第133話 どちらか一人を残さない紙
リゼの招待状には、王都の穀倉魔道具を確認し、各地の測定方法を比べてほしいとあった。
期間は僕と同じ三十日。宿も同じ。報酬は技術担当として別に用意される。
「いつ届いたんですか」
「今朝。シュウが家の留守番を私へ頼む前に見せようと思っていた」
「先に決めてしまいました」
「決めかけただけ。今、止まれた」
僕は、リゼが残る案へ線を引いた。
反対に、僕が残り、リゼだけ王都へ行く案も書いた。魔道具の不調が中心なら、そのほうがよいかもしれない。会社と学校は僕が守る。
三つ目に、二人とも行く案。四つ目に、最初の十日だけ二人、その後どちらかが戻る案。五つ目に、王都の技術者へリゼの代わりを頼み、僕だけ短期で行く案。
最初から一案へ絞らず、それぞれで守れる物と失う物を書いた。
僕だけなら、業務の整理はできるが、測定石の内部をその場で判断できない。リゼだけなら、機械は見られるが、三領地の仕事を聞く人が別に要る。交替案は家を空ける期間が短いが、途中の引継ぎが増える。
二人とも行く案は、今の顧客と家へ負担が出る。それでも、代わりを具体的に置けるなら、王都で最も役割が分かれる。
損を隠さず並べた結果、二人とも行く案が一番現実的に見えた。
「シュウは、行きたくない?」
「行きたいです。全国を全部変えたいのではなく、今までの村や穀倉が離れていても助け合える形を見たい」
「私も。大型魔道具を増やすだけではない設計を、王都で試したい」
二人とも行きたい。
その言葉を、生活板へも書いた。
『シュウは行きたい』『リゼも行きたい』。
仕事の条件や会社の事情より上に、二人の希望を置く。希望だけで決めないが、後から都合の悪い項目として消さない。
「どちらかが本当は行きたくないなら、別の組み方になります」
「ええ。二人が行きたいから、二人で空ける方法を考える」
家を空けることが目的ではなく、二人の仕事を守った結果だった。
どちらかが家と会社のために諦めれば、表面上は簡単だった。でも、犠牲にされた側が後から何も感じないとは限らない。
僕たちは大きな紙を一枚、食卓ではなく相談室の机へ広げた。
上から、仕事、家、休日、今の顧客、弟子、学校。
仕事。
王都では僕が業務と組織、リゼが魔道具と技術。契約も報酬も別。判断範囲を互いに明記する。
家。
外回りはマルクと村の当番へ有償で依頼。郵便はルカの定期便が相談室の鍵箱へ入れる。生活側の鍵は渡さない。暖房は止め、水道の元栓を閉める。家庭菜園は、学校の子どもへ水やりを頼み、収穫の半分を学校へ。
休日。
王都でも七日に一日。二人一緒の日と別々の日を交互に置く。王都から呼ばれても、赤い安全条件以外は翌日。
今の顧客。
バルド社長が受付。フィンが魔道具の一次点検。薬房はミナとセラ。運送はルカとボルク。僕かリゼしかできない改造は、必要期限が一月以内なら断るか、王都契約へ出張日を含める。
弟子。
三人を全員王都へ連れていかない。最初の十日はルカが同行し、国境との受け渡しを見る。次の十日はフィンが交替。ミナは現地の薬草案件が出た時だけ、本人の希望と薬房の予定を確認する。
学校。
エメリク校長が月二回の改善会を進め、三回目だけ僕へ報告を送る。回答は一つの質問まで。共同学び場は普段通り使う。
全部を並べると、二人がいなくても動く場所と、止める仕事が見えた。
止める仕事には、顧客へ理由を伝えた。
新規の大型改造は三十日受けない。僕が担当していた無料相談会も一回休む。リゼだけが調整できる古い暖房魔道具は、初雪前まで必要期限がないので帰宅後へ。
顧客は、王都へ行くなら仕方ないと言うだけではなかった。一社は別の工房を紹介してほしいと言い、一社は帰るまで待つと決めた。選択肢を渡し、待つ人には予定日を明記した。
売上が少し減ることも、会社の帳面へ見込みとして載せた。大きな王都案件の利益で隠さず、今の顧客を止める費用として数える。
バルド社長は、『新規依頼を全部断るのではなく、フィンができる標準点検は受ける』と範囲を決めた。留守が、弟子の仕事を増やすだけでなく、自分で判断する機会になった。
「会社は、俺たちが守る」
バルド社長は、紙の仕事欄へ印を押した。
「ただし、王都から今の顧客を遠隔で全部見ようとするな」
ミナ、ルカ、フィンも、自分の担当と休みを確認した。頼まれた仕事が多すぎるところはない。フィンだけ、王都へ行く前に工房の納期を一件終える必要があり、交替日を二日遅くした。
家の欄は、マルクと学校へ相談してから確定する。皆が喜んで無償でやると言ったが、水やりと外回りには月ごとの報酬を決めた。
実際に三日間だけ、二人とも家へ戻らない試験をした。
僕たちは道の継ぎ目へ泊まり、会社と家への連絡を赤札だけにした。マルクは外扉の雪解け水を確認し、学校の子どもは畑へ二回水をやった。ルカは郵便を相談室の鍵箱へ入れた。
二日目、学校の子が生活側の井戸を使おうとした。契約では授業用五杯までだが、留守中の鍵札が白だったので止まった。エメリク校長が共同学び場の井戸へ案内する。
帰宅後、生活井戸に『留守中は共同学び場へ』の札を足した。
三日の試験で、家は無事だった。僕たちへ来た赤札はゼロ、黄色札が一つ。三十日の留守へ進む前に、小さな抜けを直せた。
「家族の家だから、ただで守る」とマルクは言った。
「家族でも、仕事になる回数なら払います」
関係の温かさを、無料の理由にしない。
紙の一番下には、まだ空白があった。
『二人の関係』。
この欄を最初に書いたのは、エメリク校長だった。
「仕事と家事はあります。でも、お二人が何として帰ってくるかがありません」
僕たちは恋人で、同居人で、仕事仲間。王都では、別々の契約担当者でもある。どれも正しい。
ただ、病気や事故で片方の判断が必要になった時、この国の記録では恋人に正式な権限がない。家の所有や会社との連絡も、夫婦なら手続きが明確になる。
実務のためだけに家族になるわけではない。それでも、すでに望んでいた関係へ名前を付けることで、守りやすくなる物がある。
リゼはしばらく空白を見ていた。
一月離れて出張する話から始めたのに、結局二人で行くことになった。それでも王都では別の仕事をし、意見が食い違うかもしれない。家へ戻る時まで、仕事の相棒と恋人だけでよいのか。
リゼが筆を取った。
空白へ、ゆっくり書く。
『家族になる』




