第132話 留守にする家の手入れ
春の初め、増築した家の点検をした。
雪囲いを外すと、相談室の北壁に細い染みがある。雨漏りではなく、屋根に積もった雪が昼に解け、夜に凍った跡だった。
ガントとフィンが屋根へ上がり、リゼが内側から魔力の流れを見る。僕は地上で、どこに水が落ちたかを地図へ書いた。
「シュウは上らないのか」
ガントに聞かれた。
「体力と足元に自信がないので、地上担当です」
以前なら、皆が働いているからと梯子へ手を掛けたかもしれない。今は、できないことを先に言えた。
雪でずれた瓦が三枚。凍って縮んだ継ぎ目が一か所。相談室の外扉にも、少し隙間ができている。
家の点検札は、共同学び場の子どもたちが作った。
上を見る。触る。開け閉めする。水を流す。最後に、去年と違う所を書く。
僕は染みを見つけたが、リゼは外扉の音、ミナは薬箱の湿気、レナは台所の棚板の反りへ気づいた。全員が同じ場所を見るのではなく、普段使う人が違う見方を持ち寄る。
テオは、増築図と今の壁を比べた。相談室の机が図より窓へ近く、雨の日に紙が湿りやすい。机を手のひら二つ分だけ内側へ動かした。
「家も、使うと図と違ってきますね」
「人が暮らすために動かした違いなら、図も直しましょう」
家具の位置、鍵の保管、暖房の点検口。今の姿を新しい図へ書き、古い図も『増築時』として残した。
王都へ留守にするなら、家を知る人が僕たち以外にも必要だった。
大きな失敗ではない。初めての冬を越し、家がどこで傷むか分かった。
修理費も、ドーガの贈り物へ戻さなかった。増築後の日常修理は会社と僕たちが持つ契約だ。相談室の外扉は会社、寝室の窓は生活費、共通の屋根は割合を決めて出す。
フィンは薄板を無償で直そうとしたが、工房の修理札を作り、材料代と半日の工賃を払った。
「家族の家を直すのに」
「家族だから、仕事をただにしないんです」
代わりに昼食は皆で食べ、僕とリゼが用意した。食事は工賃の代わりではなく、手伝ってくれた人と過ごす時間だった。
ガントは瓦を戻し、フィンは継ぎ目へ交換できる薄板を入れた。来年また縮んでも、屋根全体を外さず薄板だけ替えられる。
ドーガも穀倉から来て、床下の湿り気を確かめた。レナは寝具を日に当て、ミナは薬箱の期限を見た。ルカは家を留守にする時の受取札を、相談室の外へ付けた。
「王都へ行くなら、長く空けるんだろう」
バルド社長が言った。
王都からの招待状は、全国の穀倉と食料輸送をつなぐ共通の方法を相談したいという内容だった。
期間は、最初の会議だけなら十日。しかし現地調査、試験、各領地との調整まで引き受ければ、二月以上になる可能性がある。
僕たちは、最初の契約を三十日へ区切る案を返していた。
目的は、全国を一度に統一することではなく、王都の中央穀倉と三領地の受け渡しを見る。交通、王都での宿、報酬、休日は王国側が用意する。延長は二十日目に相談。
僕たちの返書には、受けない範囲も書いた。
全領地の制度変更を三十日で決めない。地方の責任者を王都命令だけで従わせない。新しい大型魔道具を先に購入しない。夜間と休日の常時対応はしない。
受けるのは、現状調査、共通項目の試験、三領地での小規模運用、続ける人の育成。
王都からは、ほぼ全て了承する返事が来ていた。ただし、『国王会議の日程だけは動かせない』と一つ条件がある。その日が休日へ重なる場合は、前後に代替日を先に置くことにした。
大きな相手だから全条件を飲むのでも、こちらの条件だけを押し通すのでもない。変えられない所を互いに明記した。
まだ正式な返事は来ていない。
「もし受ければ、僕は一月、家を空けます」
僕はリゼへ言った。
「会社の仕事は社長たちに任せます。学校は月三回のうち二回をエメリク校長だけで行い、一回は王都から手紙で参加する。家は、マルクさんに外の点検を頼みたいです」
僕は前夜、一人で留守中の一覧を作っていた。会社、学校、家、畑、郵便、薬箱。抜けがないよう考えたつもりだった。
紙の上では、リゼの欄だけが空いている。空白だから、『家に残る』と僕が埋めた。
自分が王都へ行く前提を疑わず、リゼの希望を聞かなかった。善意で家や会社を守ってほしいと頼むことが、彼女の仕事を小さくする可能性まで考えていなかった。
「僕は、リゼなら分かってくれると思っていました」
「分かるわ。今の顧客も家も大切。でも、分かることと、私が残ると決めることは別」
一番近い人ほど、察して譲ってくれると思わない。仕事で覚えた境界が、家族になる前の僕たちにも必要だった。
「私は?」
「リゼは、ここに残ったほうがいいと思っています」
言った瞬間、彼女の眉が動いた。
「会社の技術担当が二人とも王都へ行くと、今の顧客が困ります。家も二人とも空けるより、誰かがいたほうが安心です。それに、王都の会議は穀倉の運用が中心で――」
理由を並べるほど、リゼの役を僕が決めていると分かった。
彼女が家を守り、僕が大きな仕事へ行く。それなら会社も暮らしも安定するように見える。でも、リゼが何を望むかをまだ聞いていない。
もしリゼが残ると自分で決めても、それを当然の家事役にはしない。王都の仕事を断った損、会社を支える報酬、家を守る時間を明確にする必要がある。
反対に僕が残る場合も同じだ。夫になる予定の僕が家を守ることは特別な犠牲ではなく、暮らしの役割の一つ。しかし、やりたい仕事を断るなら、その気持ちは小さく扱わない。
「どちらか一人が残る案も、二人とも行く案も、同じ紙に並べましょう」
リゼは、ようやく眉を緩めた。
「すみません。先に、どうしたいか聞くべきでした」
リゼは、相談室の棚から一通の封書を出した。
僕の招待状と同じ、王国の穂と冠の封蝋。宛名は、魔道具師リゼット・アルノー。
「王都の中央穀倉から、測定石と通信魔道具の技術担当として、私も同じ依頼を受けたわ」




