第112話 僕が行かなかった倉庫
馬車の先頭にはセラがいた。
二台目には、薬房で例外札を一緒に作った調合師たち。三台目には、木箱を作った職人と、ミナが乗っている。
「全部、新品ではないんですね」
ドーガが箱を持ち上げた。
半分は薬房で以前使っていた保存箱だった。薬の種類が変わり、棚の奥へ置かれていた物を、洗い、蝶番を直し、通気穴を付け直したという。
古い箱には、以前の薬名が薄く残っていた。そのまま上から新しい札を貼れば、剥がれた時に二つの名前が見える。セラたちは文字を削り、箱の側面へ『旧用途』を小さく記録した。
何を入れていたかは、匂いや汚れを判断する時に必要だ。消す情報と、履歴として残す情報を分けていた。
一箱だけ、強い香りの薬草を入れていた物があった。洗っても匂いが残り、別の葉へ移る。薬師たちは無理に再利用せず、同じ香りの根を保管する箱へ限定した。
「古い物を使うことが目的ではありません」
ミナがドーガへ説明した。
使える場所があれば使い、合わなければ新品を作る。節約という一つの目標で、薬の品質を下げない。
新品は、湿気を避ける根の箱と、密封する粉の箱だけ。葉を入れる箱は、古い木のほうが水分を急に奪わず向いていた。
「古い箱は、古いから悪いと思っていました」
「何を入れるかが変われば、向く場所も変わります」
セラは箱ごとに、入れてよい薬草の形札を付けた。葉、根、粉。色だけでなく、触って分かる刻みもある。箱の内側には、満杯にしてよい線が引かれていた。詰めすぎると風が通らない。
僕は、中央倉庫の設置へ同行しようとした。
「シュウさんは、午後に領主府の報告会ですよね」
ミナが予定板を見せた。
「終わってからでも手伝えます」
「箱の置き方は、薬師と倉庫員で決められます。分からなければ黄色い札を送ります」
以前なら、僕に見てほしいと言ったかもしれないミナが、自分から範囲を決めていた。
中央倉庫はセラとミナ。西倉庫は調合師とフィン。南倉庫は別の薬師と現地倉庫員。それぞれ同じ三つを確認する。
作業前の一分確認も、学校と同じだった。
今日の場所。使う箱。薬師が判断する範囲。
箱の修理はフィン、薬草の状態は薬師、棚の位置と日常の動線は倉庫員。三者が一度ずつ指を置く。
中央では、セラが箱の並べ方を決めかけ、倉庫員から『その向きだと台車の取っ手が当たる』と言われた。現場担当の話を先に聞き、扉の開く向きを反対へした。
西では、フィンが通気穴を増やそうとし、調合師が一週間の試験後にすると止めた。作れる人がすぐ加工せず、必要な穴の数を使ってから決める。
南では、薬師が大箱を置く前に出荷記録を見た。一回の保管は三日以下。大きな設備より、少量を頻繁に運ぶほうが合うと判断できた。
風が直接当たらないか。出荷する人が箱を見つけられるか。中身が減った時に補充札が出るか。
設置する場所は、倉庫ごとに違ってよい。確認項目だけをそろえた。
僕は領主府へ行き、薬草箱のことを頭から外す努力をした。五倉庫の補正値、理由札、冬の移送計画。ドーガとルカが説明し、僕は質問された時だけ補足する。
以前なら、会議の休憩ごとに三倉庫へ進み具合を聞いたと思う。今回は、黄色札の条件が決まっている。来ない間は作業中と予定板へ書いた。
領主府の担当者から、薬草箱の進捗を尋ねられた時も、『現地の三組が作業中。夕方に報告予定』と答えた。分からないことを不安で埋めず、分からないまま期限を伝える。
会議では、ルカが冬の輸送を説明した。僕が補足しようとした質問にも、彼は自分で荷車番号を示した。僕がいない間に現場を回った経験が、そのまま説明になっている。
会議の途中、一通の黄色札が来た。
『西倉庫、葉箱の置き場所が二候補。出荷口に近い方は風が強い。奥は暗く、札が見えにくい。回答は今日中』
僕は答えを書きかけ、ミナが宛先を『調整役』ではなく『当番薬師』にしていることへ気づいた。
セラへ回す。彼女は、『奥へ置き、入口に案内札。毎日の葉は小箱で出荷口へ』と返した。
僕の判断は要らなかった。
夕方、三倉庫から設置報告が届いた。
中央は小部屋を三段棚にした。西は奥の保存箱と入口の一日分小箱。南は、診療所が近いため大箱を置かず、週二回の少量補充にした。
「南だけ、箱を使わなかったんですか」
「保管期間が短いので、棚と密封袋で足りました」
ミナが答えた。
せっかく運んだ箱を使うことより、現地に合う方法を選んだ。余った箱は北倉庫の予備へ回す。
南倉庫の仕事は、相談から設置、試験、報告まで、僕が一度も現地へ行かずに終わった。
報告書には、作業者全員の名前と、次の確認日がある。『問題なし』ではなく、『一週間後に葉の曲がりを再確認』と残っていた。
各倉庫の費用も別に書かれていた。新品箱二つ、修理箱四つ、運送三便、薬師の作業時間。無料でもらった古箱にも通常価格の参考値がある。
次に別の領地が同じ箱を必要とした時、善意の在庫がなくても見積もれる。今回安くできたことを、いつでも同じ値段でできる約束にしなかった。
南倉庫では大箱を使わなかったため、その分の運送費だけが無駄に見えた。けれど箱を持って現地へ行ったから、入口の幅や保管日数を実物で確かめられた。次回は訪問前に三つの質問を送り、大箱が必要か先に絞る改善へつながった。
僕がいない場所でも、前の案件で作った考え方が動いている。
「少し寂しそうですね」
リゼに言われた。
「うれしいです。たぶん、寂しさもあります」
「必要とされなくなったわけではない。皆が必要な役を持てるようになったの」
僕は、南倉庫の報告へ『受領』とだけ返した。自分の改善案を付けず、次の確認を任せる。
領地の仕事を終え、小屋へ戻った翌朝だった。
外で、地面へ杭を打つ音がした。
ドーガが長い測り縄を持ち、僕の小屋の壁から庭の端までを勝手に測っていた。




