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第108話 任せる前に聞くこと

「休日を一日後ろへ動かせば、全部見られます」


僕が言うと、リゼは予定板へ手を伸ばさなかった。


「動かしたい?」


「仕事だけを考えれば、その方が安心です」


「質問は、安心かどうかではなくて、動かしたいかよ」


僕は青い月札を見た。


その休日に特別な旅行はない。小屋へ戻り、共同学び場の机を置き、冬野菜の種を選ぶ。昼はリゼと食べ、午後は別々の本を読む。


大きな予定がない分、仕事へ渡しやすい日だった。


「動かしたくありません」


「では、残りの仕事を誰へ頼めるか話しましょう」


ルカとフィンを呼んだ。


「二人の予定が空いているので、お願いしたい仕事があります。ただ、断っても僕が残るだけです」


断りにくい言い方になっていないか、先に伝える。空いている予定は、使ってよい時間とは限らない。


ルカは翌日の午前に運送組合の訓練がある。午後からなら三倉庫を回れる。フィンは共通重りの木枠を納品する予定なので、その二倉庫を確認できる。


「全部、俺たちだけで決めるんですか」


フィンが尋ねた。


「新しい仕組みを作り直す判断はしなくていいです。手順通り使えるか試し、分からない所を残してください」


「シュウさんなら答えを知っていて、僕たちを試すんですか」


ルカの質問に、僕は首を横に振った。


「現地で何が起きるか、僕にも分かりません。僕の答えと違っても、目的に合い、安全なら採用してください」


任せると言いながら、正解だけは自分が持っている形にしたくなかった。


二人へ一度、引継ぎ書を読んでもらった。ルカは『補正値』という言葉で止まり、フィンは『報告締切』の時刻を知らなかった。僕には当たり前になっていた言葉が、二人の仕事では当たり前ではない。


補正値は、『湿気や石のずれを除いて比べる数字』と言い換え、実例を一つ付けた。締切は領都の昼鐘前と書いた。


逆に、フィンは共通重りの枠を一人で持たない注意が抜けていると気づいた。技術担当だから分かると思わず、二人持ちの絵を引継ぎへ加えた。


僕は、任せる範囲を三つへ分けた。


二人で決めてよいこと。札の置き場所、記録欄の言い回し、運ぶ順番。


ドーガと相談して決めること。倉庫の当番変更、報告締切、在庫の移動。


僕たちへ連絡すること。基準が合わない、食料が傷んでいる、安全に関わる。


「連絡が来たら、休日でも見ますか」


「赤い安全札なら見ます。それ以外は、翌朝です」


リゼが僕より先に答えた。


二人の作業は、見習いの手伝いではなく正式な仕事として領主府の報酬へ載せた。ルカには現地確認、フィンには技術確認。僕が休むために無償で穴を埋めてもらわない。


ドーガにも、最終の報告者が僕からルカへ変わると伝えた。


「若いが大丈夫か?」


「僕がいないと判断できない仕組みなら、完成していません。ルカさんが困った時は、倉庫長として一緒に見てください」


「任せろ。若いのを一人にもしない」


今度はドーガが、守る役になった。


引継ぎ書には、答えを書きすぎないよう気を付けた。目的、現状、残り三件、止める条件。各倉庫で起きるかもしれない細かな問題まで予想して書けば、二人は僕の想定から外れたことを失敗だと思う。


最後に、『問題なし、だけで終えず、迷ったことを一つ以上書く』と加えた。


練習として、中央倉庫で一回だけ二人に任せ、僕は口を出さず後ろへ立った。


重りを載せ、瓶を量り、基準袋へ進む。ルカは記録を読み、フィンは調整輪を見る。途中で当番が別の荷下ろしへ呼ばれた。


二人はそのまま続けかけ、手順札が裏返っていないことに気づいた。誰が測定石へ魔力を入れるかを決め直し、交替した事実を記録する。


僕ならすぐ『当番が替わりました』と言ったかもしれない。言わなくても、札が二人を止めた。


「今、助けたくなりました?」


リゼに聞かれた。


「かなり」


「でも、二人で進めた」


任せる練習は、任される側だけでなく、口を出さない僕にも必要だった。


「問題がなくても、迷うんですか」


ルカが聞く。


「使い始めたばかりなら、何かはあります。何もなければ、何を確かめたかを書いてください」


翌朝、僕とリゼは予定通り小屋へ戻った。


共同学び場の机を窓辺へ置く。足の調整輪を回し、がたつきをなくす。二人で冬野菜の種を三種類選び、昼には温かいスープを作った。


休みの目的を、何も考えないことにはしなかった。仕事の外にあるものを考える日だった。


人参は土が深い場所。葉物は台所に近い畝。冬豆は果樹のそば。リゼは紙へ畑の絵を描き、僕は種袋の裏へ植える日を書いた。


「これも予定管理ですね」


「でも、収穫が遅れても顧客は怒らないわ」


「僕たちの夕食が少し寂しくなります」


仕事と同じ考え方を使っても、目的が暮らしなら気持ちは違った。


午後、僕は新しい机で本を読み、砂時計が落ち切ったら庭を一周した。三度目の木球が鳴る前に、自分から立てた。リゼはそれを大きな進歩だと言った。


何度か伝書鳥の影を見上げたが、赤い安全札は来なかった。


夕方、一通の報告が届いた。封筒は緑で、『翌朝回答可』とある。


その日のうちに開けるかは、僕が選べた。休日はあと数刻ある。緑札なので翌朝でもよい。


僕はリゼへ相談し、夕食後に一度だけ読むことにした。読む時間を砂時計一回分と決め、答えは翌朝にする。完全に遠ざけるだけでなく、自分で扱える範囲を選ぶ練習だった。


封を開ける前に、作業机ではなく共同学び場の机へ座った。引き出しには休日の紙を入れず、読み終えた報告は外の仕事箱へ置く。


中に『問題なし』という言葉はなかった。


ルカから、三つの疑問が届いていた。

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