第113話 倉庫長の増築報酬
「何をしているんですか」
「増築だ!」
ドーガは朝から声が大きかった。
彼の後ろには、大工二人と木材を積んだ荷車がいる。領地の森で取れた梁、中央倉庫で余った石、赤炉工房から買った金具。
「誰の家をですか」
「君の会社の小屋だ!」
「初めて聞きました」
「驚かせようと思った!」
「驚いています。でも、驚くことと受け取ることは別です」
ドーガは少しだけ首を傾げた。彼にとって、喜ばせるなら大きいほどよいらしい。穀倉でも、報酬でも、山ほどあることを好む。
僕は地面へ打たれた杭を抜かず、まず赤い紐で囲った。ここはドーガの案、まだ工事場所ではない。大工が間違えて掘らないよう、『相談中』の三角札を付ける。
善意の工事でも、始まった後に止めるほうが難しい。材料を降ろす前に、荷車は共同学び場の空き地へ移した。
ドーガは、僕たちが穀倉の報酬をまだ受け取っていないと言った。契約の作業代は領主府から現金で払われる。それとは別に、現場からの礼をしたいらしい。
「数字がそろい、部下が疑われず、薬草まで無駄にならなくなった。倉庫長として、何か返さねば寝覚めが悪い!」
「報酬は契約でいただきます」
「それは領主府からだ。俺たちの礼ではない」
ドーガは、部下たちから集めた希望札を見せた。中央の倉庫員は『シュウさんが休める椅子』。北は『弟子が集まれる部屋』。西は『濡れた外套を生活部屋へ持ち込まない土間』。南は『薬師が泊まれる客室』。
増築という案はドーガのものだが、返したい気持ちは五倉庫から集まっていた。
僕は受け取らないと言うこともできた。けれど、皆が自分たちで考えた礼を、僕が遠慮だけで拒むのも違う。必要な形へ相談できるなら、受け取ってよいと思った。
「ありがとうございます。ただ、皆さんの礼を、僕が困る家にはしないでください」
「当然だ!」
当然なら、先に聞いてほしかった。
「だから家を増やすんですか」
「倉庫を増やそうとしたら、領主府に止められた!」
僕の家は倉庫ではない。
止めようとしたところで、リゼとバルド社長が来た。社長は荷車の木材を見て目を輝かせ、リゼは測り縄と地面の杭を見て眉を寄せた。
「まず、何をどこまで作るか聞きます」
彼女が契約用の板を出す。
ドーガは、すぐ建て始めるつもりだったらしい。大工も、倉庫長から『小屋を倍にする』とだけ聞いている。
「倍にされると、家庭菜園が半分なくなります」
「では上へ二階を」
「今の基礎は二階を支えられません」
リゼが答えた。
善意の報酬でも、受ける側が困る形なら長く残る。僕たちは、ドーガへ何を返したいのかを聞いた。
費用の上限も聞いた。
木材と大工十日分。石は中央倉庫の改修で余った物。金具は新品。屋根材、窓、暖房魔道具は含まれない。
最初に『小屋を倍』とだけ聞けば、全部無料のように感じた。しかし含まれない物を足すと、会社にも相当の負担が出る。
バルド社長は、相談室を会社の設備として使う分、窓と外扉を会社負担にすると決めた。僕とリゼの生活に使う寝室部分は、僕たちが払う。ドーガの礼は、共通の基礎、梁、大工作業へ充てる。
誰から何を受け取ったかを分ければ、後で家全体を誰かの持ち物だと言われない。
土地は僕の報酬、建物の仕事部分は会社資産、生活部分は僕の所有。複雑なので、図面へ色を付け、領主府の記録係にも確認してもらった。
「シュウ殿たちが、各地から戻って休める場所。弟子が相談へ来ても、食卓が仕事の紙で埋まらぬ場所。倉庫のように、用途を分けるのだ!」
考え方は、よく分かった。
今の小屋は、居間兼食堂兼相談室。リゼが泊まる時は、仕事用の小部屋へ寝台を置く。仲間が来れば、僕の机と食卓が資料で埋まる。
増築するなら、生活と仕事を分けられる。
「建物をそのまま贈るのではなく、材料と大工の作業日を報酬としていただけますか」
現金で同じ額を受け取る案も出した。増築が本当に必要でなければ、お金のほうが自由に使える。
僕たちは、今の小屋で一週間過ごし、困った場面を記録した。
顧客が来たため食卓の夕食を片づけた日が二回。ミナが泊まる場所を用意できず、学校の客室を借りた日が一回。濡れた道具を玄関へ置き、泥が居間まで入った日が三回。リゼが仕事用小部屋へ泊まり、朝早く道具を片づけた日が一回。
増築したい理由は、ドーガへの礼に合わせて後から作ったものではなかった。
「必要です。ただし、倍ではなく、生活を分けられる最小限にします」
受け取る判断も、数字と出来事を見て選んだ。
設計は僕たちが決める。足りない分は会社が払う。完成後の修理は会社。家庭菜園を残し、古い境界石より外へ出ない。
ドーガは少し物足りなそうだったが、うなずいた。
領主府にも、現場からの追加報酬として記録してもらう。契約報酬と混ぜず、税や所有の扱いを曖昧にしない。
大工には、まず測るだけで帰ってもらった。
「今日建てないのか!」
「今日決めて建てるほうが怖いです」
一週間かけ、必要な部屋を出した。
仕事の相談室。道具を置く小さな土間。仲間が泊まる客室。台所の物置。今の居間は、食事と休みに使う。
希望を全部入れると、やはり小屋の倍になった。そこで優先順位を付けた。
相談室と土間は今すぐ。物置は相談室の棚で代用。客室は、寝室を使わない日に兼ねる。専用の客室を作るのは、泊まる人が月に何度も増えてから。
図面から一部屋減り、家庭菜園を守れた。
大工は、将来客室を足せるよう外壁の一か所だけ梁を強くした。今は作らず、拡張の余地だけ残す。
「寝室は一つでいいですか」
大工が尋ねた。
僕とリゼは互いを見た。
今は僕の寝室が一つ。リゼが泊まる時に使える部屋を増やすのか、それとも、いつか一緒に暮らす前提で考えるのか。
「まだ決めていません」
僕が答えると、大工は仮案として二つ描いた。
翌日届いた増築図には、寝台が二つ並ぶ寝室と、二人分の衣装棚が描かれていた。




