へ書きました」
担当者は嘘をついたつもりがなかった。紙の様式を期限内に変えることが、命令への対応だと思った。
王都は、報告形式がそろったことで換算済みだと思い、地方は、王都で換算すると思った。境目に担当がいない。
僕たちは問題の報告へ赤い罰印を付けず、『単位確認待ち』の黄色札を置いた。他領地も、数字を責める前に実物の一袋を確認することにした。
「食料がないのではなく、どれだけ渡せるかを同じ意味で伝えられないんですね」
「はい。国王陛下は、国じゅうの食卓へ届くなら方法は問わないとおっしゃっています。私は、その方法を一つにしようとして、余計に分からなくしました」
クレイスは、責任を隠さなかった。
僕たちは、中央穀倉に届いた三地域の袋を一つずつ量った。
王都の標準袋は、麦百単位。
北領の大袋は、百二十。
山間部の『一袋』は、背負って運ぶため六十。
海沿いの防水袋は、布が重く、麦だけなら九十五。湿気を含むと全体で百五になる。
帳面には、どれも『一袋』と書かれていた。
最初に訪れた麦穂村で、一杯の大きさを比べた時と同じだった。
国じゅうで、『一袋』の意味が違っていた。




