第12話 値段の付け方は最低
紫色の保存果実は、見た目に反して甘くなかった。
一口かじると、強い酸味と塩気が舌を刺した。僕が顔をしかめると、ルカが腹を抱えて笑う。
「そのまま食べるんじゃないよ。お湯に入れるんだ」
刻んで湯へ落とすと、紫の色が薄く広がり、香草茶のような香りになった。体が温まり、歩き疲れた足が少し軽くなる。
「保存も半年きく。巡回の人がよく持っていったものです」
村長の奥さんが教えてくれた。
現金ではないが、異世界暮らし二週間の僕には、使い方まで教えてもらえる食べ物の方がありがたいかもしれない。
出発の日、村の広場には長机が並んだ。大げさな送別会ではなく、保存食作りの続きを皆でやる日らしい。僕たちも馬車が来るまで手伝った。
朝一番には、借りた小屋へも立ち寄った。昨日のうちに村人が窓を拭き、寝台へ干し草を入れ、暖炉脇へ薪を積んでくれていた。机の上には、ルカが描いた三色石と白い輪の絵が置かれている。
僕は利用条件を書いた札を扉の内側へ掛けた。春まで、延長は相談。大きな修理は村、小さな掃除は僕たち。最後に『鍵をなくしたら僕が払う』と書くと、リゼットが横から『予備鍵は村長が保管』と加えた。
「すぐ自分だけで払おうとする」
「なくすのは僕ですから」
「なくした人が報告し、村と費用を相談する。あなたが決めた仕事の流れでしょう」
自分へ適用するのは難しい。僕は渋々、最後の一行を消した。
穀倉では、色札と白い輪が昨日と同じように使われていた。三色石は青い。マルクさんは一日分の記録だけを計測盤へ入れ、紙の詳細は壁の箱へしまった。
「盤を捨てないんですね」
僕が言うと、彼は笑った。
「足し算は盤の方が速い。何を足すかは、こちらで確かめます」
僕が説明したかったことを、僕より短く言った。
リゼットは冷却具の最終点検を済ませ、三色石の作り方を社長へ渡していた。彼女自身は灯り木魔道具社の社員ではない。村から直接呼ばれた外部の魔道具師だ。
「次はいつ、この辺りへ?」
社長が尋ねる。
「決めていない。呼ばれれば来るわ」
「うちも人が足りなくて。生活魔道具の診断だけでも、手伝ってもらえたら」
「報酬欄を空にする会社でしょう」
社長の眉が下がった。
「そこは、これから直します」
僕が口を挟むと、リゼットは僕を見た。
「あなたが直すの?」
「社長と一緒に」
「自分の契約も三十日しかないのに」
忘れていたわけではない。ただ、もう少し先の話のように感じていた。
村の昼食には、新しい順番で取り出した古麦のパンと、豆の煮込みが出た。最初の日と同じ献立なのに、味が違う気がした。食べる量を減らす相談ではなく、次はどの保存食を作るか話しながら食べているからだろう。
ルカが、自分で切った歪な芋を見せに来た。
「これ、春まで残すんだ」
「その前に食べた方がいいかも。厚いから」
リゼットが真顔で言い、ルカは慌てて自分の袋へ戻した。
馬車が来ると、村人たちは仕事の手を止めず、順番に声を掛けてくれた。大げさに英雄扱いされることはない。僕も英雄ではない。袋を量り、札を切り、棚を動かしただけだ。
それが心地よかった。
小屋の鍵、紫の保存果実、残った色札を鞄へ入れる。財布は軽いが、荷物は来たときより増えている。
馬車の座席へ座ると、村の家具職人が本当に余り木の背板を持ってきた。
「椅子を買ったら付けろ」
板だけ先にもらってしまった。社長は笑い、僕は礼を言った。
背板には、麦の穂と小さな灯り木が彫られていた。椅子を買える日まで、ただの板として壁へ立て掛けることになる。それでも、見るたび麦穂村を思い出せる。
「損ばかりでもなかったでしょう」
社長が言う。
「損かどうか、まだ計算できません」
銀貨なら七枚減った。小屋の利用権と保存果実と背板を、いくらで数えるべきか分からない。人の笑顔まで値段に入れ始めたら、何でも得だったことにできてしまう。
だから、銀貨七枚を失ったことは失ったこととして覚えておこうと思った。
街道へ出てしばらくすると、リゼットが自分の馬で馬車の横へ並んだ。別の道へ行くと思っていたが、同じ街まで戻るらしい。
「シュウ」
「はい」
「あなたのやり方は認める」
不意に言われ、僕は返事を忘れた。
「村の人だけで続いている。冷却具の出力も抑えられた。計測盤を作り直すより安い」
「ありがとうございます」
「でも」
彼女は鞄から、僕の支払いを記した小さな帳面を出した。
「馬車代が銀貨二枚。部品代が五枚。作業日数が六日。村から今受け取った現金はゼロ」
「小屋と食べ物はもらいました」
「小屋は借り物。果実は保存食。背板だけでは座れない」
「それは、そうですね」
「仕事のやり方は悪くない。説明も分かりやすい。人を責めないところも……まあ、悪くない」
褒められているのか、叱られているのか分からない。
リゼットは帳面を閉じ、僕へ突きつけるように言った。
「でも、君の値段の付け方は最低」
馬車の揺れより、その一言の方が長く胸に残った。
僕は小さく笑って、果実を一つ受け取った。




