第107話 袋ではなく、中身を残す
西倉庫の基準袋を、中央倉庫へ戻して一日乾かした。
翌朝に量ると、百一へ戻った。麦が増えたり減ったりしたのではなく、麻袋と中の麦が水分を吸い、吐いている。
「雨の日に西の数字が増えた理由ですね」
五つの報告表を見直すと、湿度の高い日は西だけでなく南も少し増える。乾いた北風の日は、北倉庫の数字が減る。測る人の魔力だけでは説明できなかった揺れが、天気と重なった。
湿気を見る魔道具も倉庫にはあった。ただし、表示は『乾・適・湿』の三段階だけで、全て適の範囲だった。麦が傷むほど湿ってはいない。それでも、巨大な在庫を量るには小さな水分差が数字へ出る。
「適なのに、問題なんですか」
西の当番が心配した。
「保管には問題ありません。報告の比較には影響します。同じ湿気でも、目的で見方が違います」
倉庫を乾燥させる指示を出さず、『保管は適』『重量補正は必要』と二つに分けた。数字をそろえるために、良い保管環境を変えない。
袋を床から上げる処置も、湿気をゼロにするためではなく、底だけ濡れる偏りを減らすためだった。
「では、全部の倉庫を同じ湿り気にしますか」
ドーガが聞いた。
五つの倉庫へ乾燥魔道具を入れれば、金貨も魔石も大量に要る。麦は乾かしすぎても割れ、種として使いにくくなる。保管に適した範囲なら、湿度を完全に同じにする必要はない。
必要なのは、測定石がずれたのか、袋が湿ったのかを見分ける基準だった。
麻袋より水分を吸いにくい小さなガラス瓶へ、十分に乾かした麦を入れた。蝋で口を封じ、外側に製作日の札を付ける。量は十単位。共通重りほど硬くなく、普通の袋ほど湿気へ変わらない、中身に近い見本だ。
瓶の麦を乾かしすぎると、通常の麦と性質が違いすぎる。ミナへ伝書札を送り、保存用の見本としてどの程度がよいか相談した。
返事には、薬房で乾燥薬草の見本を作る方法が描かれていた。直火に当てず、風の通る日陰で三日。冷めてから瓶へ入れ、朝と夕で重さが同じなら封をする。
「僕たちだけで、適当に乾いたと思わなくて済みますね」
五倉庫は同じ手順で瓶を作らず、中央で五本を一度に作って配った。作る場所をそろえ、製作日を同じにする。交換用の予備も二本作り、中央の暗い棚へ置いた。
一年後には中身を新しい収穫へ替える。古い見本は廃棄せず、調理できる状態なら家畜の餌へ回す。封を開けた日も記録する。
朝の確認を四つにした。
空の台。鉄の共通重り。封をした麦瓶。倉庫に置いた基準袋。
重りがずれれば、石か台。瓶だけずれれば、瓶の破損か封。袋だけずれれば、湿気や虫。全て同じ方向へずれれば、測る人か調整輪。
「四つに増えましたね」
「増えました。でも、異常が出た時に全部を調べ直さずに済みます」
手順札は、一枚へ四つを小さく詰めなかった。
白札は空の台。黒い四角は鉄の重り。透明な丸は瓶。青い袋は基準袋。測定台の横へ左から順に掛け、終わった札だけ裏返す。
当番が途中で呼ばれても、どこまで終わったか分かる。別の人が引き継ぐ時は、裏返った札と記録を一緒に確認する。
西倉庫で呼び出しをわざと入れて試した。三番目の瓶まで終えたところで交替する。次の当番は四番目から始めようとしたが、瓶の値が記録されていないことに気づいた。
札を裏返すだけではなく、数字を書いてから裏返す順に直した。小さな試験で、引継ぎの抜けを見つけられた。
毎朝の確認には五分ほど余計にかかる。一方、数字が合わないたび五倉庫の帳面を一日調べる仕事は減る。
当番たちに三日使ってもらった。
一日目、西の基準袋が百四。瓶は十。『湿気』の青札を付け、在庫の袋を床から一段上げる。
二日目、北で重りも瓶も一低い。調整輪を一目盛り動かし、全て合った。
三日目、東で瓶だけ九。封に小さな欠けがあり、予備の瓶へ交換した。
数字の違いが、何を先に見るべきか教えてくれるようになった。
リゼは、高価な魔力安定装置の図を捨てなかった。領都の精密取引用には役立つかもしれない。けれど日々の在庫報告へは、重りと瓶と袋で十分だった。
「作らないという判断も、技術の仕事です」
フィンへ送る手紙に、彼女はそう書いた。
フィンからは、『作りたい気持ちはある。でも、五倉庫へ呼ばれ続ける仕組みより良い』と返ってきた。代わりに共通重りの木枠と、瓶を守る箱を作りたいという。
高価な装置を断っても、職人の仕事がなくなるわけではない。必要な部品へ技術を使い、現場が交換できる形にする。
リゼは安定装置の図へ、『将来、王都の精密取引で再検討』と日付を書いて保管した。今作らない案も、理由ごと残せば無駄にはならない。
一週間の調査期間は、残り一日になっていた。
五倉庫の当番が同じ手順を一人で使えるか確かめ、領都の報告表を直し、予備瓶の保管場所を決める。やることは、まだ多い。
領主府は延長費用を出せると言った。僕も、あと三日あれば全部を自分で見届けられると思った。
「全部をシュウが見る必要はありますか」
リゼが聞いた。
残っている仕事を分けた。
基準手順を五倉庫で一人ずつ試す。領都の報告表を三日使う。予備瓶を中央へ置く。どれも、新しい仕組みを作る仕事ではなく、作ったものを現場が使えるか確認する仕事だった。
ルカは全倉庫の道と受け渡しを知っている。フィンは重りの枠を作った。現地の当番も、一度は僕たちと手順を使った。
「任せられる人はいます」
「では、休日とどちらかを選ぶ前に、任せる案も並べて」
僕は予定板へ、僕の延長札だけでなく、ルカとフィンの確認札を置いた。二人の予定はまだ空いている。ただし、空いているから勝手に置くのではなく、本人へ相談する必要がある。
それでも最初に、僕が残る以外の道が見えた。
予定板を開く。
延長する二日目には、リゼと約束した休日の青い月札があった。
温泉の次に二人で過ごすと決め、学校の卒業式より前から動かしていない日だった。




