第114話 二人分の部屋
増築図を食卓へ広げた。
僕の寝室より少し大きな部屋。窓が二つ。寝台が二つ。衣装棚も二つ。片側にはリゼの工具箱を置ける低い棚まである。
「大工さんは、僕たちが一緒に住むと思っていますね」
「ドーガさんが、そう説明したのかもしれない」
「まだ決めていません」
「分かってる」
二人とも図を片づけなかった。
僕は、リゼへ先に謝ろうとした。ドーガが二人で住むと思ったのは、僕が周囲へ曖昧な態度を見せたからかもしれない。
「謝る前に、シュウは図を見て嫌だった?」
「嫌ではありません。驚きました。でも、二人分の棚があるのは、うれしかったです」
「私も。だから、誰かに決められたことだけが嫌なの」
同居を断るために図を消す必要も、周囲の期待へ合わせて今すぐ決める必要もない。僕たちがうれしい部分と、まだ決めたくない部分を分けた。
図の寝台へ緑の印、開始日へ黄色い印を置く。部屋は作りたい。使い始める日は未決定。それだけでも、話は前へ進んだ。
恋人になってから、休日を一緒に過ごす時間は増えた。僕の小屋で夕食を食べ、リゼが職人宿へ戻る夜もある。仕事が遅ければ泊まり、翌朝は台所を譲り合う。
一緒に暮らせば、帰る時間を気にしなくてよい。食事や暖房も一つにできる。けれど、リゼが一人で工房へこもる場所、僕が静かに本を読む場所、仕事を持ち込まない境界が必要になる。
お金のことも話した。
暖房の魔石代、食費、修理費。半分ずつなら簡単だが、収入や家にいる日数は同じではない。今決めるのは、増築費の生活部分を僕とリゼでどれだけ負担するかだけにした。
土地と元の小屋は僕のもの。だから基礎に近い費用は僕が多く出す。リゼ専用の工具棚と窓はリゼ。共用の寝台と暖房は半分ずつ。
「私がまだ住まなかったら、共用分は?」
「使い始めるまで僕が借りた形にして、住み始めた時に精算しますか」
「そこまで細かくしなくていい。でも、話せたから安心した」
正確な割り勘より、何を負担だと感じるかを隠さないことが大切だった。
「増築を受けることと、すぐ同居することは分けましょう」
僕が言った。
「ええ。部屋は作る。でも、いつからどう使うかは二人で後から決める」
寝室は、最初は二つの小部屋としても使える設計に直した。中央の間仕切りは外せる。寝台も動かせる。片方をリゼの部屋、片方を僕の部屋にしても、将来一部屋へつなげてもよい。
大工は、決まっていないことに困らなかった。
「では、どちらでも使える柱にします」
完成した形を今決めず、変えられる余地を建物へ残す。
仕事の相談室には、外から直接入れる扉を付けた。顧客や仲間が来ても、生活の居間を通らない。相談時間が終われば、内側の扉を閉める。
予定板も二つに分けた。
会社の仕事板は相談室。僕とリゼの生活板は居間。仕事の期限と休日を同じ板で比べて、休日を小さく見せないためだった。
生活板には、まだ二人分の毎日を置かなかった。リゼが泊まる日、二人で夕食を食べる日、互いに一人で過ごす日だけを月札で示す。
会社の誰かが居間の板へ仕事札を置いたら、相談室へ戻す。僕自身が置いても同じだ。初日にバルド社長が『ついでの相談』札を居間へ置き、ミナが無言で外へ移した。
「俺も入れないのか」
「社長もです」
境界は、頼む人によって変えなかった。
増築工事は、ドーガが考えた半分の速さで進んだ。
大工は平日だけ。学校の畑授業がある時間は、大きな音を出さない。家庭菜園へ木材を置かない。雨の日は無理に屋根へ上らない。
ドーガは早く完成させたがったが、作業条件を一つずつ守った。
「倉庫なら三日で建てるぞ!」
「人が眠る家なので、もう少しかけてください」
「分かった! 五日だ!」
結局、二週間かかった。
途中で一度、相談室の扉が内側へ開き、机に当たることが分かった。大工は図面通りだったが、実際に学校の机を置くと通路が狭い。
工事を急いでいなかったので、蝶番を反対へ付け直せた。扉は外側へ開き、雨除けの庇を少し延ばす。
もう一度は、暖房の風が寝台へ直接当たった。リゼが紙片を吊し、空気の流れを見せた。出口の角度を変え、二つの小部屋のどちらにも弱く届くようにする。
完成前に使う姿を試し、小さく直す。家も魔道具や授業札と同じだった。
完成の日、仲間たちが集まった。
バルド社長は相談室の大きさを喜び、すぐ仕事机を三つ置こうとした。僕とリゼが一つへ減らす。ミナは薬草の小袋を台所へ、ルカは荷物受取札を外扉へ、フィンは暖房魔道具の点検口を手の届く高さへ付けた。
テオたちは、学校で作った机を相談室の窓辺へ運んだ。
居間から仕事の紙がなくなり、食卓には夕食だけが載った。
「生活が広がりましたね」
リゼが、新しい二つの窓を開けた。
「仕事が広がらないように使いたいです」
「そこが一番難しいわ」
その日の食事は、ドーガが持ってきた領内五倉庫の麦で焼いたパンだった。どの倉庫の麦も、同じ目盛りで量られ、理由札と一緒に届いた。
食後、共同学び場へ一人の子どもが来た。
見慣れない厚手の外套を着て、国境近くの町から親の荷車に乗ってきたという。手には、学校の子どもたちと同じ絵札の帳面がある。
「変な荷車を見ました」
子どもの名はカイといい、国境の宿で家族を手伝っている。共同学び場の札を見に、運送組合のボルクと一緒に来たらしい。
「荷車が危ないことをしたの?」
ルカが尋ねた。
「ゆっくり走って、道も譲ってくれました。御者のおじさんも優しかった。でも、宿でどの印を付けるか分からなかった」
悪い荷車ではない。どの国の仕組みにも入れず、受け取る人が分からない荷車だった。
絵には、袋の形だけでなく、御者が三種類の札を手に困っている姿もある。国境の両側で、それぞれ違う札を渡されたという。
「変なのは荷車ではなく、札のほうかもしれません」
僕が言うと、カイは安心したようにうなずいた。
彼は一枚の絵を見せた。
荷台には麦袋がある。けれど、運送組合の形札も、領地の受取札も、どの国の紋章も付いていない。
国境へ向かう道を、印のない荷車が走っていた。




